山田@みんながいたから

みなさんこんにちは。福岡県糟屋郡須恵町大字須恵◯◯◯番地◯◯号出身、山田健一こと、山田ポン吉こと、山田ツタヤ準新作こと、とてもおバカなガチョウこと、須恵町のかわいそうこと、山田健祐です。いろんな名前で呼ばれすぎて、自分でもどれが本当の名前かわからなくなりそうです。半年前からスイカゲームにハマっているのですが、ついにダブルスイカを達成しました。これで僕もプロスイカゲーマーの仲間入りです。年末ブログでスイカゲーマーになることを宣言してから早半年、時の流れの速さを感じますね。

僕が陸上競技を初めて今年で10年。あっという間でした。中学生の時、陸上を始めたのは、「足が速いってかっこいいな」なんていう単純な理由だった気がします。中学生の時の僕は、いつも練習でみんなに負けて悔しくて泣いていました。100mも17秒くらいかかっていたと思います。それでも練習が楽しかったのと、一度でいいからみんなみたいに速く走ってみたい、という思いで当時のコーチに気に入られるくらいには毎日頑張って練習をしました。そのおかげか、人並みくらいには走れるようになりましたが、それでもまだ県大会には到底行けないレベルでした。中学を卒業した後も、単純に陸上が好きだったのと、もっと大きな舞台に立ってみたいという理由で陸上を続けました。しかし高校で伸び悩み、いつしか自分には才能が無かったんだ、と悟り始めました。結局最後の高総体はコロナで中止になり、そのまま気づいたら引退という感じでした。高総体が中止になってしまったのはもちろん悔しかったですが、それと同時に少しホッとした自分もいました。その頃には陸上に対するモチベーションもあまりありませんでした。そのため、大学では陸上を続けるつもりはありませんでした。

じゃあなんで大学でも続けているのか、と聞かれると自分でも良くわかりません。もしかしたら、まだ陸上競技に未練があったのかもしれません。

大学で陸上を始めてからすぐは、フィールドパートの優しい先輩方からたくさんアドバイスをもらい、みるみる記録を伸ばしていくことができました。自分であまり考えて練習しなくても、先輩に言われた通りにするだけで記録が伸び、記録が伸びるたびに先輩が褒めてくれてとても嬉しかったです。

そんな感じで楽しく大学生活を送っていると、あっという間に2年生になりました。1年生のころは、ただ自分の記録が伸びるのが嬉しい、先輩が褒めてくれるのがうれしい、といった感じでしたが、2年生になると後輩が入ってきて、陸上部の中での自分の立場、みたいなものを意識するようになりました。それまではただただ練習が楽しくて練習していましたが、記録を出さなければ後輩から尊敬してもらえないのではないか、陸上部の中での居場所が無くなってしまうのではないか、なんていう焦りから練習をするようになりました。こう考えるようになってから、それまでほぼ毎試合PBを出したところから急に伸び悩みました。最初は後輩に対しても「良い先輩面」が出来ていましたし、他の同期、先輩に対しても明るく振る舞うことができていましたが、自分への自信のなさ、焦りが滲み出るようになってしまいました。

そんな調子で精神的に不安定なまま、オーバーワークからの怪我を繰り返し、ついに大学3年生の七大戦で、大学ワースト記録を叩き出してしまいました。このまま後1年間、同じように過ごすのか、また同じ失敗を繰り返すのか、と悩んだ結果、一旦今シーズンは諦めて全部リセットしよう、という結論にいたりました。全ては来年の七大戦のために、です。それからは一旦シーズンオフして、試合にもあまり出ずにひたすら練習を積みました。記録を意識しなくなった途端、急に練習が楽しくなりました。8ヶ月間にもわたる冬季練習、怪我などもあり、全てが順調にいったわけではないですが、少なくとも楽しく練習することはできました。たくさん思い出はありますが、特に七大合宿と春合宿はめちゃくちゃ楽しかったな〜。京都までチャリで行くのはキチガイすぎるし、チャリ漕いだ後のフェリーでのビールは信じられなくらい美味かったし、”春”合宿なのに雪が降ったのも、合宿所の飯がクソしょぼかったのも、今となってはとてもいい思い出です。本当に青春でした。

そうこうしているうちに長かったはずの冬があっという間に終わり、待ちに待ったシーズンイン。身体的には全盛期を迎えました。(コントロールテストでほぼ全種目PB、クリーン+15kg、BIG3+50kg)誰よりも長い期間冬季練習を積めたとは言っても不安があり、シーズン初戦前は1週間くらいまともに寝れませんでした。そんな中でしたが、結果として、2年振りにPBを20cm以上更新することができました。しかもまだまだ行けそうな手応えもありました。そして何より1番嬉しかったのが、先輩、同期、後輩達がたくさん褒めてくれたことです。むしろ褒めてもらえてようやく嬉しさが込み上げてきたような感じです。それからも、PBこそは更新できなかったもの、練習跳躍でPBを大幅に超えたりと、噛み合えばPBを伸ばせそうな手応えがありました。そんな絶好調の中で、今年こそは行けるんじゃないか、と自分に密かに期待していたのですが、6月に踏切足の右足を肉離れしてしまいました。正直めちゃくちゃ落ち込みましたし、心が何度も折れかけました。それでもここまで頑張ってこれたのは、実はみんなのおかげです。特に7月に入ってからは、みんなのブログのおかげで頑張ってこれました。

さっきも言ったとおり、大学に入った時、僕には陸上へのモチベーションはほとんどありませんでした。ではなぜここまで続けてこれた(続けてきてしまった、のかもしれません)のでしょうか。

とても恥ずかしいし、情けないことなのですが、僕は基本的に自分を信じることができません。自分を肯定し、認めることができないのです。普通に生きてきたら、順当に成功体験をつんで、それが自分の自信や自己肯定につながると思うのですが、僕にはそれがありません。というのも、僕は幼少期から負け続けの人生を送ってきました。(あまりにもグロいので詳しくは書きませんが)そんな中で、普通の人が積むであろう成功体験を積めずに、いつしか自分への自信を失ってしまいました。

僕は、大学陸上生活を通して、誰かから認めて欲しかったのかもしれません。僕は自分で自分を認める、肯定することができないからこそ、他人から認めてもらえないと生きていけなかったのかもしれません。その証拠に、僕がこの3年間で嬉しかった瞬間は、いつもPBだったり良い記録を出して、いろんな人に褒めてもらえる瞬間でした。僕はみんなに認めてもらうために練習を頑張ったし、みんなに対して良い顔をしようとしたんだと思います。でも、自分に自信がない人間は弱いです。いくらみんなに対して良い顔をしようとしても、自信のなさからくる余裕のなさが滲み出るし、結局そんな焦りの中じゃ記録も全然出せませんでした。自分は本当に九大陸上部、フィールドパートにいてもいいのだろうか、と悩んだこともありました。時にはめちゃくちゃ病んでいろんな人に迷惑もかけました。(本当にごめん🙇‍♂️)

それなのに、記録も出せない、頼りない、すぐ人に迷惑をかけるどうしようもない自分を、みんなはフィールドパートの一員だと認めてくれました。僕のことを学食に誘ってくれたり、試合や練習の時にアドバイスや足合わせを求めてくれたり、試合で上手く行った時に嬉しそうに報告してくれたり、僕が辛い時に僕に必要な言葉をくれたり、僕が上手くいかなかった時は一緒に悔しがってくれたり、僕が上手く行った時は一緒に喜んでくれたり、その一つ一つが、そのみんなの優しさどれもが、僕をフィールドパートの一員たらしめてくれました。本当に幸せでした。みんなありがとう。みんなのおかげでここまでやってこれました。

正直、まだ僕は自分のことを認めることはあまり出来ていません。でも、こんなにすげえみんなが自分のことを認めてくれている、と信じることは出来ます。無敵ですね。あと少し、全力で走り抜けます。

ここ1ヶ月、正直怪我でかなり苦しかったです。でも、みんなのブログを読んで頑張ることができました。ブログでみんなの七大戦に対する決意等を読んでたくさん勇気をもらえました。4年生になると、みんなにブログでいろいろ書いてもらえて嬉しいですね☺️

僕ばっかり良い思いをするのも申し訳ないので、僕もみんなに一言書こうと思います。サトシくんとブログの話をした時に、「(全員分書くのは)みんな文字数考えてやめておいたのに」と言われ、学年ごとにまとめようかな、とか色々考えたのですが、あまりしっくり来なかったのでやっぱり全員分書きます。長くなっちゃうのは…ごめん。自分のところだけでも読んでくれると嬉しいな。(好き勝手書いてたら、思いの外長くなってしまいました。ごめんなさい。)

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浅野くん

いつも楽しそうに練習するな〜と思いながら見てました。大雨で、ちょっとやる気が出ない日でも、浅野くんが楽しそうに練習する姿を見て、元気をもらったよ。これからもきっとみんなに元気を与えていってくれるんだと思います。LINEで七大戦応援してるって言ってくれた時は嬉しかったよ!ビッグジャンプ期待しててね。

大月くん

入部して初っ端から、受験勉強のブランクを感じさせないほど練習で走っていたね。練習の合間に1人で補強したりしてるのをよく見ます。細かい努力を続けられるのがすごいなあと感心しました。激戦のトライアルも勝ち抜いて早速強さも見せてくれました。初の七大戦だけど、惜しくも対抗で出れなかった仲間の分まで頑張ろうね💪

桂くん

高校からのブランクが長いけど、それを取り戻そうと、部活がある日はもちろん、部活がない日もハードルの練習をしたりして頑張ってたね。僕が雨の日に、(300m+200m+100m)×3をやるって言ったら、僕もやりますって言った時はちょっと引いたよ☺️いろんな種目に挑戦して、大学陸上を楽しんでほしい!

土井さん

最初はおとなしめな子が入ってきたな、と思っていましたが、練習後に800mを走ったりして、ちゃんと2年女子の狂人っぷりを受け継いでて安心しました。高跳びは人数少ないけど、何かあったら矢木くん、鵜木さん、森さんに相談すれば何とかなると思います。もし練習が1人で、動画撮ってほしい、とかあったら呼んでね!

鵜木さん

勉強、部活、学連、全部をストイックにこなすところは本当に尊敬してました。練習後によく1人で走ってるのを見て、よくあんなに走れるな〜と感心してました。他にも、砂場を使わないはずなのに、毎週跳躍練のときは砂場の準備を手伝ってくれてとても助かっていました。2年ぶりに150cmが跳べた時に、嬉しそうに報告してくれて、僕もとても嬉しかったよ!これから学連も忙しくなってきて辛い時もあるかもしれないけど、きっと鵜木さんがみんなに差し伸べた優しさが帰ってくる時が来るはず!今シーズン、この調子でどんどん記録伸ばしていこう!💪💪

小野くん

入部したときから怪我が多くて、なかなか思うようにいかないことが多かったね。それでも諦めずに、たとえ練習が出来なくても部活に来て補強をしたり、動画を撮ってくれたり、本当に助かりました。キャンパスが変わってからはなかなか一緒に練習できてないけど、実は密かに小野くんの試合結果は追ってて、いろんな大会の速報サイトとかを見漁ってました。医学部で勉強も大変だろうに、100m、400m、幅跳などいろんな種目に挑戦しててすごいなあと思いました。あと、個人的に小野くんには自転車をたくさん漕ぐ才能があると思うので、ぜひ僕の後を継いでいっぱい漕いでね😊😊😊

高木くん

最初の方は、癖の強い投擲パートでやっていけるか正直心配してました。でもそんな心配無駄だったみたいですね。今ではすっかり投擲パートの癖強雰囲気を醸し出す1人になりました(良い意味で)。それでいて、周りにしっかり気を配ることが出来ていて、飲み会の幹事をしたり、フィールドパートを超えて、多種多様な2年生を繋ぐ役割を果たせていると思います。高木くんと山﨑くん、2人のおかげでリャンズくんがすこし丸くなったような気がするなあ。久留米の試合にわざわざ動画を撮るために来てくれた時は本当に助かったよ!PBまであと少し!PB超えて、45mも超えて、リャンズくんもぶっ倒そう!!

三井さん

三井さんは人のアドバイスを素直に受け止める能力が高いな〜と、いつも練習日記を見て思っていました。人のアドバイスを聞いて、自分なりに受け止めて、実践してみる。これってシンプルなようで意外と難しいです。まだまだ伸びしろがたくさんある三井さんですが、全部の伸びしろを伸ばしきって、伸びしろなしガールになるために大きなスポンジになってほしいです。くそでかスポンジガールです。応援してます。あと、僕が肉離れをした時に、自分も走ってたにも関わらずすぐに駆けつけてくれて嬉しかったよ!おかげで、グラウンドの真ん中で動けずに野垂れ死なずに済みました。

森さん

森さんは、授業、バイト等で忙しく、その上キャンパスが遠い中でよく続けてくれました。僕も大学1年生のときは遠い実家から毎日通っていたので、遠いところから通う大変さは分かっているつもりです。なかなか試合を観に行くことが出来ずに残念でしたが、最後にトライアルで、楽しそうに跳んでいる姿を見れて良かったです。めちゃくちゃかっこよかったです。あと、跳躍練後の走る練習を高跳びのスパイクでやってて、絶対走りにくいだろ、と思いました。高跳びのスパイク走りにくくない?って聞いたらなぜかびっくりされました。謎でした😇

森くん

専門種目の三段跳に加えて、走幅跳でも期待の選手。それだけじゃなく、先輩後輩、他パートとの人間関係もそつなくこなす、そんな印象でした。冬季練習では、毎年参加人数が少なくなる中、森くんはほぼ毎回参加していて、走力がかなりあったので密かに目標にしてました。僕と同じでハムの肉離れが多かったけど、森くんは怪我をしても冷静で、無理をしない、我慢をするというのがいつも出来ていてすごいなあと思っていました。あまり表には出さないけど、心の中ではアツいもの、ギラギラした物を持っている森くんなら、三段跳14m、走幅跳6m50、きっとやれるはず。一緒に大暴れしよう!!!

矢木くん

矢木くんは生活の全てを高跳びに捧げていて、素直にすごいなあと思いました。自分の競技に全てを捧げながらも、それだけに精一杯にならずに、他のフィールド同期を練習に誘ったり、他パートの人まで応援したり、みんなの練習に対するモチベーションを上げることが出来ていたと思います。たまにこだわりが強すぎてちょっと困っちゃったり、ズバズバ言い過ぎているときもありますが、それも矢木くんらしさで良いところでもあるのかな〜なんて思います。(やめてくれ〜〜〜って思う時もあるのでほどほどにだけど)これからも練習でみんなをガンガン引っ張っていってくれ!

山﨑くん

いつも明るくて、フィールドパートを賑やかにしてくれました。いつも冗談っぽく言ってますが、単位や授業のことでかなり悩んだと思います。それでも部活に来た時は辛い顔を一切見せずに、ひたすら練習を盛り上げてくれましたね。本当に強い心と優しさがないとできないことだと思います。自分が辛い状況でも他人に対して気を配ることができる、その優しさがあればこれからもきっとみんなが慕ってくれます。でもあまり無理はしないで欲しいです。辛い時は周りのみんなに頼りましょう。それでもダメならお酒をたくさん飲んで忘れましょう。いつでも飲みに誘ってね。

ジュリリン

ジュリリンはフィールドの中で1番歳が離れているはずなのに、同期みたいに接してくれました。ジュリリンは大学院入試で忙しかったり、大学院に入ってからも、発表などで忙しかったと思いますが、そんななかで1番過酷な十種競技に取り組んでいてすごいと思いました。ジュリリンはいつかのブログで、いつもきつい練習をするみんなのことをばけものだと言っていましたが、僕からすれば君のほうがよっぽどばけものです。春インの十種本当に感動しました。ジュリリンが頭から血を流しながら頑張る姿を見て、勇気をもらいました。春インの2日目のあと、幅の結果が振るわなくて落ち込んでいた僕と和知くんを、ご飯に連れて行ってくれましたね。あの時はありがとう。とても良い気晴らしになりました。ジュリリンの10種競技また見たいな。応援してるよ。

河野くん

河野くんは、高校時代からのブランクにかなり苦しめられたと思います。入部してから思うように記録が出ず、怪我もしましたね。去年の春イン、大雨の中、僕も河野くんもお互いとても悔しい思いをしたと思います。僕が膝を怪我して、車椅子で運ばれる時、自分も雨でびしょ濡れで、思うような記録も出ずに精神的に辛い状況だったはずなのに、色々手伝ってくれましたね。本当に助かりました。一度は休部してしまいましたが再び戻ってきてくれて本当に嬉しかったです。休部が明けた時には、あっという間に3年生になっていて、もしかしたら不安や焦りなどもあったかもしれません。自分がいない間に2、3年生の関係が深まっていたり、2年生との関係が築けていない間にまた1年生が入ってきたり。これからしばらくはもしかしたらちょっときついかもしれません。でもせっかく入部してくれたからには、せっかく勇気を持って戻ってきてくれたからには、陸上部の、フィールドパートの一員として楽しんで欲しいです。(余計なお世話かもしれませんが)河野くんの、物事を論理的に、客観的に見る力は絶対に、フィールドパートの役に立つと思います。今年の七大戦、復活の跳躍を期待してるよ!

ペロリくん

舐め条ペロリくんとは、種目がずっと同じなこともあってたくさんお世話になりました。特に跳躍やドリルの技術面では、僕より優れた物を持っていたので、アドヴァイスをもらったり、動きを舐め回すように見たりしてたくさん学びました。それだけでなく、特に去年の春イン頃はたくさん弱いところを見せてしまい、心配させてしまいましたね。ペロリくんは僕がどれだけ落ちぶれていても、「先輩ならきっとやれます」と舐め回してくれましたね。間違えました。励ましてくれましたね。ペロリくんはマクドナルドがとても好きでしたね。去年の秋、ペロリくんの記録が低迷したり、辛いことがあって精神的にちょっときつかった時、マクドナルドでたくさんお話ししましたね。跳躍動画を見ながらあーだこーだ言ったり、どんな練習をしようか話したり。一方で、春合宿の後にマクドナルドでビッグビッグマックマックを食べたのも良い思い出です。きつかったけどめちゃくちゃ楽しかった春合宿、合宿の余韻ととともに噛み締めたビッグビッグマックマック、あれは間違いなく青春でした。これから留学や公務員試験?の勉強でなかなか練習に来れずに、もしかしたら陸上へのモチベーションが下がってしまうかもしれません。それでも、留学で物理的に距離が離れてしまっても、辛い時こそ、フィールドパートの一員だということを忘れないで欲しいです。伊都から応援してるよ。

夏目くん

夏目くんは練習に対していつもストイックで、競技力も高くていつもすごいな〜羨ましいな〜と思ってました。夏目くんはたまに僕の跳躍を褒めてくれるのですが、あの夏目くんが褒めてくれるってことは本当にいい感じなのかもしれないな〜と思えて嬉しかったです。僕が2年生の時の冬、フィールドパートがちょっと危なかった時、よくご飯に行って、当時の3年生とどうやったら上手くやっていけるか、たくさん話したのはいい思い出です。そんな感じで夏目くんとの思い出はたくさんありますが、1番印象に残っているのは、ワチリクトとの焼肉事件でしょうか。あれは本当に散々な目に遭いましたね。食べ放題だからといって、ワチリクトが自分は頼めないくせに大量に肉を頼んで、僕と夏目くんで彼の尻拭いをしましたね。僕たちが必死に肉を食ってるのに、ワチリクトは呑気にアイスを食べてやがってむかつきました。本当にかけがえのない最悪な思い出です。2度とこの3人で焼肉には行きたくないです。でも、焼肉以外なら、いつかまた3人で行きたいな。今度は最高な思い出が作りたいな。またあの時みたいにたくさん話そう。きっと分かり合えるし、乗り越えられるよ。

リクトくん

君とは本当にたくさんの思い出があります。最初の頃の君の印象は、何を考えているかわからないやつ、でした。部活で直接話す時は普通の真面目な後輩って感じだったけど、ツイッターの内容がとにかく酷かった。あまりにも内容が酷すぎて岡田先輩に怒られたりもしましたね。そんな感じでこいつ大丈夫かな〜と思ってましたが、気づけば冬には、1年生の中で1番練習に参加するようになりましたね。そして、いつの間にか僕にタメ口で話しかけるようになりました😇たくさん遊んだし、喧嘩をした時もありましたね。特に夏休みに毎日ウェイトを一緒にしたのはとても良い思い出です。暑っつくて、きっつい坂道を登ってトレ室まで行きましたね。きつくてつまらないはずのウェイトが、少しだけ楽しみでした。大学から陸上を始めたリクトくん、今では次期パート長ですね。これまで、同期のこと、後輩のこと、自分の記録のことでたくさん悩んできましたね。時にはもう部活やめようかな、なんて言ってた時もありました。これから1年間やっていけるかとても不安だと思います。でも大丈夫。きっとみんな、リクトくんがたくさん悩んできたことも、陸上部のことをたくさん考えてきたことも、練習を頑張ってきたことも全部見てます。困ったらみんなを頼ってください。それでもダメそうだったら、その時は僕を呼んでください。いつでも駆けつけるよ。

晶子さん

晶子さんの第一印象は、練習にストイックな真面目なやつ、でした。1年の春、コロナで練習が出来ない時、フィールドはみんなでZoom筋トレをしていましたね。その時にアキコさんが提案するメニューがとてもキツかったような気がします。でも、いざ実際に一緒に練習してみると、当初のイメージとは一変、ただの何も考えてないやつでした。晶子さんと1番印象に残っていることは、某先輩と3人で体幹をしたことでしょうか。その時、僕は足を怪我していたので練習が出来ずに、某先輩に誘われて3人でひたすら体幹をしました。あまり詳しくは言いませんがすごく不快だったのを覚えています。君が部活にあまり来ないせいで、君との思い出で1番に思い出されることがこんなクソしょうもないことになってしまいました。おっかしいな〜。なぞですね。まあでも僕たちとは違うところでたくさん頑張っていたのでしょう。それはそうと、七大戦で上位に入賞する姿はとてもかっこよかったです。また跳んでるところ見たいな〜。七大戦、どうやら現地には来れないみたいですが、その分伊都からめちゃくちゃ応援しててください。それ次第では許してあげても良いです。最後に力貸してね。

琴さん

琴さんの第一印象は、なんか怖い陽キャの女、でした。元アメフト部のマネージャー、東京出身、この2つの肩書きは、僕になるべく距離を置きたいな、と思わせるのに充分でした。でも実際に話してみると、ただのぶっ飛んでるやべえやつでした。琴さんが入ってきてから、同期でご飯にいったり、九大記録会でスウェーデンリレーを走ったり、楽しい思い出を作ることができました。同期で何かをする、というのはこれが最初で最後だった気がします。最後に会ったのはもう1年前ですね。元気にしているでしょうか。楽しくやっててくれたらそれで良いです。僕たち最後に暴れてくるから応援しててね。

リャンズくん

リャンズくんの第一印象は、なんか思想やばいやつ、でした。初めて話した時のこと覚えているでしょうか。たしか、1年生のCSの時だったと思います。リャンズ君は初めて話す僕に、ずっと学歴の話をしていましたね。とても怖かったです。リャンズくんは最初は短距離パートだったので、あまり関わりがなかったですが、1年生の冬に、フィールドの120m×3×2の2セット目だけ入って来て、なかなか良い走りするやん、と言い残して去って行ったのを覚えています。リャンズくんがフィールドに入ってからはたくさん悩まされました。めちゃくちゃ馬鹿にしてくるし、部費払わないし、部費払わないし、部費払わないし。本当にたくさん迷惑をかけられました。このまま悪口だけ書いて終わっても良いのですが、流石に可哀想なので、リャンズくんの良いところも2つだけ書いておきます。1つ目は、いつも自分を信じることが出来ることです。怪我をしたり記録が伸び悩んだりすることもあったと思いますが、それでも自分を信じて、まっすぐ突き進むことが出来るのはすごいなあと思うと同時に、少し羨ましかったです。2つ目は、意外と陸上部のことが好きなところです。リャンズくんは他の部員に興味がないようなそぶりを見せながら、実はみんなの練習の投稿や試合の結果をたくさんみていて、ツンデレなんだと思いました。かわいいですね😇七大戦は、2冠?3冠?4冠?何冠でもいいからとにかく盛り上げてね。

サトシくん

サトシくんの第一印象は、なんか苦手なやつ、でした。僕は大学入学当初、少し斜に構えたやつだったので、なんかさとぼぉ!って呼ばれてるのも苦手だったし、生徒会長とかやっちゃう感じも苦手でした。実際半年くらいは苦手意識があったと思います。ですが、サトシくんが強いところも弱いところも上手く見せてくれたことで、心を開くことが出来たと思います。それからしばらくは、めっちゃ仲がいい友達か、と言われたらそうでもなかったような気がしますが、僕の中では大事な仲間って感じでした。サトシくんとはもう3年以上一緒にいますが、僕のなかで、サトシくんとの仲が深まりきったのは意外と最近だったような気がします。この3年間、サトシくんにはとてもお世話になりました。僕が1番辛い時、いつも僕が1番欲しい言葉、僕に1番必要な言葉をくれたのはサトシくんでした。僕は弱い人間なので、時々周りのみんなや、自分を信じられなくなってしまいます。そんな時に、僕に大切な物を思い出させてくれました。本当にたくさん助けられました。自転車で京都に行ったり、キレながらマリノアや博多や天神を彷徨ったり、たくさんのまじやべえ思い出も出来ました。人数が少ない僕たち4年生でしたが、僕はサトシくんを助けることが出来たでしょうか。思い返してみると、なんか迷惑かけてばっかりだったような気がします。ごめんなさい。でも僕は君と陸上やれて本当に良かったよ。いよいよ最後の七大戦。俺たち、去年も一昨年も、悔しい思いしてばかりだったけど、最後に一発かましてやろうぜ。

先輩方へ

お久しぶりです。あっという間に僕たちにもこの時が来てしまいました。今までやって来たことがなんだったのか、答え合わせをする時です。七大戦が終わった後、一体どんな景色が見えるのか、楽しみなような、寂しいような。全部終わったらぜひまた呑みにでも行きましょう。たくさん語らせてください。

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さて、いよいよ今年も七大戦がやって参りました。正直な話、

あああああーーーーーー!!!!!今年こそはカッコよく終われると思ったのに!!!どうしていつもいつも大事なところで怪我するんだよ!!!!全然まだ右ハム痛いし、どんどん右脚だけ細くなっていくし、どうしたらいいんだよ!!!!

なんて思いもしましたが、こうなってしまった以上嘆いても仕方ありません。足りないものは気持ちで何とかします💪本当は最後のブログ、カッコよく終わりたかったのですが、結局情けない内容になってしまいました。まあでもこれが僕の本心なので。許してちょ🥺

七大戦に関してですが、みんなから沢山のものを貰った以上、僕が最後に出来ることといえば、PBを大幅に更新し、決勝に残り、会場を湧かせることだと思います。状況的には少し厳しいですが、必ずやってやります。というよりやれる気しかしないです。なんたって僕は、スーパーミラクルウルトラすげえ奴らが集まったフィールドパートの一員ですからね!

この3年間、楽しいことも辛いこともたくさんありました。何度も部活辞めよう、もう死んでしまおう、と思いました。でもみんながいたから、僕は最後まで続けることが出来ました。今となっては本当にかけがえのない時間だったなと思います。たくさんの幸せをもらいました。本当にありがとう。

陸上は一旦引退しますが、部活にはたまに顔を出そうと思ってます。楽しい話、たくさん聞かせてね。

次はサトシクン。

九州大学陸上競技部フィールドパート's Ownd

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