九州大学陸上競技部  フィールドパート

こんにちは!

九州大学陸上競技部フィールドパートです!


このHPではメンバーや日々の活動、大会の結果等々を紹介しています。

また、新入部員を随時募集しています。男女はもちろん、経験未経験も問いません。

興味のある方はぜひ見学に来てください!!みなさんとグラウンドで会えるのを楽しみにしています!


MENBER

4年生

鵜木 優羽(うのき ゆう)

走高跳 155cm

出身校 東筑(福岡)

小野 慧大(おの けいた)(現在は医学部陸上部)

走幅跳 5m18

出身校 久留米附設(福岡)

高木 淳匡(たかき あつまさ)

やり投げ 48m97

出身校 都立青山(東京)

三井 百萌(みつい ももえ)

走幅跳 4m95

出身校 広島大学附属(広島)

森 優和(もり ひろかず)

三段跳 13m84

出身校 東筑(福岡)

矢木 聖一郎(やぎ せいいちろう)

走高跳 2000mm

出身校 倉吉東(鳥取)

山崎 充眞(やまざき みつまさ)

ハンマー投げ 35m29

円盤投げ 31m12

出身校 高岡(富山)

3年生

大月康資 (おおつき こうすけ)

走幅跳 6m74

出身校 岡山操山 (岡山)

淺野 寛仁(あさの ひろひと)

400mH 58"24

110mH 16"88

400m 53"44 

走幅跳 6m51

三段跳 13m26

出身校 岡山操山(岡山)

桂 和弘(かつら かずひろ)(現在は短距離)

110mH 15.27

400m 51.00

走幅跳 6m70

出身校 県立前橋(群馬)

木下 拓道(きのした たくみ)

三段跳 13m55

出身校 明善(福岡)

土井 悠羽(どい ゆう)

走高跳 1m50

800m 2'29"56

出身校 基町(広島)

吉田光太郎(よしだ こうたろう)

走幅跳 7m15

走高跳 2m06

三段跳 13m50

出身校 茨城高専(茨城)

2年生

大畑 遥暉(おおはた はるき)

円盤投げ 30m07

砲丸投げ 7m29

槍投げ 36m50

ハンマー投げ 14m82

800m 2:01.65

3000mSC 12:08.13

出身校 蕨高校(埼玉)

片山悠太(かたやまゆうた)

走幅跳 6m96 

三段跳 14m26

出身校 松山東(愛媛)

川口 愛央(かわぐち まお)

三段跳 11m60

走幅跳 5m31

出身校 登美ヶ丘(奈良)

坂元優太郎(さかもと ゆうたろう)

走高跳 195

走幅跳 616

出身校 鹿児島中央(鹿児島)

田中 旬(たなか しゅん)

走幅跳 6m79

出身校 倉吉東(鳥取)

福添相人(ふくぞえ はると)

三段跳び 13m44

出身校 楠隼(鹿児島)

増田央介(ますだ おうすけ)

やり投げ 63m21

円盤投げ 36m79

砲丸投げ 10m45

出身校 掛川西(静岡)

渡邊 颯(わたなべ はやて)

砲丸投げ 9m28

出身校 嘉穂(福岡)

1年生

今井 凛々心 (いまい りりな)

棒高跳び 記録無し

出身校 桂(京都)

柏原凛士(かしはら りお)

幅跳び 6m10cm

三段跳び 12m92cm

出身校 小倉(福岡)

上村 海吏 (かみむら かいり)

走高跳 1m65

出身校 鹿児島中央(鹿児島)

川上楓真 (かわかみふうま)

走幅跳 6m44

出身校 津山(岡山)

川久保龍成(かわくぼりゅうせい)

砲丸投げ記録無し(練習だと10m)

ハンマー投げ記録無し(練習だと28m)

円盤投げ記録無し(練習だと26m)

出身校 諫早(長崎)

岸野叶実 (きしの かなみ)

走高跳 151

三段跳 10m65

走幅跳 4m74

出身校 徳山(山口)

佐藤佑耶(さとうゆうや)

三段跳 13m06

400m 50.61

出身校 県立船橋(千葉)

田中陸翔(たなか りくと)

三段跳 12m63

出身校 鳥取東(鳥取東)

德丸大地(とくまる だいち)

やり投げ 53m54

出身校 修猷館(福岡)

水田淳永(みずた あつひさ)

走幅跳 6m77

出身校 津山(岡山)

矢木翔太朗(やぎ しょうたろう)

10種競技 4315点

出身校 倉吉東(鳥取)

八尋大輝(やひろ だいき)

走幅跳 6m70cm

出身校 修猷館(福岡)

湯尾幸太朗(ゆお こうたろう)

走幅跳 6m48

出身校 唐津東(佐賀)

院生

山田 健祐(やまだ けんすけ)

走幅跳 6m39

BIG3 total 535kg

出身校 新宮(福岡)

マーガ・マルセル・ジュリエン

100m 10秒95

砲丸投げ 13m67

出身 ドイツ ミュンヘン

胡 大維

走高跳 180cm

出身 中国

和知 陸斗(わち りくと)

走幅跳 6m76

棒高跳 2m60

砲丸投 7m24

出身校 山口(山口)


フィールド歴代30傑


フィールドブログについて

みなさんお元気ですか??

フィールドのHPブログについてお知らせします。



時間があるときに是非読んでください。

みんなで頑張ろう!そう思っていただけたら嬉しいです!!

第3章最後の奇跡

ようやくここまでたどり着きました。いろんな意味で長かった。まさか後編になるほどとは。何気に昨年度から思っていたことが実現してしまった。

ここはサクッと終わりたいのが本音。一言二言で終われれば....なんて言えるわけないじゃないですか。後輩たちとの時間は他の4年生と比べて少ないですよもちろん。でも、だからこそ書きたいことがいっぱいあるんです。伝えたいこと、かけたい言葉、行きたいところ、食べたいご飯、恋バナなどなど、したい青春は腐るほどありますよ。でも、それを押し殺してきたんです。主将として、フィールドパートの嫌われ役として(改めて自分でいうとかっこ悪いか)、僕だけは朱になっちゃいけないとおもって。だから最後に送る言葉くらい多くなるのも許してください。これ読んでる時間も山ちゃんやあっちゃん森君たちと遊んでる時間と比べりゃだいぶ短いんですから。ただ、先に知っておいてほしいのが、僕後輩のことこんなにも見れてる、かっけーっていう自己満メッセージじゃないってことです。嘘や変な言葉を使うのが苦手なので汚いながらも僕の正直な言葉をぶつけるだけです。手厳しい発言がたびたび(ここ大事)あるかもしれませんが許してください。文字数だって思うほど多くないときもあります。

毎度ブログは自分のために基本は書くんですが当たり前のように読み飛ばされている報告を受けるのは結構うざいです。が、もう関係ありません。ただ、わざわざ飛ばしました報告をしてきたら絶対に許しません。いつもはまぁいいんですが今回だけは皆にも何か残ってほしいなと思って書くのでそんなこと目の前で言ってくる人がいたら普通に汚い言葉で返答します絶対泣かせますこの部に入ったことを後悔させます。

あと、先に断っておくと順番で変な邪推はしてほしくないので50音順で書いてます。

そして、後編につけたタイトルですが、これは1年の時の僕のブログへのアンサーになっています。ちなみにその時の文量の実に30倍近い分量を書くに至ったのですが、これもまた僕なりの回答です


1年生

あまりにも個人的なかかわりがない人から何か書かれるのは嬉しくもなんともないと思うので会えて割愛します。個人的に書きたいなと思っている子もいますがやはり学年内で優劣はつけたくないので1年生皆に向けてのメッセージをかかせてもらいます。それに1年生とはかかわる機会もあるかもしれないし。

今年の1年生の同期仲は僕が見て(聞いて)きた中でもっとも円滑な滑り出しをしている代だなと思います。人数が多いのにも関わらず、ちゃんとみんながみんなとかかわりを持とう(約1名ほど僕と同じような人がいるそうですが)とするのは素晴らしい心がけだと思います。特に、学連に決まった八尋を弔う会(ビッグボーイでだべるだけ)とか良いやつらが多いなと思います。

人数が多いことはひとりひとりが深くかかわれない可能性を持っている半面、上手くいかないときに皆で協力してそれらの克服に取り組めるという良さもあります。それに何よりとてもやる気が合って僕はすごくうれしい!!これまでのフィールドパートではめったに見ることのなかった集合率の高さ、遅刻(毎度ウエイトで遅れる奴以外)の少なさは是非、続けていってほしい。

ただ一つ、心配なことがあります。

それはずばり食事です。弟から夜ごはんのたびに「今度〇〇食べに行くわ」と謎の宣言が行われています。やれアサイー食べ放題だのハンバーグ食べ放題だのミスド食べ放題だのと食べることしか頭にないやつらが多すぎる。ちなみに今の2年生は昨年の冬季から食トレという名のデブ活が一時期大ブームでしたが本当に気を付けてください。1歩、というか普通に間違えると投擲選手みたいな体でシーズンインすることになるのでフルマラソンの練習とかして帳消しにしてくださいね。

人数も多く、常に切磋琢磨しあえる環境が1年生の場からあるというのはとてもこれからが楽しみですね。応援しています(^^)

2年生

1人の時は本当に熱心で良い子たちばかりなんですけどね。集合したとたん朱になるのが考えものではありますね。ただ、僕らも似たようなものだったのでそんな偉いこと言えないのも事実です。棒高以外全種目に専門かつ、それなりに実力を備えた九大フィールド最強学年だと個人的には思います。ここからもう1、2回ほど覚醒してほしいですね。1回目の覚醒が明日からの七大戦でもいいんですよ?

おおはたくん 初めはおとなしぃさん過ぎて心配していました。が、ふたを開けるとフィールドパートトップクラスの陸上大好きくんでとてもうれしかったです。三障のすいごう(水抜き)を跳び越えるだとか、明らかに届かない13m板から立ち五段をするだとか命知らずな行動には時々ひやひやすることもありましたが、ありましたが…別に今もひやひやしながら見てるか。そんな大畑君のおかげなのか、フィールドパートが時々「命かければいけた」という保険が「命かければ行けるからいくわ」に変わったのがすごくうれしいです。特に投擲パートの立ち五段がまじで余興。新しい旋風を起こしてくれてありがとう。

また、僕は大畑君の「楽しい!!」という言葉がめちゃくちゃ好きです。好きで始めた高跳びのことが時々嫌になるときもありましたが、大畑君が棒高をとても楽しそうに練習しているのをみたり、「まぁ楽しいんで」といってとんでもない時間練習しているのを見るたびに、僕ももっと目の前のバーに向かうのを楽しもうと思えることがよくあります。ただしたち背面の時だけはダメです。「ビビりすぎwwwww」は言い過ぎです。後ろに跳んで間違えたらめっちゃ痛いという恐怖を一度味わってみてください。まじ腰抜けるから。

大畑君はこの前投げ方に悩みがあるのか少しスランプ気味?みたいなことを言っていましたがその後どうですか?上手くいかなくったって「楽しい」と思えてる君ならきっと大丈夫だと思いますが、もしもまだスランプなら周りに耳を傾けてください。自然と力が出るくらいには皆が必死で応援してくれているはずです。ハンマーでベスト出して浮かれるであろう山ちゃんに円盤で現実見せたって下さい。

片山 部活にしか参加しない僕と、部活以外に参加する片山。対照的な行動のせいで関わりはマジであまりにも少なかった気はしますがそれでもかけたい言葉はたくさんあります。

まずは片山の視野の広さ。これだけは絶対に圧倒的だと思うと言っておきたい。部活に来ないというシャフムーブをしながらも2年男子が片山の話をしてくれるたびに僕は安心します。一癖も二癖もあるフィールド2年は片山がちゃんとコントロールしてるんだろうなと思います。2年生の生活リズムが異常なのも、僕の不適切な発言が正しく見える瞬間があるのも、きっと片山の影響が大きいんだろうなと思います。また、競技者として周りをちゃん見ている、組織の一員であるという自覚も時折見せることがあり、これもまたずるいなぁと思います。選手としての力もあり、でもって周りの状態を把握して、怪我をしてでも自分が出るべきという考えは対校選手として試合に臨む意味をちゃんとわかっているからなのだろうな思います。春インの時片山が意地の入賞を納めてくれた時はすごく心強かったですよ「。僕は片山のことを快く思っていないのではないかと思っているのかもしれませんが、むしろ逆です。僕は片山が競技者としての判断を下せるところを尊敬しています。部活に行かないのではなく、言ったらケガするから行かないという判断は自分の性格と性質がわかっていないとできないことだと思います。

ただ、視野が広くていろんなところに気配りができるのにもかかわらず、あえて悪ノリに行くという逆張り精神だけはちょっと残念です。片山はせっかく皆とのかかわりがあって、確実に皆を扇動する力があるのだからそれをしっかりと発揮してほしいですね。

多くの人は2年生に対する心配をしますが僕は心配していません。それに僕らも2年の時なんてガキそのものだったしね。大丈夫みんなが20を過ぎれば大人になるよ。だから一足先に20になった片山がみんなを扇動してやってね。未来の15mジャンパー、期待してるよ。

かわぐちさん 正直どこから申し訳ないと言ったらいいのか分かりませんがとりあえず色々とごめんなさい。本来ならもっと跳躍や走り方、ウエイトや試合の組み方など伝えたいことが山ほどありました。しかし、僕の器が小さく、結局何一つ最後まで見届けられなかったです。大昔に言った、ベスト出したら飲みに行こうという約束もこのままきっと果たせないのだろうと思うとますます申し訳ない気持ちでいっぱいです。それでもきっと女子の先輩たちや他の同期たちがいろいろと補ってくれたんだと思います。1年のつまようじみたいな体型(セクハラのつもりではない)から、1冬超えて、やり投げと幅跳びのハイブリッドを両立した、まさに七大戦で戦うにふさわしい屈強な肉体(セクハラのつもりは一切ない、レンタロウを賛辞する言葉と同義)へと仕上がりましたね。やり投げの練習も春インが終わって以降結構な頻度で行っており、間違って投擲で得点しちまうんじゃねーかとしんぱ…ではなく楽しみでしかありません。川口さんが12m跳べるようにと思ってそれなりに砂場の知識をつけたのですが結局本人に活かす日は来ず、代わりにゾエ君の大幅PBの立役者となってしまいました。

大幅な肉体改造ができるのは高跳び以外ではとんでもない強みになります。その強みを上手くいかせればきっともっともっといろんな種目で部の大黒柱的な活躍ができると思います。いつも陰ながら応援しています。当日は女子高と男子3段がかぶってしまい応援に行けないのが残念です。

ユウタロウ 高跳びパートではもちろんのこと、たまに部活に顔を出しては皆を元気にさせる、何一つ悪い意味のないフィールドパートのムードメーカーです。そんなユウタロウは、いい動きができたり、結果がいいとやる気がなくなるという珍しいタイプのモチベーションで生きており、最近は、練習ではいっそ跳べない方がいいのではとすら思うようになってきました。僕は鹿児島県選でやらかした後の電話で「矢木さん、こっからどうしたらいいですかね」と深刻なトーンで来るのではなく、「矢木さん、これでやる気出ましたわ!!七大前にこうやって上手くいかんくて良かったすわ!!」ととんでもない開き直り方をされ、拍子抜けすると同時に感心しました。あぁこの子はちゃんと成長してるんだな、強くなったなと。試合中の不安な声とは打って変わって、元気な声を発するようにして僕に心配させないようにしているんだと。さすがにこれは買いかぶりすぎかもしれませんが、春イン直後のユウタロウの落ち込み方と比べると明らかに前を向くのが早くなったなと思います。ほんとは春インの時僕も死ぬほど落ち込んでたんだからね!!さすがに先輩お〇にーしたくなったのと杉原さんの間に入らんととおもっていっぱいしゃべったけども。

冬季練を積んでいたとはいえ、春インから1か月後には1950を跳べるようになっていたりと、つくづく君の高跳びの神様からの好かれ具合には嫉妬していまいます。ユウタロウは2000の壁に苦しんでいますが、きっとそんな些細な壁も七大戦でならぶち壊せるよ。だって、僕がいて、皆の果てしなくデカい応援があるんだもん。きっと大丈夫。それに僕だってもう2000に挑戦する人として挑むからさ、二人でその壁乗り越えて、二人で表彰台乗ってやろうぜ。そしてかいり君の記録も二人で残してやろうな。あと、これだけは忘れたらいかんよ。W表彰台でも間に人はいれちゃいかんからね。どっちか3位になったらお互い死ぬ気で優勝するよ。二人が2越えで1,2きまったら、ね。先輩の最後の七大の意地見せちゃうよ。そのあと杉原さんとまた高跳び飲みしような(^^)

旬ちゃん まずは九大に来てくれてありがとう。帰省のたびに割としつこく勧誘した甲斐がありました。旬ちゃんとの最初のDMが共テの合計点数がいきなり送られてきたのが懐かしいです。そして「矢木さんEで出して受かってるからまぁいけるかぁ」と言われたのも懐かしいです、あれを聞いて少なからず2個下の陸部に浪人生(もちろん特攻して爆死したやつしかいない)が多いというよりマジョリティであることに対して結構責任を感じています。

旬ちゃんは正直大学生活で出会った人の中で一番イメージが変わりました。高校時代でのダブり期間が短かったというのもありますが、想像以上にねじが飛んでいていい意味でこの部に入るべくして入ったんだなと確信しました。高校の時はおとなしい子だなとしか思いませんでしたが、あれ?別に今もおとなしいか。ラーメンが好きな子だなとも思いましたが実はって、あれ?別にラーメン好きも変わってないか。まぁこんな感じで文字に起こしたら表せないタイプのねじの飛び方をしてる子でめちゃくちゃうれしかったです。

そしてわざわざこちらから誘うまでもなく陸上を続けるという選択をしてくれてありがとう。何よりこれがうれしかった。やっぱり高1の大覚醒からその後ケガに悩まされ、不発のまま引退なんしてほしくないしさせないって気持ちが強くて、この冬季は旬ちゃんにだいぶ入れ込んだ気がします。もちろん習ったことがどれくらい僕の中で形として落とし込めているかを確認するという大義名分はありましたし、皆に伝わり切らないくらいなら、誰かがしっかりと受け継いでくれればいいかという思いはありました。でもやっぱり一番は旬ちゃんが陸上競技を楽しいと心から思える下準備をしたかったという思いが強かったです。僕の乏しぃさんな記憶が正しければ、高2の新人戦の4継にて、アンカーで泣きながら走っている(ように見えただけかもしれない)旬ちゃんを見てすごく胸が痛かったです。バンテージみたいなやつをバチバチに巻いて走っている姿を見て、「あぁ、この子は一体どれだけの間試合という者を楽しみきれていないのだろうか」と切ない気持ちになりました。

だからこそ、下準備という表現をしました。もちろんベストが出てくれればこれ以上嬉しぃことはないです。でも、まずはどこが痛いここが痛いと常にケガと二人三脚の競技生活からは解放してあげたかったです。足が速くなるだとか、遠くに跳べるとかの前に、全力を出しても痛くないという経験をたくさんしてほしいという思い出たくさん勉強して、そのたびに旬ちゃんにぺらぺらと講釈を垂れていました。

だから、あやまらないでいいんだよ。楽しんでほしくて、それでいて上手く記録がついてくるなんてそんな簡単にはいかないんだから。ちょっとずつ、少しずつでも大丈夫。僕は九大からいなくなるわけじゃないんだし(おそらく)、呼んでさえくれれば練習だって、大会にだって駆けつける。だから、残りの競技人生全力で楽しんで、悔いなく駆け抜けてほしい。あ、もちろんさすがにベストは更新しようね(^^)

でも、もしもわがままを言っていいのなら、最後の対校戦は旬ちゃんと一緒に出たかったなぁ。でもカックイイ背中を見せたいのも本音だから、日曜日は死ぬ気で跳べるように祈っててね。

ゾエくん 春先から二人三脚で跳んでも急成長を果たしましたね。正直教えている僕もここまでハマるのかと、見てて気持ちよかったです。いろんな人から技術はあると評価されているゾエ君ですが、君の本当に評価されるべきところはその探求心だと思います。浪人で共創の推薦合格をもぎ取るという、まず意味の分からない入学方法を果たしたところでもっと早く気付くべきでした。うちの学部の推薦は頭のねじが跳んでるか、先生方の目に留まる女しか受からないようにできているのでその時点でゾエ君はフィールドパートの一員になるべくしてなったというべきでしょう。

このゾエ君の吸収力の速さはとんでもなくて、毎週のように木金どちらか一緒に練習していましたがそのたびに次は何を教えようかと後半は必死で動画を見返していた記憶があります。鹿児島県選ではケガと力みで初めて思うような成長曲線を描けませんでしたが、それでもめげずにちゃんと練習を積み上げていたのはとっても立派なことだと思います。こうやってひたむきに努力をしていて準備していたからこそ、思いがけない形ではありますが、対校選手として7大戦出場の機会が巡ってきたんだと思います(片山を悪く言う気は一切ないよ)。何気に初めての現地でのコーチングです(それはそれで絶対おかしい)。目の前で最高の跳躍を見せてくださいね。

そしてそのあとはめちゃくちゃ頭悪いもん食いに行こう。バーキンでも何でもおごるからパーッと楽しく打ち上げ用や。改めて競技に対して言うこともないし、たぶん見せたい姿もある程度見せられてるはずだからたくさんは言いません。僕とやってきたことを一つずつ思い出せば行けるよ。

おうちゃん 圧倒的エリートが来るぞ。そういって投擲パート初め、フィールドパートがびくびくしていたのが懐かしいですね。なにしろやり投げ選手にはみんな少なからずビビらされてきましたし、肩書もインターハイ、国体入賞というとんでもない経歴ですのでどんな怖い発言をする人が来るのかと思ったらただのとんでも陰キャがやってきて拍子抜けしたていたのもつかの間、旬ちゃんと並んだ時の圧倒的風格から、普通に現役部員だと間違えられたでおなじみグラウンドガイダンスが昨日のように思い出されます。なぜか出会って次の日に約束したウエイトの思い出は存在していませんが、君とはけっこう楽しく今日も部活までやらせてもらいました。

めっちゃやり投げやウエイトが強いのに、走るのは遅いし、ケガばっかりやな。よし、走り方を教えてみよう。ということで冬季練習からかなり走りについて教えてきましたね。そのせいでもともと恵まれている体型と備わっている筋力の相乗効果で一時期走りにおいて他を寄せ付けない圧倒的な速さを獲得していたこともありましたね。僕はあれを見て以来一緒に走るのが怖くてたまりません。けがせず楽に走れるといいねとは言いましたが僕を追い抜いていいとは言ってないです。全く勘弁してほしいものです。こうやって走りを教えたことが少しは専門のやりに生きてほしいなと思いましたがどうですかね?まぁ結果全カレ突破目前にまで記録を伸ばしているのだから何でもいいのかもしれませんが、きっとけがせず走れることは将来活きていくはずだからたまには協調動作とかもやってね。

今大会唯一3種目出場をする投擲パート長である君には、やはり頑張ってもらいたいですね。槍が吹き上がるのは良いですが、表彰台はどれだけ高いところに上っても怒られませんからね。しっかりてっぺんとってきてください。

はやてくん いろいろとみんなを心配させてきましたね。でも結局みんなが颯君のことを認めてくれるのは君の不器用ながらも真面目な部分があったからだと思います。とにかくハニトラにだけは気を付けてください。未成年に手を出したら相手がどれだけ悪くても負けるのは僕たちなんです。お酒やたばこと同じです。ガンバッテ断れるようになりましょうね。僕らのパート長はちゃんと未成年に手を出すことにも線を引いています。おかげで気持ち悪さに拍車がかかっているめんもありますが。まぁ、とりあえずガンバッテればすべてのことは片付きますから大丈夫です。君の同期は考え方の癖が強いですが皆優秀です。ぜひ頼ってください。

颯君に対する思い出はやはり、1年の7大ブログでしょうか。ほとんど知らないような先輩の競技の姿なのに尊敬してくれて、部活を頑張ろうと思ってくれてとてもうれしくなると同時に、誰がどこで僕を見てるかわからないなと背筋が伸びた感覚があります。7大戦は同じチャンネルでお互い試合を見ることはできませんが応援しています。エイトにのこって名前が出たら高跳びのピットから馬鹿みたいに騒ぎますね(^^)

3年生

ひろちゃん:ガチガチぃさんの生みの親。今シーズン伝説の11連続ファールを記録したキングオブガチガチぃさんです。僕の高校時代のお友達が9連続ファールをかまし(力んではいない)伝説だと言われていましたがはるかに超える精度で緑の板を踏んできましたね。さすがにシャレにならんと思って県選にてオンラインコーチングを行ったのが記憶に新しいです。ちなみにそこでも2ぺけをかますのでかなりドキドキして速報サイトが開けなかったです。

そんなひろちゃんとの思い出は思い返すと思ったよりあって、オンラインバウンディング指導@台湾、春合宿追い出し、ちゃりちゃりイクラ丼、福山合宿疲労休みと思ったよりエピソードがありました。ただ思ったより踏み込んだ内容は少なくやっぱり一個下は和知さんのことが好きで僕ら(というより僕)は嫌いなんだ説に拍車がかかりますね。でも、けっこうグッと来た思い出もあります。今年のフィールド新歓で謝られたことはさすがにもらいかけました。何であれひとりの人間を泣かせてしまうほど追い込んでしまったという事実はやはり指導をする立場としてあるまじき姿だなと反省してもしきれません。ただ、同時に嬉しくもありました。確実に何かを残そうとして挑んでくれたこと、ちゃんと僕なりの期待が伝わっているのだということがわかっただけでとても嬉しかったです。

そこでもいいましたが当日の七大で追い込まれてがちがちぃ超えてがっちゃがちゃぁになってもいけないので改めて伝えておきます。

「レースに勝ったら自分をたたえろ、レースに負けたら機材を疑え」

です。君は頑張ってるし力がある、少なくとも対校選手として、そして決勝進出をかけて試合に望めるくらいには力はついています。だから自分を疑っちゃいけないし卑屈になって下を見ちゃいけない(ダブルミーニング)。ただいつも通り(の試合ではない)で挑めば大丈夫。

もしも当日自分を信じれないなら、信じなくたっていい。そのために僕がいる。僕は君がビッグジャンプ(記録は力むだろうから言わない)する景色が鮮明に見えてる。絶対に跳ばせる。だから僕を信じて跳べばきっと大丈夫。

たとえうまくいかなかったとしてもそれは君のせいじゃない。君の万全を引き出しきれない僕の力不足だから。まぁ、信じてくれればそんな結末見せないけどな!!

AD新歓コンパの指名を覚えていますかだって??忘れてたんならうちの弟が指名するわけないじゃないの。僕が先輩の背中をそのまま追うんじゃなくて、僕なりの先輩の形を皆に残していこうと密かに誓ったきっかけはあの日、サトチャンや健一さん、和知さんたち上級生(もっと言うと同期たちも)を押しのけ、君が僕を呼んでくれたからです。多分正しい道を歩けてなどいないし、示してあげることもできない。けれど正解だけを見せるのが先輩の仕事じゃないじゃないか。嫌われてでもいつかこの人がいたからと思ってもらえるような存在になろう。そう心に決めて今、魔王として立てているのは君の些細だけど確かな一言があったからです。たぶん競技終わって酔っぱらったらまた言うと思いますがここでも一応。ほんとありがとう。きっと僕なんかよりも良い言葉をかけられる先輩になれるよ。

こうちゃん:まずは約2年間に及ぶメニュー会議グルに参加してくれてありがとう。1年生の時からメニュー決定の流れが見えていたり、話し合いの風景だけでも知ってほしいということで新しく導入した制度ですが上手くいったようですね。新1年生がもうこの時期に怪我無く思い通りに走って跳べているのは間違いなくこうちゃんがメニューが決まっていく過程を見て、吸収して、上手く落とし込めているからにほかなりません。ティンポ走で追い込みすぎる癖だけが少し怖いですがそれ以外は次期パート長としてこれまでで最も不安なく引き継げているように感じます。まぁここまで想定して砂場を任せたということにしておきましょうかね。

こうちゃんに対しては正直プレッシャーを感じていました。唯一冬季になじみきれていなかったのですごく申し訳なかったです。1年から黙々と僕らの後ろをついてきてくれて、どうにかうまくいってほしいなと願っていましたが、春先に入ってもまだうまくいかず、心配でした。それでも、次期パート長という責任感からか、必死で練習して、ここ最近はほとんどベストが出ているといってもいいほどに動きが良くなっていますね。安心しました。この勢いで一緒に7大で殻を破りましょう。九大に7メートルジャンパーが不在の瞬間はあってはいけません。次期パート長としての維持のジャンプを見せてください。

かつらくん(?) あまり深く言いすぎてもよくないと思うので君には一言だけ伝えます。つらい中でも7大会議にはちゃんと参加してくれてうれしかったゾ。いろいろ落ち着いたらまた少しずつでも陸部のみんなと遊んでほしいナ。みんな待ってるからね♡

きむらくん わちさん、やまちゃん、あっちゃん、3年生とよくつるんでいる印象があり。たびたび山ちゃんが「たくみちはおれらのことなめてくれてうれしい」とよく言っていました。最初は途中入部ということもあり、きずなの強さが強みのフィールドパートにうまくなじめるかなと心配でしたが全然杞憂でしたね。最終的には一緒に台湾旅行をしていたりととても楽しそうに部活のみんなとなじめていてよかったです。

木村君との直接的な思い出は残念ながら少ないので、僕なりに木村君のブログに対してアドバイスをしておこうと思います(おこがましくてごめんね)。モチベが低くても練習に来れてるうちはまだ自分が自分をあきらめていない証拠だと思います。誰かがいるからとか、行けば楽しいからというのはあくまで強化です。まだ陸上に対してあきらめたくないからこそ練習ができてるんだと思います。だってそうじゃなかったら遅れて部活に参加するんだから走らなくていいもん。楽しいだけなら筋トレの振りをしていれば毎日を過ごすことだってできます。それをしないのはひとえに君がまだ、陸上熱を絶やしていないからです。それによく考えてみてください。何年もベストが出ていない子だってたくさんいます。それになんだかんだひろちゃんとゾエの成長は急激ですが、まだ君のベストには追いついてすらいません。だからきっと大丈夫。続けてさえいれば、きっときっかけに出会えて、ある日トントン拍子でうまくいくから。たぶん古賀ちゃんとも仲良くなれるよ。

DUOちゃん 今頃明日の競技のことと、7大が終わってから自分が背負わなければいけないものの大きさにのみ込まれているころだと思います。女子の先輩が2人もいて、かつ一瞬もいなくなることなく、後輩もいて、高跳びには頼れる王様とサイボーグがいてと。はたから見たら温室育ちそのものです。右も左もわからない状態で始まった僕と右脳さんの高跳びパートとは違い、先輩の道も見てきて、後輩もたくさんいる今の状況は全く違う緊張感がありますね。でもきっと大丈夫。君ならやれる。ケガを乗り越えて、七大戦でとんでもない跳躍をして今ある不安を全部拭い去ってしまおう

たとえうまくいかなく大丈夫。これまでも。そしてこれからも僕らはいつでもそばにいる。先輩を見習って溜め込もうとしなくたって大丈夫。僕らがDUOちゃんの先輩であることには変わりないし、その関係が変わる必要は一つもない。だからまずは思い切って頑張っておいで、うまくいかなきゃ僕が修正してやるから。

お手本になるかわからないけれど僕らを高跳びの先輩にしてくれてありがとう。いや、まだDUOも右脳筋も身長超えてないから高跳びじゃないか。このいじり方そろそろやめさせてね(^^)

書くか悩みましたがおじさんたちにもマジほんのちょろっと書いときますね

九大陸上部登山部おじさん:たぶん弟を除いて、ここの3人にだけは一度本音をぶちまけ、大泣きしてしまったような気がします。部内に居場所がなくて、でも後ろ指は差されるから最低限はやらないといけなくて、乗っかってくるプレッシャーだけが増えていくのに、不安も何も分かち合うことができなかった(今そうじゃないかと言われると怪しいが)とき、この人たちがいたから今もこうして踏ん張れています。当日この人たちが見に来てくれるのか定かではないですが、見に来てくれるのなら、時間を作ってよかったと思ってもらえるような活躍をしたいですね。あと僕も山登り誘ってくださいね。もちろん飲み会だけでも大丈夫ですよ。

なんかせっかくなので一言二言書いときますかね。カイチサンとか書かれたら喜びそうだし。

河野さん、引退してからの方が絡むようになりましたね。その理由は簡単で、僕が河野さんをすごい人だと認識したからです。インハイにコンプレックスがまだあるのもあって昔すごかった人でしょ。と認めないようにしていましたが七大のラスト、存在しない大学4年間の練習の記憶が発動して河野隼人さんになったところをみて、これは本気でやった人特有の体が覚えてるやつだと思い、めちゃくちゃ評価が変わりました。こんなすごい人の存在をいなかったことになんてできない、ロストテクノロジーにはさせないという決意もあり、そこからの冬季練はたくさん頼らせていただきました。僕にはない感覚や分析方法、そしてお手本過ぎる動きの数々、なんでこの人から色々教わってるのが高跳びの僕だけなんだと何度も思いました。おかげさまでずっと嫌いだった幅跳びもあわよくば対校顔負けの跳躍ができそうなほどに伸びてしまいました。まじでありがとうございました、と言いたいところですが、多分まだまだ色々教わったり見てもらうことが兄弟そろってあると思います。その時はよろしくお願いしますね。

廉くん、正直去年の七大を超えるほど良いことは言えません。ただ、去年の七大後から思うようになったことがあります。それは廉君の競技への未練のなさがただただうらやましいということです。僕はきっと今のまま終わっても、後輩の相談には先輩として助言できることはないのだろうなと廉君といると感じます。一番感じたのは春イン直後です。廉君も選手だったときは試合の結果にはハートのみで、久しぶりに会った時にこの前〇〇だったねとか、めっちゃいいじゃんって言ってくれるだけでしたがこの前は全然違いましたね。結果を見て、すぐに心配してくれて今度一緒に飲もうと廉君から誘ってくれたのはめちゃくちゃ嬉しかったです。これからはもっといっぱい飲みに行きましょう。廉君を連れてゲイバー(さとぼぉやポンくんの家という意味ではない)とか行ってみたい。

そして、最後に海地さん。ほめ過ぎると調子に乗りそうなので言いたくないですが、海地さんは僕の中で今でもひとつのお手本です。それは競技面だけじゃありません。もちろんはるかちゃんかぶりをしているとかでもありませんし、先にクールキャラを奪われたからでもありません。

海地さんは九大の先輩で唯一、実力主義者でありながらも部に関わろうとし続けた人です。だから僕のお手本です。

自分が本当にしたい練習もあっただろうに、全体を見通して設定を落とすだとか、スピード特化ではなく持久力に振るだとか、ハードルがレーンを奪わないようにするだとか、ガチで練習したい人にしかわからないような部分にまで気を配っていることを僕はカイチサンの会話の整合性(主に後輩短長パートと新妻へのアドバイスだが)からちゃんと汲み取っていましたよ。だから2年目の冬季も、3年目の冬季も、高跳びを伸ばすだけにしては長い距離のメニューだって入れられました。皆で強くなるをテーマにメニューをブラさずにいられました。

そして最後の七大戦のマイルまで本気で駆け抜けた強さも、同じように注射打った仲間だから分かります。お互い手負いのなか表彰台乗ってプライズウィナー(あれまだ認めてない)ゲットできてよかったですね。あとインカレで絶望した仲間にもなっちゃいました(^^)

他にもたくさんありますが、海地さんが僕に道を見せてくれたから本当に手遅れになるほどは道からそれることなくいられました。いろんな人がいろんな角度海地さんを尊敬したり、評価していますが、たぶん僕が他の誰よりも海地さんのすごさを知っています(尊敬度だとほかにももっと過激なファンはいそう)。何気に福山飲み楽しかったって言ってもらったのめちゃくちゃうれしかったですよ。梯子できるほどお店はないですが鳥取来たらバチバチに案内しますね(^^)

パワリフおじさんズ:なんだかんだいろいろ相談させてもらいましたし参考にしている部分もたくさんあります。最近気づいたこととしては、健一さんが見てくれる試合はだいたいうまくいくのでは、という説があります。幅が終わった後でもいいので見に来てくださいね。和知さんはたぶん右脳さんのトッパーをはらはらしながら見るのではないでしょうか。女子ハードルは男子より低いのでくれぐれもくぐらせないようにしてくださいね(^^)

ニコチャン:まだ、箸にも棒にもかからないを気にしているメンヘラニコチャン。ここまでショックを受けるのかと言っておいてなんですが軽く引いてます。七大の1本目跳ぶ直前の泣きかけてから叫び始めるサトチャンを見たときくらい引いてます。それくらい引いたところからいつも見守ってくれてるサトチャンは、これからの世代をどの角度で見守っていくのでしょうか。やっぱり競技者に最も近い位置であるスターターの席からこれからも見守ってくれるのでしょう。楽しみですね。なんて言いたくなったのかわからなくなったので最後に言いたいことだけ言っときます。たぶんうまく跳べたら春インの時みたいに跳びつき(練習ではない)に行くと思うので腰だけやらないように気を付けてね

杉原さん:お忙しい方なのできっと読んでないんでしょう。文字も多いですからね。でも杉原さんがいたからこそ、僕の大学陸上がこんなにも濃くなったんだと思います。技術的な部分はいうまでもありません。もちろん冨山先生や桐木さんなどレジェンド選手たちとのかかわりを作ってくださったことも感謝しています。ただ、それ以上に感謝していることがあります。

それは、僕にとって最初で最後の高跳びの先輩が杉原さんだったことです。中学では高跳びをする設備もなく、高校では設備こそありますが、先輩や指導者はおらず、教えてくれる先生は片道2時間近くかけなければ会うことはできず、またその先生も多忙で、高跳びを誰かからしっかりと教わるという経験は杉原さんが来るまで一度もありませんでした。独学で2000㎜跳べるようになったというのは聞こえはいいかもしれませんが、指導者や相談できる人に会えてさえいればこの記録を出すのはあとどれくらい速かったんだろう、今頃は2の壁を感じながらも何度も跳べるようになっていたのではないかと思うことは何度もありました。そんな僕にとって杉原さんの存在はほんとうにかけがえのないものでした。跳躍のことを気楽に(最初はビビってましたが)相談できる。たったこれだけのことですが、それがどんなに僕に安心感を与えてくれたことか。跳躍するたびに意思の疎通をしてくれることがどれだけ大事なことなのか杉原さんの存在をもって痛感しました。だからできるだけみんなの跳躍を見てほしいと言われれば見るようにしていますし、できるだけの意思疎通を図っているつもりです。

杉原さんにとっては数ある後輩の一人にすぎないと思いますが、ぼくにとってはそうじゃありません。必ずこの恩を返せるような跳躍を試合で見せたいと思います。もう練習ではいっぱい見せてますもんね(^^)当日は交歓会の影響で見に来てくれるのかわからないと言ってましたね。寝坊してもいいように絶対跳び続けとくんで来てくださいよ。

1年半ほどですがありがとうございます。残り半年は普通に遊んだり酒飲んだりしましょうね。

同期たち

右脳さん

君は、結局最後の最後まで僕の前に立つことができませんでしたね。でも、そこにライバル意識を燃やして自分なりに努力していたのは尊敬します。

部活に入った当初はいくら高跳び選手とはいえ足が遅すぎて驚いたことが昨日のことのようです。たぶん昨日のことのように思えるのはまだまだ、足が遅いからなのでしょう。僕も足が遅いので言えますが、足の速さは才能です。諦めてください。でも、高跳びは才能だけじゃ決まりません。今でこそ僕らは対校戦で注目選手としてあげられるようになりましたが、最初は全然そんなことはありませんでしたね。でもお互い結構頑張って練習しましたね。そのおかげもあって2人そろって去年の7大戦で表彰台に上がれたのはうれしかったです。本人の前でいうと癪なので言えませんが、「どうだ、僕らの1年間の本気すごいだろ」って感じで勝手に喜んでいました。

そしてとうとう最後の7大戦がやってきましたね。お互い優勝争いができるところまでいます。最後にそろって優勝したろうや。

もしも不安があるなら、自分の伊都練での動画を見返してください。僕は最近気づきましたが、入部当初とは比べ物にならないほど僕らの助走路は汚れてます。ピッカピカだった伊都のタータンに二人の練習の跡を残せたのはちっぽけだけどささやかな誇りです。高跳びのバーが届いてから、ぶっ壊れるまで練習しましたね。これも誇りです。マットのへこみはまぁ、前からあったか。とにかく僕らはたぶん自信を持つには十分すぎるくらいの練習をしました。だから逆に不安なだけです。一緒に勝つよ。まぁ僕のほうが上だけど。

みついさん

いろいろ周りががやがやと言ってますが、僕はみついさんのこれまでの努力を肯定しますし、認めています。僕が誰かに気まぐれで言ったことをちゃんと盗んで、練習に取り入れる姿や、伝えた練習をちゃんと続けている三井さんは立派だと思います。

あと、僕は三井さんが唯一練習後一番に日誌を上げていたことを知っています。僕は定期的にADHDすぎて投稿がおっくうになることがありますし、右脳さんは和知さんの家で遊んでいてあげるのが翌日になることもよくありました。でも三井さんだけは違いました。おぷちゃ動画が入り次第(これが2日かかることもあったか)すぐに練習を上げて、スプシもちゃんと記入していたのは三井さんだけです。最近は研究室などで本当にしんどいんだろうなと思いますが、それでも何とか練習が上がっていて、本当にすごいなと思います。

三井さんは何気に僕の言ったことをちゃんとやろうとしてくれます。だから三井さんが5m跳ぶにに必要な最後のピースは僕が埋めます。そのお披露目は日曜日の7大戦まで待っててください。楽しみにしててください。

とりあえず5m跳べば部活をやめるのも続けるのもどちらもすがすがしくできると思います。しぶとく続けてる人はちょっとカッコ悪いですからね(ブーメラン)。とりあえず主将として頑張りましょうね。

やまちゃん

まずは、もうすぐ後輩になること、心中お察しいたします。早くも3年生から呼び捨てで呼ばれているところは結構見てて悔しい。とおもったけどよく考えたらひろちゃんもたくみちくんも前々からブーブ呼びしてたか。なんならみつまさ呼びの方が格が上がったまでありますね。

そんな山ちゃんに伝えたい感謝はたった一つだけです。それは

ヨット部に入らないでくれてありがとう

ただそれだけです。だって君がいなかったらきっと今のフィールドパート、もっと言うと僕は存在していなかったと断言できるからです。

フルマラソン、富士登山、沖縄旅行。ほかにももっと小さな旅行や出来事はありますが、この3つだけは君がいないと絶対に経験しえなかったことです。行動力に対して下調べをやらない僕にとって、君の無限にあふれ出る欲望の数々はまさに僕の求めていたワンピースです。おそらく君がいなかったら僕はどれもできないまま人生を終了していたと思います。最高の思い出を作ってくれてありがとう。

そしてムードメーカーなところは、まぁ皆言ってるからいいか。山ちゃんは最後の午前部活の時「矢木か誰かが10時くらいに電話かけてくれるはずだから、2度ねをぶちかました」といっていましたね。これは早く起きてーって意味のモーニングコールではありましたが、僕にとってはそんな小さなものではありませんでした。君がいないと部活が楽しくないから電話をかけていただけです。たぶん僕はみんな以上に山ちゃんがいないときに元気がありません。少なくとも声は小さいです。君がいないときを君が知らないので永遠に知ることはないんですけどね。君は良くも悪くも無神経です。だからこそ僕はどんなにつらくても笑顔になれました。君は去年の国スポで不謹慎なことを言ってごめんと言いましたがとんでもありません。変に気を使わない君のその性格には何度も助けられました。きっとそんな君に救われた人は何人もいると思います。まぁ土井ちゃんにデブって言ったのはさすがに無神経すぎたのかもしれないですね(^^)君が僕のマックス測定を見てくれているとき、僕の成功率は高いです。なぜか君の応援は勇気が出ます。たぶん、僕の好きなタイプの体育会系特有のアツさを持っているからだと思います。なんかちょっとムードメーカな話をするつもりが書きすぎましたね。それくらい君はこのフィールドパートに多大な影響を及ぼしているわけです。

ついでに君も実はけっこう陸上ガチ勢だと思うのは僕だけでしょうか。いろんな人に隠れてアドバイスをもらっているのはもちろんですが、もう一つ静かに感心していることがあります。たまに君がスマホのアルバムを見せてくるときがあります。そこにうつる大量のスクショの中に君が上裸でイーストで練習をしている動画がちらりと見えます。おそらく土曜ではない日付のところに。みんなも、山ちゃん自身も欲望に弱いと自己評価しますが、ちゃんと自分と戦える人間だと僕は思います。そしてきっとシーズンがうまくいかない理由は自分との戦いに向かい切れていないからだと思います。これは自分自身に言い聞かせている言葉でもありますが君にも送ります。

多少練習していなくたってきっと今の僕らは去年の僕らより強くなっています。ただ、僕らが勝てていないのはたった一つ。今の自分たちがしょってる重り。先輩がいなくなって、後輩が爆増して、僕らが引っ張らないといけないものが重たすぎるだけ。でも、物理を習った僕らは大丈夫。力積は力の大きさと力をかける時間に比例して大きくなります。1年間引っ張り続けてるんです、もうそろそろ勝てるよ。

変なタイミングに入ってしまいましたが、たぶん山ちゃんがいなかったら僕は梁さんに出会えなかったです。これはほんとにめちゃくちゃありがとう

君の競技人生最高の舞台を、僕は最初から最後まで見届けられてとてもうれしいです。応援は任せろ。死ぬ気で投げてこい。君が流れを作るんや!!

あっちゃん

ありがとう。どこから言えばいいのかわからないけれど、結局この言葉だけは一番最初にかけたいです。君にとっての僕は今や最悪の存在でしかないだろうけど、僕にとっての君は3年前の7大戦から今に至るまでずっと最高の存在です。そしてこの最後のブログでは最初に最高の存在になった話をしようかなと思います。

それはあっちゃんが僕の苦手なこと全部得意で、逆におそらく彼が苦手なことは僕が得意なことだったからです。それは元カノのプレゼントを僕は捨てているのに対してあっちゃんは枕元に置いているからとか、僕のがBLEACHあんまり好きくないのにあっちゃは好きだとかそうゆうことではありません。いや、それも一つはあるかもしれませんね。1番は僕が苦手なことをいつでも代わりにやってくれるというのが僕の中で君が最高の存在だった理由です。決してそうゆうわけじゃありませんよ。飲み会の幹事を率先してやってくれたり、旅行の計画を中心になって考えてくれたりっていうのは部活関係なくたくさん助けられました。こういうととても都合のいい人というような扱いに見えるかもしれませんが、まぁ、そうなのかもしれません。たくさん助けられましたからね。ありがとう。

そしてその優しさに甘えすぎてしまったことがほんとうに申し訳ないです。特に部活の運営ではたくさんの負担を強いてしまいました。たぶん細かくあげたらきりがないくらいのことをさせてしまって、それにすぐに気づいて向き合うことができなくて、そしてついに潰れてしまってようやく気づくという最悪な状況になってもなお、向き合いきれなかったのはひとえに僕が弱かったのがすべての原因です。ごめんなさい。

どこから間違えてしまったのだろうと考えていけばいくほど眠れなくなってしまって、いっそ僕は初めから九大陸上部の一員でいたいと思ったことがミスなんじゃないかとすら思ってしまいます。追いつめてしまった責任感からこの4月から君の目を、顔を見るのが怖くて仕方なかったです。でも、同時にうらやましいとも思う自分がいました。不満をぶつけられるだけの人がいて、味方がいて、精神的に限界が来たら部活を休めて、それでみんなに心配してもらえてとみんなに助けられている君がとてもうらやましくて、何で僕だけ一人で涙をのんで、部活では王としてふるまわないといけないんだろうと思ってしまいました。そこでまた、自分だけが悲しい境遇にいると思い込んでいある自分を自覚して、「こうゆうところが人に無理をさせてるんだ、僕なんかよりもっとみんな忙しいに決まってるのにちょっとフィールドのみんなを見たり、7大運営で忙しくなったくらいで自分が一番悲しいみたいにおもってしまうんだと」自暴自棄になってしまいました。

春インで君が久しぶりのベストをかましたときも、心の中でなんで一つとして遊ばず本気で積み上げた僕が全くうまくいかなくて、前週に酒を飲んでたあっちゃんがうまくいくんだと、それなりに長いあっちゃんとのかかわりの中で初めて明確に嫉妬心を燃やしてしまいました。そしてまたそうゆう自分の器の小ささに絶望をしていました。

それでも僕の中であっちゃんが、同期4人の一員であり続けたのはやっぱり僕は君のことが好きなんだと思います。2年生のこの時期、今このブログが上がっている金曜の10時台はいつも山ちゃんと3人でアイモにのって上で練習してましたね。いつでも誘えば反応して練習に来てくれる君の存在が助けになった。骨を折って心もおれていた僕にとって、山ちゃんとあっちゃんの補強の罰ゲームのために小競り合いの100m走や、ハドジャンで小競り合いをしている姿がどれだけ心の支えになったか。7大の直前は僕の誕生日ということで飲み会からのカラオケに行きましたね。すごく楽しかったです。4人での非日常はもちろん楽しいですが、僕にとっては星の数ほどある4人での日常の些細な小競り合いや出来事が一つ一つの宝ものでした。そして4人でいるときの輪には常に君が真ん中にいた。僕とやまちゃんがペラペラしゃべって、時々あっちゃんが森君にキラーパスを送り、それを見事に捌き大爆笑という流れは、水曜日もありましたがすごく好きな会話パターンです。

たぶん、あっちゃんを誰よりも応援しているのは僕です。あっちゃんや外野がなんと言おうとこれだけは譲れません。君の小さくても着実な一歩をしっかりと見てきたのは僕ですから。そして九大で一番僕の幸せを分かち合ってほしいのは君です。それはもちろんきれいではないにしても1年間一緒に九大陸上部を支えてきたこともありますが、やっぱり一番は君が僕のベストの瞬間を一番喜んでくれる(と思っている)からです。CSの時最初から最後までスタンドのヘリで応援してくれたのは君だけでした。たぶんその時の安心感が今もなお僕がどうなったって君を嫌いにならない理由なんだと思います。

ごっちゃごちゃで全く読めたもんじゃない文章ですが、これが今の僕の君への愛情の形なんだと思います。だから君の最高の投擲を見せてほしい。けれども僕は土曜日3段を最初に見なきゃいけないです。だから死ぬ気で決勝に残ってくれ。君がほかのみんなをバカでかい応援で後押しするように。僕にもそれをさせてほしい。願ってる。

あらためて同期として4年間、副将として1年間本当にありがとう。あと3日、駆け抜けよう

もりくん

うん、やっぱり君が一番変だよ。メッセージのとりを飾るにふさわしい一言目を選びたかったけどやっぱりこの言葉をもっとも最初に伝えたい。感謝や謝罪やボケとかすべてを追い越して、変ということを真っ先に伝えておきたい。みんなが森君の奇行を書いてくれてたので僕もそれにならってひとつだけエピソードを書こうと思います。彼女も呼んでいるらしいのでかなりライトなものを選ばせてもらうのは僕なりの優しさです。

フィールドパート内で森君がロリコン+〇〇好きなことはとても有名ですし。ロリコンである象徴の藤井さんが最推し(最後の部活の後のご飯の時ですら彼女と藤井さんを天秤にかけて一瞬ためらいの間があったことを僕は見逃していませんよ)であることは皆さん周知だと思いますが、それを最初に聞かされたのはおそらく僕です。それは大一の7大戦での帰りの飛行機でした。入部してまだ3か月ほどの仲(な上に僕はチャリで自滅しで部活行ってないからほとんど初対面)なのにいきなり

「矢木君って陸上部の中なら誰が一番かわいいと思う?自分はやっぱり藤井さんかな」

と僕の高校同期もびっくりの突然の質問が来たと思ったら、とんでもない速さでの自己開示、そしてフィールドの爆美女いしぃしゃんじゃないのかよ、てか藤井さんって誰だよという突っ込みが渋滞するレベルの情報量を一度にくらった衝撃は今でも忘れません。今思うと行きの飛行機も同じだったので、間違いなく7大戦を通してふじいさんが森君のナニカを刺激したのだろうとも思います。つくづく姑息な奴です。その時は「尊い」と彼女を表現していましたが、そこからどんどん悪い方向への進んでいき、最後の最後にはみんなで富士登山の計画を立てていた時に「藤井さん⁇」と何度も聞き間違えるという謎のボケをするようにまでなってしまいました。藤井さんエピソードは結構とんでもないですが、彼女に悪いですし藤井さん本人にも申し訳ない部分があるのでこれくらいで終わっときます。

このメッセージを考えるに当たって、やっぱりいろいろと森君のことを考えたんですけど一つ気付いたことがあるんですよね。多分彼は不幸顔が好きなわけでも、ロリ巨乳が好きなわけでもないんですよね。たぶん森君は永遠に心が中学生なんだと思います。中学生であれば中学生、ちょっと間違えれば小学生まで守備範囲にもなりますし、中学なんて女の胸はデカければデカいほどいいに決まってますし(セクハラではない)、マリカーもやりますし(とはいえデイジーは使わない)、カーフスリーブとかかっこいいからつけてみたくもなります。彼はきっと良くも悪くも中学生なんだなと最近思うようになりました。

そう考えると、パート長は僕ではなく森君がなるべくしてなったんだと思います。和知イズムに強く影響されたヒカキンマニアの3年ズや、欲望に忠実な2年ズをまとめ上げることができるのは同じ目線に立てる森君しかいません。冷笑系や通ぶりガチな投擲2人組や、機械や並列思考のできる女子ズ、そして先生のような立場に立ってしまう僕じゃきっと今のようにフィールドパートが誰もかけることなく存続することはなかったでしょう。静かで、優しい森君はたぶん表面的には強烈に見える他の同期たちにかすんでしまうことが多くあるのかもしれませんがこのフィールドパートでは森君がパート長であることは必然であったと思います。だから外野のみんなは「矢木に仕事奪われないで」とか「乗っ取られないで」とか言いますが、僕はそんなこと一つも思ったことはありません。こんな誰もが納得するパート長の座につけるかよというのが本音です。それに僕にとってフィールドパートは存在価値が大きくなりすぎました。ぼくじゃ背負いきれないくらいに僕の中で大切な宝物です。物をすぐに壊してしまう僕にはパート長という立場は主将よりもずっと責任の大きさがあって、それに逃げてしまったのもあります。1年間改めてありがとう。

さて、いろいろお礼はしましたが、そろそろ森君がパート長らしさを仕事で見せないといけないときが来ましたね。やってやりましょう。いまさら言うのは恥ずかしいですが、僕は勝手に僕と森君がフィールドの2大リーダー、というか相棒だと思ってます。相棒の最大限を出せるように僕は全力で声を上げて、全力でコーチングするからね。公認で14跳んで、野賀さんも超えよう。

ふぇぇ、ようやく伝えたいことが全部出し切れました。

きもい言い回しがないか、語弊がないように伝わってるか見返すために何度も読み返してたるんですけどね。皆へのメッセージを読むたびに何回も泣いてしまいました。冬ブログにも書いたんですけどこうやっていろんな想い出ができて、いろんな思いを分かち合えるような人と時間を作れて僕は本当に幸せな王様でした。ありがとう。

だから僕のこの試合の意気込みは、そんな感謝を込めて一本一本丁寧丁寧丁寧に跳ぶことです。でもって勝ちます。それが主将の最後の職務ですから。でもこうゆうときって焦ると空回りしちゃうんですよね。だから皆は僕にいい流れを持ってきてください。絶対にうまくいくという全能感をみんなでつくってください。トラックもフィールドも、男も女も、現役もOBも、さとぼぉもさとちゃんもぜーんぶひっくるめて僕の前座としてしっかり頑張ってください。それが僕の王様としての最後の命令です。

でも、もしダメでも落ち込まないでください。最後は絶対僕が肯定するから。だから思い切り好きなようにやっておいで

てことで七大ブログのこの熱はこれから始まる7大戦1日目にたくします。山ちゃん、よろしくね

さぁ戦おう

今僕たちが輝くとき

大丈夫

きっとうまくいく

七大戦、開幕

おはようみんな、九大陸上部の王、矢木聖一朗です。この王座も残すところあと3日となってしまいました。代替わりしたら梁さんの鳥肌が止まらなかったでおなじみ爽やかお兄さん担当に逆戻りかとおもうとなんかさみしいような楽しみなような気がします。


入りから本題に入ることに難しさを覚えたのが1年の七大ブログ、そこから年取れば慣れてくるかと思いつつげているうちにもう最後のブログになってしまいました。お酒やしいたけと同じように時間と回数をかければだんだんと慣れて、好きになっていくと思いましたが全然そんなことはなかったですね。やはり文を書く才能はないのだなと感じました。ただ、4年間続けた練習アカウントの振り返りとドSなゼミの先生と見たことないくらい分厚い本をそのままの厚さで説明してくれるゼミの方々ののおかげで文字数を稼ぐ能力だけが磨かれてしまい、ついには右脳さんのおばあさまや阪大の金光君が読み飛ばしてしまうほどの文量となりました。今回は集大成ということでとんでもなく長く書いてやろうと思っています。ちなみに執筆開始はR8年入ってすぐなので半年以上書き溜めていることになります。もう小分けにして出したほうがいい気はしますよね。ということでこれは皆さんが一番暇になるであろう七大戦初日の午前に落とします。少しずつ読んでくれると嬉しです。

参考までに各章を軽く説明しておくので気になる章から読んでくださいね

1章先輩たちの軌跡

 僕が大学陸上に本気で向き合う事になった経緯や、僕なりに本気で九大陸上部、もっというとフィールドパートと向き合おうと決断した過程をできるだけ細かく書いています。特に新入生の皆さんは知らない人の名前だらけできっと混乱することでしょう。フィールドの先輩方はぜひこのパートを読んでくださるとうれしいです。俺のこと書かれてるかな?とかそわそわしながら読んでほしい。きっと書いてあるはずですから。

2章王の軌跡

 自語りなのでとばしてもらって結構ですが、それなりに思いを込めて書いている部分です。もしも心が折れそうになった時にはこの章を読みに来てください。きっと力になると思います。

3章最後の奇跡

 意気込みですね。それとともにつづれるだけの感謝をつづっています。おそらくここまでの皆やこれまでの先輩たちのように皆に平等に書いてあげられるわけではないです。その人とかかわってきた時間や思いがそのまま文量になっています。ちなみに俺のこと書いてあるかな?で書かれていなかった人の名前はここにあるかもしれないですので探してみてくださいな。

こんな感じで各章の紹介を終わりたいと思います。語彙力も、文章力も何一つ秀でた物はないブログではありますが、気持ちだけはこめて入力しているので読んでくれると嬉しいですね(^^)

1章先輩たちの軌跡

チャプター1:あこがれ

「14m46!!」

「うわぁーーー(歓声悲鳴などなど)」

先輩方、4年生のみんな、このシーン覚えてますか?本人は覚えているかもしれませんね。もちろんこれは我らが元々々フィールドパート長の川野賀・ブラック・大喜さんが七大戦にて記録した距離です。

圧倒的ベストでの入賞

パートを超えて皆が応援に来る団結力

そして参加しているのはたった7大学しか参加していないのにも関わらずピットの周りが人で覆いつくされる密集感(振り返ると競技場のキャパに問題があったような気がするが)

敵も味方も、専門とか専門じゃないとか関係なくぎりぎりの人数でやりあう対校戦(それはそれでもちろん楽しい)しか知らない、くそ田舎出身の目立ちたがり屋ハイジャンパーの僕にとっては、これだけで大学陸上を本気でやろうと思うには十分に足る動機でした。そして今も三段跳びのモチベがあるのもこの大会のアツさが原因です。足首と仲良くなれないので高跳び熱がある間は出ないと思いますが。

当時、ノガさんに対しては、さとぼぉとかいうやけに大人びた3年生や、レンタロウとの確執(笑)等があり、どうしても「ほんとにこの人はパートをまとめ上げてるんだろうか」と疑問に思っていましたが、七大での姿を見て、ものすごい速さの手のひら返しをかまし「パート長えぐい!!」とか言っていたのがなつかしいです。そして先輩とは頼れるものだ、かっこいい存在だ、そしていつかは僕もこうなれるように頑張りたいという動機から、実は1年生のころから何かしらでいいから皆をけん引できるような存在になりたいなと思うようになりました(まさかここまで重たい物をけん引するとは思ってなかったです)。こうゆうわけで、いつかを夢見て、また改めて本気で陸上をするかという気になり大学1年目の夏を迎え、骨折明け兼大学初戦を迎えます。この話は2章にて。

なんやかんやあり、無事にシーズンアウトをし、大学初の冬季練に入っていく事になります。振り返ってもこの冬季ほどきついことは人生で起きないんじゃないかなぁと思います。疲労ガン無視、協調性皆無の冬でした。どんな精神だったらあの時の練習を一人でできたんだろうと思いますよ今もなお。

そこで振り返ってみるともちろん先輩の姿があるんです。そうです、もちろん梁さんです。間違いなく僕の競技観、もっと言うと人生観に影響を与えた人のひとりです。この人がいたからあの時期を乗り越えられたんだと思います。種目的な(というより主に梁さんの特性なきもしますが)こともあり、僕たちの代で投擲パートが増えるまで(期間ごとの増減は無視する)ひとりでウエイト、食事、競技の勉強をこなして練習しておられました。まぁもちろん尊敬しますよね。ついでに自分自身に対する底なしの自信も持ってるんですもん。ついていきたくなるに決まってます。この部にはこうやって本気でやってる人が何人もいるんだ、僕も負けたくない。絶対この人たちとでっかい大会で大暴れしてやるというあこがれだけで1年目の冬季を一心不乱に積み上げました。

まぁ結果としては成功よりも断然失敗が多かったんですがね。良くも悪くも大1の時に抱いた感情や経験が今の九大陸上部としての僕の原点だと思います。ただ思い出としてはとてもいいんですが最適な冬季練だったかと言われるとそんなことはないので後輩たちには絶対にさせていないですしおすすめもしないです。経験したことがある人がいるのならその人から学べばいいだけですから。

チャプター2:つながる

「おれ、おれもう、さ、さとぼぉが、、さとぼぉがとぶだけで、、

あぁ、もう、だめだぁ」(震え声)

うん、今思い返してもとてもグッときますよね、健一さん(^^)

なぜか卒業して陸上部からいなくなったはずなのにみんなが知っているでおなじみ3年生(僕の中でサトチャン健一さん梁さんは3年生のままなんです)の数ある名(迷)シーンのなかで僕だけがその場にいて、そしてこの人たちが僕の2年目の4年生でよかったなと心の底から感じているシーンです。

このめいシーンの名ポイントは3年間対校として出場することのなかったササニシキ先輩がとうとう対校戦として7大戦に出ていること、加えて彼のベストは1304、この年の板はなぜか13板であるにもかかわらず練習から公式まで板は踏んじまいましたが全部余裕をもって砂場に入ってました。明らかな覚醒をしており、4年の7大戦がどんなものなのかノガさんに引き続き再認識させられました。やっぱり先輩はかっこいいです。

迷ポイントは先の健一さんの一言が公式練習1本目から出ていたということですね。さすがに早すぎるうえに意味が分からない。さとぼぉが13板に入る意味は九大のフィしか知らないわけで、本当にちょっぴり恥ずかしかったですね(まぁ僕も人のこと言えないような気はしてきてますが)ただ、やっぱりこの人たちは強い絆で結ばれてるんだろうなと感じます(多分ホモ同士だったのもある)

当時の7大ブログにも書きましたが、3年生がこのフィールドパートを一つにしたことは間違いないです。先輩たちは僕らをパズルのピースのように綺麗にハマるように動かすだとか、作り変えるだとかするんじゃなくて、そのままの形を受け入れて、繋ぎとめてくれました。まるで影アートみたいな感じです。そのままではいびつで、意味を成しているようには見えない。けれど光が当たればそこに一つの絵が作られる。そんな形で1年間まとめるというより繋ぎとめてくれました。僕のことだって気にかけてくれました。何気に恥骨の疲労骨折で絶望してた時、部活に行ったらさとちゃんが「チコチャン」呼びしていじってくれたのは本当に助かりました。今さらですがありがとうございます。

間違いなくフィールドパート最弱時代だったと思います(ひどい言い方でごめんなさい)。インカレ入賞者は梁さんのみ、7大ランキングでいえば梁さんの円盤を除き上位勢0(レンタロウはLusterいた)というどう考えても活気のない時代でした。でも、だからこそなのかもしれません、今でもこの時代はチームとして最強だったと思います。そりゃ引退したのに久留米までチャリで応援に来てくれたり、九大記録会で2回もゲロ吐いたり、真冬に部活に来てくれたり、なんなら北海道まで応援に来てくれたりするくらいですからね。多分ずっとつながり続けるんだろうなと思います。

フィールド同期4人というくくりでずっと生きてきて、おそらくこのまま4人でワイワイすることしかないのだろうなと思っていた僕が考えを改める(多くの人はこれを丸くなったという)きっかけになったのはやっぱりサトチャンたちのおかげです。こうやってつながった輪を消したくない、てかもっと広げたい。そして、僕らがこの人たちでよかったと思えたように、皆もいつか僕がいてよかったと思ってもらえるようになりたい。結局は自分のことかよって感じですが、支えて支えられて、いろんな人を巻き込んで、幸せを分かち合うことが何よりも大切なことなのかなぁって思った2回目の七大戦でした。そういえばと思い返して2年前の七大ブログを読むとやっぱりチームって言葉をすごく意識してました。

チャプター3:ひっぱる

不安。これがサトチャンたちの代から入れ替わって一番最初に抱いた感情です。僕らの1個上の先輩は良くも悪くも皆自由人で、福寺さんを含めると、僕の知る限りでは大1の4月以降全員揃うということが一度もなかったです。加えて和知パート長は大学から陸上を始めた方なので、経験的な面でどうしても心配なところが多かったです。今思うとそれとこれとは無関係に初代談笑パート長でもあったような気もします。

あっちゃんが今の四年生がそれぞれの役割をもってうんぬんかんぬんと言っていましたが、おそらくこの先輩たちに対する心配からこの役割意識が生まれたような気がします。少なくとも僕は、同期4人で仲良くやろうという考えはこの時すでに捨てました。嫌われたって良い、悪口だって陰口だって何だって受け入れてやる。だから絶対にこのフィールドパートを誰もが羨むパートにしてやる。約2年近く被ることになるヤギセイイチロウ(独裁フォルム)が完成されました。

どうやったら皆の記録を出せるか、

どうやったら冬季にパートの絆を深められるか、

そしてどうやったら7大戦で一矢報いることができるか

サトチャン時代を受け継ぎ、より良くしていくためにずっとこの3つのことだけを考えて来ました。もうさすがにオフレコだろうということでそれに対する僕なりのアンサーを書いておきます。それは夏目廉太郎と僕を覚醒させることです。

当時のランキング上で得点(表彰台)争いに食い込めるのが僕とレンタロウであったため、練習メニューの傾向は二人を伸ばすために練習になるわけですが、当時レンタロウと僕は明らかに走る能力と専門練習を満足に行うだけの体力がなかったためとんでもないボリュームの冬季練になりました。そこにプラスで2人そろってBIG3を本格的に取り組み圧倒的な土台を作りました。

また、ある程度の記録までは強固な土台の完成で行けるだろうと考え皆の記録は自然についてくるはずだと考えました。

そして大舞台の覚醒には仲間とつながっているという実感が不可欠です。そこでフィールド〇〇を結構増やしました。フィールド旅行、フィールド新年会、フィールド合宿(よく考えたらこのどれにも和知さん以外の4年生いなくて草)はそのために行いました。些細かもしれないですが、パートのみんなと非日常を過ごすことで新たなつながりができれば良いなと思っての行動でした。

これがバチハマりして、昨年の7大ではあさイチに行われるOP幅にあり得ない人数のフィールドが集まり、場違いな盛り上がりを見せました。また対校ではレンタロウが見事優勝、ついでに4継も入賞、僕が3位、ついでに鵜木さんも3位入賞を果たすという完璧なフィナーレを終えることができました。

これだけだと僕がすごい頑張ったみたいな感じですが、そんなことはありません。やっぱりこれは和知前パート長の存在がとても大きかったです。僕ら4年生が自分たちの役割を強く自覚できたのも、今の3年生が和知さんみたいなのも全部みんな和知さんのことが好きだったからです。わからないから必死で勉強して実践するひたむきさ、みんなのちょっとした悪乗りも拾い上げる視野、そしていつも始まりと終わりはちゃんと皆を集める丁寧さ、最高学年がひとりの瞬間が多いからこそ自分だけはと必死に努力する様を見逃すことなんてできません。だから皆で手を取り合ってつながったパートになったんだと思います。サトチャンの代が影絵のようなチームなら、和知さんの代はスイミーだと思います。和知さんの意思を皆でくみ取って、完全ではなくとも皆で達成できるように補い合って、大きな形を形成し続ける。つながるパートではなくてひっつくパートでした。そしてこの流れを引き継いで森パート時代が始まっていくというわけです。

後ろからついていくだけだった(とも限らないかもしれない)大1、引き留めてもらった大2、繋ぎとめる役になろうとした大3。多くを学んだこのフィールドパートで、最後にどう向き合えばいいのか。そう考えた僕がえらんだみちは果てしないいばらの道となるわけですがこれは第2章のお話。

振り返ってみると、先輩という存在はいつの、どの発達段階においても僕という人間を作るうえで欠かせない存在です。多くの人からまっとうに評価されていなくとも、本人が自分自身のことを認めていなくとも、僕の先輩であるという事実は不変ですし、先輩たちの思いはどんなものであれ受け継ぎ、後世につないでいくものであると確信しています。だからこうやってブログにつづっているのだと思います。

先輩たちはいろんな形で色々なことを教えてくれます。背中で語るときもあれば、まっすぐ見せてくれたり、ときには反面教師みたいな形で。ある人は僕に大学陸上の華やかさを、またある人はひたむきさを、独立を、緩さを、強さをたくさん見せてくれました。また、脆さや仲間の大切さ、孤独のつらさ、焦り、たーくさん予習させてくれました。活かすタイミングはこれまでたくさんありましたし、これからもたくさんあるでしょう。こんなことしたいな、こんな先輩になりたいな。なんて思って気づいたら時間が過ぎていたことも数えきれないほどあります。

でも、先輩たちの教えには必ず共通点があることに気づきました。それはどの学びも妄想も一人じゃ絶対成立しないってことです。誰かがいたから見栄を張れて、誰かがいるからやめなくて、誰かがいるから衝突して、誰かにあこがれるから成長して、そして誰かがいるからひとりの時間に気づけるわけです。今あるいろんな感情も、フィールドパートの先輩たちが作って、守り抜いてきたからこそあるわけです。そして僕らが作り上げたフィールドパートももうすぐ3年生たちに引き継いでもらいます。

だからみんなで見せよう、今のフィールドパートの強さを。先輩たちに心配されないくらい完成されたチームの強さを。

声出すときは腹から出していけよ!!それじゃぁ、いきまぁぁぁぁす!!! (デジャブかな?)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第2章王の軌跡

 ここまでで7000字くらい。うん、オワッタ。さすがにやりすぎているなと反省。でも、この話や思いは入れたいなと思ってたらこうなっちゃった。てことでこの章ではヤギセイイチロウが王様になるに至った経緯や王様としてどんなことになっていったのかなどなどを語らせてもらおうと思います。たぶん、僕が主将であることに不満を抱いている人もいると思うので自分なりに思いをつづらせてもらおうかなとおみます。

チャプター0自分よりちびに負けるってどんな気持ち???

まぁ、その前に、ほんとかるーく高跳びとの出会いについて書いておこうと思います。僕の高跳びでの出会いは小学校5年の時です。小学校の授業で、高跳びが行われ、そこで初めてマットの素晴らしさを知ります。「なんだこれ、ふかふかすぎる!!」ってのが最初の感想で、そしたら先生からいきなり「高跳びの試合出てみんか?」って言われました。「試合用のマットってこれよりふかふかですか?」って聞いたら「もちろん」って言われたので出ることにしました。5年生の僕はおちびちゃん過ぎて148㎝とかしかなく、公式のマットに跳び乗ることがまず第一関門過ぎたのが試合の練習で思ったことです。そしてマットがかてぇ。体重がない分、マットがうまくへこまんで固すぎたのを覚えてます。そしてマットの方さにイラついたまま試合の高さを申告しに行くのですが、ここも楽しかった。変な逆張りを発揮して皆95cmか1000mmを選択する中、僕は「97cmでお願いします」と言いました。さすがに迷惑すぎる。そして95cmを申請していた子たちの意見は通らずなぜか僕の97cmが通ってしまいました。さすがに楽しすぎた。そして楽しんでいたらいつの間にか終わっていたのが僕の高跳び人生の開始でした。その試合が楽しすぎたことはあったものの、陸上自体に興味は一つもなく、また1年くらい試合や練習に行くことはありませんでした(そもそもクラブとかスイミングしかいったことない)。それでも初めての高跳びは楽しかったらしく次も出たいなぁとか言ってました。ただ、ここで一つ大きな問題に直面します。背が、伸びない。父も結構ちびなんですが、小6になり、周りの身長が伸びる中、僕の背だけは伸びることはなかったです。なので周りより頭一つ分小さかった僕は、小学校対校の高跳びの試合に出させてもらえず、結構悔しい思いをしました、ただ、小5の時の大会には人数制限もなく出られたのでそこでちょっと見返してやるかと思います。ここで秘密兵器、「バネの力」に出会います。皆がひもの靴やスパイクをはく中、僕だけ自信満々のテープタイプの変なところにゴムみたいなのが入った「バネの力」で挑みます。今思い返すとバカすぎる。でも、プラシーボってあるんですよね、そこで間違えて2番になってしまいます。この時は「バネの力使ったから申し訳ない」という今思うとあおりでしかない思考と、「この人たち僕より10センチくらい背高いのになんで跳べないんだろう」というガチのあおりが僕の高跳びライフを鮮やかにしました。今でもスパイクピンを長くしたり、アディダスの反発材がしっかり入った靴を使うのは少しでも背を高くした方が跳べるに決まっているという浅はかな思考が原因ですし、身長に関してはカイチサンみたいな感じで、僕より背高いのになんで跳べないの⁇というあおりがしたいというこれまたあさはかな動機で頑張れています。ちなみにその時跳んだのが1250㎜で、今は1750を✂跳びするので実に500mmほどキロクを伸ばしています。

✂跳びという圧倒的身長で決まる競技で自分より大きな子たちを倒せたのが嬉しかったので、もちろん中学校に入って陸上部に入るのですがそこでは高跳びの環境と指導者も何もなかったんですね。ただ、そこでラッキーだったのが中3の時に棒高跳びのマスターズ記録保持者が体育の先生で登場します。その先生がなんと小学校の時出場した大会の審判だったらしく、縁あって中3の時に長距離から高跳びという意味不明なコンバートを行うに至ります。当時は無事に第2次成長期に突入しており身長も168くらいありました。ただ、168もあったせいで、中学のベストは165と身長を下回っており、今の鵜木さんや土井ちゃんかなみんみたいに高跳び選手ではありませんでした。それでも、僕より大きな人たちをいっぱい倒せて、中3の2か月ほどで県で4番くらいに入れたので結構図に乗りました。いや、だいぶ図に乗りましたね。だってみんな170超えてたもん。普通に背伸びしてもワンチャン負けるくらいみんなデカいのにさして記録も変わらんし、普通に負けてたのでガチで気持ちよかった。ただ結局身長を超えることはできなかったので高校でもやりたいなぁという感じで僕が高跳びにハマり切っていない時期が終わりました。ちなみに中学校で初めての背面跳びの記録は155くらいでした。✂跳び同様500mm差をもうすぐ付けられそうなのでつけたいですね。高校時代のお話はたぶん過去ブログにていっぱい書いてると思うのでこんな感じで大学までのお話は終わらせていただきます

チャプター1フィールドパート内向的すぎる問題

さて、フィールドパートは今でこそ他パートとそれなりにかかわりがありますが、昔はかなりひどいものがありました。フィールドパート社会不適合時代ですね。特に僕らがB1の時はフィールドパートが実質的には九大陸上部内で独立しているような感じで、大きなコンパはフィの先輩の名前を見たことがなく、2年生は交歓会、追いコン、卒コン、教養コンパとあらゆるコンパにて名前がありませんでした。また、島原駅伝には「長距離が幅跳びの応援に来てるの見たことないから俺らもいかないよ」というとんでも発言まで放ってしまうほどでした。これは非常に由々しいなと南風ろうにて頭を抱えたフィールド1年男子+みひろはせめて僕らだけでも友好の輪を広げよう、と思いコンパなどにはほぼ義務感を感じながら参加をしていました。全てはフィールドパートを九大のみんなに応援してもらうため。パートの垣根以前にチームメイトとしてちゃんと認識してもらうために頑張りました。そしてせめて同期にはちゃんと存在を知ってもらおうということで同期飲みも開いてみたりしました。当時は皆友好的だったおかげで無事に開けた記憶があります。同期飲みの思い出は雨の中びっちゃんこでお店に来た古藤に間違えて「失恋とかしてきたん?」って聞いちゃったことと、短距離とかみんなの前で、「フィールドのみんな普段はシャイで静かだけどほんとはみんなと仲良くしたいんだよ」って言ってたらその真裏で山ちゃんが「いいよいいよ、全然いらない、家帰って水飲むからいいよ」と当時マイブームだったネットミームをかまし、合いの手のみひろがガハハハと手をたたきながら笑っており、あ、オワッタとなったことくらいですね。

まぁでもこうやって悪目立ちし続けたこともあり、無事に九大内ではそれなりに認知してもらえるようになったような気がします。実際、鹿児島で行われた春インでは、大雨にもかかわらず、割とマジでいろんな先輩が応援に来てくれてて、めちゃくちゃうれしかったです。まぁチコったけど。

これが今ある、7大関係なくパートの垣根を超えて応援しあえるような雰囲気を作りたいと思ったきっかけです。結局なんだかんだまだ他パートの人たちを7大戦以外で高のピットや砂場に召喚できているわけではないのでちょっと悔しいですが。でも岡田さんや梶西さんたちのようなMの先輩たちがインカレの時応援まで来てくれるようになったのはめちゃくちゃ嬉しいですね。ちなみに僕は陸上をすることや見ることより応援することの方が好きなタイプなのでけっこう皆の応援してます。そしてたまによく聞こえるせいで怒られることもあります。去年みーこに怒られて吃音症を発症したのが昨日のようです。

脇道もひどくなってきましたが、まぁ言いたいことはこうです。せっかく160人とかいるような部活なんだし、たった30人と関わるだけで終わる4年間はやめようやってことです。

だいたいフィールドの学年の流れは、騒がしくてめっちゃみんなと関わる→優秀だけどしずか→めちゃくちゃ優秀だけど変→くそ陰キャというサイクルです。この理論で行くと今年はなんと13人の陰キャをかかえている可能性がありますが、なんか同期仲は良さそうなので大丈夫でしょう。フィールド競技は応援されてなんぼの競技です。きっと30人の手拍子よりも100人の手拍子のほうが力も出るはずですから、これからも引き続きみんな仲良くで頑張りましょうね(^^)

チャプター2大沼ジンクス開始

 ここはつまりCSの時のお話になるわけですが、まぁそのあたりのことは過去にも話しているので、少し別の視点でこのCSを語ろうかなと思います。2年前の僕は本当に追い込まれていました。神様仏様と何でもいいから力を貸してくれって感じでした。そこで出てくるのが「大沼様」です。あっちゃんとやまちゃんから、どうやら大沼が撮影したらベストが出るらしいといううわさを聞きます。そこでなんとしてもキロクを出したかったヤギセイイチロウ(20)は、CSにて大沼にまじでスタンドぎりっぎりで動画をとってくれと懇願します。そして見事に動画をとってもらい、ジンクス通りベストが出るわけですが、この後心が揺れます。なぜか大沼が僕より泣くという事故が起きました。僕が大泣きするのはまぁいいです。なにしろ久しぶりの1900でしたから。ただなぜ大沼が泣くんだと驚きが隠せなかったです。「ほんとによかったね」とひとこと泣きながらもらっていろいろ気づかされました。「あぁ、やっぱり誰かに応援されるっていいな、居場所がある気がして幸せになる」って思いました。ちなみにこれが矢木が丸くなったと言われる、ダメ押しのきっかけです。僕が試合の中で居場所を見出していったように、皆の居場所をどこかに作ってあげる、支えて支えられてで成り立つ九大にしたいなって思ったように気がします。

大沼からしたらただのマネージャーの仕事に謎の因縁をつけられて迷惑だったのかもしれません。そこは結構申し訳ない。でも僕にとっては、大沼ジンクスは守るべきルールの一つになりました。このおかげでおそらく大沼が撮影するときはべストとは言わずとも絶対に入賞はしてきましたし、1段階僕のギアが上がるのは確かです。改めてこれまで何度も炎天下の中、ひとりスタンドの端の端まで撮影に来てくれてありがとう。今シーズンはいまだに大沼に撮影してもらってないのでまだ大沼ジンクスも弱まっていません。ラストシーズン、最初で最後の大沼撮影、ぜったい喜びの声が動画に残るような試合にするのでポカリとか冷風機もって長丁場覚悟しといてくださいな。

チャプター4魔王降臨、そして限界へ

のがさんから始まり、さとぼぉへ、そして和知さんへと引き継がれていったこのフィールドパートを、僕たちはどんな色にすればいいのか、もっというと僕はどんな役割でいなきゃならないのか。パート長の思いを汲み取り、僕が果たさなければならないと覚悟を決めた役割は、汚れ役になる、ことでした。

森君はパートの中心で皆に慕われるような人であってほしい、山ちゃんはみんなにとって存在しているだけでみんなが楽しくなるような人であってほしい。あっちゃんはその視野の広さで皆を支えてあげてほしい、みちぃさんはDUOちゃんを、右脳さんは川口さんをさみしくないようにちゃんとかかわってあげてほしい。みんながフィールドパートの光でいてほしかった。そのために僕は心を鬼にすることに決めました。発言に圧がかかるようできるだけ私生活と部活を区切って生活するようにしていました。皆とご飯に行くときっとその子に情が移って厳しくできないと思い、2年の冬季とは真反対に、部活終わりの夜は直帰していました。皆との写真がもっと欲しかったなと思うことは何度もありました。が、そのたびに「いいや、これでみんなのキロクが出る手伝いになるのなら本望だ」とさみしさを押し込んできました。部活の前はいつも10分くらい鏡の前で魔王の仮面をかぶるための用意(ゆるんだ顔ではなく、かくじつに圧が出る表情を視覚的に覚えさせる)がありました。もうこんな作業も終わりかと思うととてもうれしいです。

そして魔王の仮面の裏は日に日に不安定になっていき、ついに限界を迎えます。それが春インです。皆の結果が皆の期待を下回り、そして僕自身も何一つうまくいかず、これまで僕を安心させるために唱えていた言葉たちが全て崩れ落ちます。すべてが壊れて、もうどうしたらいいかわからなくて、毎日が重たかったです。夜も眠れなくなって、朝も起きれなくなりました。自暴自棄になって高跳びをあきらめていいくらいの体型になろうとすら思いました。部活もしばらく顔を出したくないとすら思いました。でも、そうはできなかった。その原因はたくさんありますが、もしもそうできないようにさせた要因のみを上げるとするなら、新しい1年生として入ってきた、水田あつひさでおなじみあっつーうんこまんの登場です。

初めて最高学年となり、フィールドパートのためにやっていたことを評価してもらいました。彼の陸上に対する探求心と、積み上げる力はすさまじく、今は亡き梁パートの資質を感じました。だから僕は部活に行けました。梁パートは強かったです。でも、やっぱり誰かに支えてもらえないと最後の最後で踏ん張りがきかないことを僕は同期男子や大沼に教えてもらいました。だから水田君にはそうなってほしくないという思いが強かったです。あまり先輩いきりはしたくないですが、似たような性格と陸上への探求心を持っている君にだけは伝えておきます。仲間を、部をないがしろにだけはしちゃいけない。今はライバルたちでも、縛りの多い組織のように感じても、かならずそれが助けになるから。僕みたいにたくさん陸上の勉強してる子はきっと他にもいる。だから誰かとかかわることは忘れないで。僕の限界だったメンタルをなんとか維持し続けられたのは君の「うわ、めっちゃわかったわ」という納得や常に流れてくる疑問をぶつけてくれたおかげです。僕がうまく応えられたときに「なんで、....って先輩の努力に失礼か」と言ってくれたのはすごくうれしかったです。

本人もきっと気づけないところで支えて、支えられてるのが森君たちが築き上げた今のフィールドパートのとってもいいところだと思います。今日から3日間は最高の支え愛で皆の最高のパフォーマンスをしちゃいましょうね。

高跳びに出会って、同期4人に出会って、大沼に泣かれて、健一さんが泣いて、レンタロウが引っ張って、旬ちゃんを連れまわして、あつひさに尊敬?されて、他にもたくさんのかけがえのない出会いがあってと、僕がひとりで頑張ったって決して出会えないものや気持ちをたくさん教えてくれた九大陸上部、および僕の陸上人生でした。まだまだ伝え足りないことはあるけど、僕の源泉にはいつもみんなの笑顔と、皆から後ろ指をさされる景色がありました。頼りないし、ダメダメな王様をいつも見ててくれてありがとう。

なんかきれいに締めくくれないけど、王の軌跡の振り返りはここまで残りの軌跡も最後まで見届けてね。

後編に続く⁉

おはようございます。パート長の森です。

 突然ですが、僕の家↔総合グラウンド間の所要時間の歴史を発表したいと思います。大1のころはノーマルチャリで18分かかっていたところ、大学の外を通る道を発見し15分まで短縮できることができました。しかし1年後に革命が起きます。電動チャリの登場です。ここで所要時間はなんと8分にまで縮まります。土曜の練習は8時15分に起きて9時22分に家を出るなんてことをしてたこともありましたね。よくないですね普通に。みんな朝ごはんはちゃんと食べましょう。

 こんなぎりぎり攻め大好き人間の私ですが、ここ数週間、特に平日は早めにグラウンドに行くようになりました。今までは家にできるだけ長くいようとしていたのに。どうしてでしょうか。ふと考えてみると、心の奥にある引退への寂しさ、このグラウンドから離れる寂しさが自分をそうさせてたのではと、ブログを書きながら思うのであります。引退、ですか。マリカ系YouTuberの「引退します」「完全引退」という言葉の信憑性が0に等しいように、僕もなんだかんだ陸上は続けちゃいそうな気がすでにしています。ただ一旦は一区切りということで、悔いなく陸上人生に終止符を打てるよう意気込んでいる次第です。

 いよいよ七大戦。今年は平和台&博多の森での開催です。私は鵜木さんと同じく福岡県の人間なので、中学、高校どちらも最後の試合は博多の森でした。大学の締めも博多の森でできることには少し運命的なものを感じます。

 中学最後の県大会はハードルと三段でしたね。三段はPBでしたが、本職(当時)のハードルはスタート前に知らない玄洋中の人に話しかけられ、変に緊張が緩んだせいかスタート1台目までの歩数が合わずオワリました。

 高校最後の県大会はまだ記憶に新しいですね。北部九州大会出場を目指しましたが9位で届きませんでした。顧問が「上に行かせてやれなかったのは俺の責任だ。本当に悔しい」と最後の集合で言っていたのが印象的でした。僕はみんなの前で悲しむ流石を見せるのは恥ずいなとか(一応PBで終えられたし)とか思ってわりと平然に振る舞ってたのですが、顧問の言葉を聞き流石にどうしようもない悔しさがこみ上げてきたのを覚えています。

 そんな未練のようなものもあり、大学でも4年間陸上を続けてきました。

 特にこの一年は今年の七大戦でいい結果を残すことを第一目標として練習を続けてきました。昨秋の新人戦では追い参ながら初めて14m台のジャンプを跳ぶことができ、いい感じでシーズンを終えました。移行はいったんリフレッシュ。冬季では骨盤とか腹圧の使い方など、基本の走り方歩き方から意識しようと心がけていました。がにまたは治りませんでしたが。あとは片山を見習って普段からバカスカ跳ぼうと思い、その結果跳躍の安定感も去年の冬季より増した気がします。そんな感じで冬季を過ごし、いい滑り出しをする予定だった初戦の学連競技会ですか、なぜかインフル明けで出ることになり、軽く怪我もしてしまい思ったようなシーズンインとはなりませんでした。ここまでの調子としては、ぼちぼち、悪くはない、といったところでしょうか。春インでは向かい風でセカンドベスト、夏インではPBタイと、昨年よりは力がついたとは感じています。ただ公認14mに届きそうで届かないといった現状。こんな感じで最近の記録は少し停滞気味ですが、七大戦は対校戦です。勝てばいいんです。しっかりと記録を残し、相手に負けない、という意識でいけば必ず勝てるはず。やることはやりました。試合を楽しみ、かつ冷静に、勝ちにいきます。

 こんな感じで1年を過ごしてきましたが、この1年は自分の競技もですが、フィールドパートに関しての思い出が大部分を占めています。

 僕がパート長になろうと思った理由。それは

フィールド、フィールドの人が大好きだったから。そんな大好きなパートを様々な面でよりよく(抽象的ですが)、したいという思いからです。僕は自分の性格的に、ガツ!ガツガツ!ガツガツ!と引っ張るというよりは、パート全体を上手く回す役割を果たすことを目指し、出来る限りのことをしていこうと心に決めていました。そして迎えた新体制ですが、正直パート長として本当に至らない部分が多かったなと。…すみません。特に冬季は色々と迷惑をかけました。パート長仕事してともよく言われました。(ノートの叱咤激励コメントも無視してすんません)その通りです。

 僕は優秀な同期に甘え過ぎていたのでしょう。技術面や締まりの面では矢木くんが大いに引っ張ってくれた。みつまさあつまさは普段の部活に楽しい雰囲気をくれる。鵜木さん三井さんは女子勢をまとめたりちゃんとメニューを確認して進行しやすいよう気づかってくれる。みんながいるから、どうにかいい方向に進んでいくと思ってしまっていました。ほんとに何もできず申し訳無い気持ちが強いです。

 ただシーズンに入り、1年生も入部したりするとパートにも活気が復活してきて、私もあと何ヶ月かもう出来る限りやるしかないと気持ちを切り替えました。そして現在に至り、パートの元気、競技への熱意をムンムンに感じる状態で七大戦を迎えることができ、本当に嬉しく思っています。そして何よりもよかったと感じていること。それは、メンバーが誰1人欠けなかったこと。

大好きなフィールドのメンバー全員で最後の夏を迎えられたこと。

こんなに頼りないパート長の元でも、部活に集まってくれたこと。本当に感謝しかないです。

 意図したわけではないですがたまたま読み返したのがさん(まえのまえのまえのP長、僕よりも黒い)の最後のブログと内容が被っていることに気づきました。やはりこう、最後に伝えたくなるのは感謝の言葉なんですね。メンバーに感謝を伝えたくなるようなパート。そしてそれがパートの伝統として少なくとも3年続いていることは、パート長として喜ばしい限りです。

 そんなパートのメンバーに1人ずつメッセージを書いたので、読んでくれると嬉しいです。

水田くん

 かなり早い時期から部活の体験に来てくれましたね。最初は物静かな感じだと思っていたけど、

陸上への熱い熱意(二重)を持った、礼儀正しいしっかりした子だと思うようになりました。あとスマホ選びのsenseはずば抜けたものを持っていると思っているよ。

ふうまくん

 ふうまくんも早くから体験に来てくれましたね。怪我をしないよう動き作りを毎回しっかりしていて、自分の身体としっかり向き合うことができているなと思っています。万全の状態で幅を跳んでいるふうまくんを早く見てみたいですね。持久力もつくといいね!

佐藤くん

 初めの頃におすすめのランシューを教えると、本当にそれを買ってくれたことに驚き、少し嬉しかったです笑。最近はブログが話題になっていますね。まあフィールドはそういう自分をさらけ出せる場だと思うから、どんどん自分の個性を輝かせていってくれ。競技のほうも天性のバネを生かして、いちか14mとかその先まで跳べるよう応援しているよ。

八尋くん

 八尋くんの第一印象は、「跳び方めちゃかっこいい」子でした。そしてかっこいいということはつまり上手いわけで、幅組の多くの人が空中のタメを参考にしてると思います。跳躍練のとき他の1年生に、進んで技術の教え合いをしていたのも印象に残っています。1年生から七大戦に出る経験はきっと貴重な財産になると思います。頑張ろうや。

今井さん

 1年生の中でも特に元気な子だなと思っています。これからもフィールドに賑やかさを与えていってほしいです。あと足が速すぎですね。その走力で専門外の種目でも無双してほしいななんて少し思ったりもしています。

德丸

 投擲の素質も投擲パートの素質も兼ね備えた人だなと思っています。肘万全に直してPB目指そうや。七大戦も楽しみにしてるよ。

川久保

 人生で初めて体重計が3桁を刻む瞬間を生で見せてくれたのが川久保でした(@夏イン)。上でSDやハードルジャンプを本気でやってる姿にはいつも元気を貰っていました。

しょうじろう

 夏インの動画撮影ありがとうね😉翔太朗くんは何回か会ったとこあったし3月から練習に来てたせいでもう1.5年生みたいな気がします。1年生の中でもみんなとコミュニケーションを取りながら楽しく過ごしているように見えます。今後も兄の力を存分に借りながら成長していってほしいです。

かなみん

 女子が少ないフィールドパートですが、先輩や同期とよく話したり遊んでいる姿を見て安心しています。人にアドバイスを求めにいく姿勢も素晴らしいなと思っていました。マルチに活躍する選手になって、七大戦とかで点を取りまくってほしいですね。

りくとくん

 三段組ということもあり、部活中にもたくさん話せて嬉しかったです。りくとくんは優しく穏やかな雰囲気をフィールドに与えてくれてるなといつも感じています。高校でしっかり技術を教わっているからこそ、どこかが強くなれば爆発的に記録が伸びるはずです。応援しているよ。生活リズムには気をつけるんだよ。

かいりくん

 高跳びは同期が少なく大丈夫かなーと思うときもありましたが、練習前や終わりの様子を見ていると楽しそうで安心です。今後も先輩たちに教わりながらどんどんと成長していってほしいです。

柏原くん

 柏原くんは初期の体験から追込み過ぎて顔面蒼白になったりと、やり過ぎによる怪我が心配でしたが、現在まで元気に走れてるようでよかったです。まあ今後も無理はしないでね。5月の打上げのときは、九大から大濠公園までチャリで来ててわぉ面白い子だなと思いました。跳躍練のときはいい軽さだなぁーと思いながらいつも見ています。調べたり人を頼ったりして、技術を磨いていって下さいね。無理せず!

湯尾くん

 リュックについている「九大学研都市↔東唐津」の定期をみるたびに、家が遠いにも関わらずフィールドパートに入部してくれてありがとう、と常々感じています。トライアルの跳躍には驚かされました。特に幅跳び組は大所帯ですが、切磋琢磨しながらお互い刺激を与えつつ、成長していってほしいです。

まおちゃん

 まおちゃんはしっかり関西人だな元気だなあと初めから思っていました。専門が同じということもあり、よく三段の話もしましたね。「この意識いいかもしれん」みたいな軽いところから、「私もこんなとこ意識してます」みたいな会話ができる跳躍練は楽しく、とてもためになりました。たぶん僕のほうがまおちゃんの動きを参考にしてたと思うよ。最近は三段から少し離れてますが、また復帰してまおちゃんの跳躍をみるのが楽しみです。

おうすけ

 先月初めてちゃんと話した(と言われた)央介ですが、僕は一方的に君の情報を勝手に拾っていましたね。かなり初期からウエイトを先輩たちとやったり、ある学生トップハンマー選手への発言など、すぐフィールドになじんでいた覚えがあります。フィールドを好記録でいつも盛り上げてくれました。今後は投擲パートを引っ張りつつ、いい意味での「朱」になってくださいね。

大畑くん

 中距離からの転向ということで、どのくらいフィールドを続けてくれるかなあと思っていました。幅跳び、マイル、十種などありえないくらいいろんな種目に取り組む一方、専門の円盤では30mを越えたりと、しっかり成長しているところが本当に真似できないくらい凄いと思っています。先月、大雨の中一人円盤を投げる大畑くんを見つけ、教えを乞うた時には、投擲始めて一年目とは思えないほどちゃんと指導してくれ、その成長度合いに勝手に感動してしまいました。大畑くんは跳んだり投げたりすること自体、いうなれば陸上の原点みたいなものを楽しんでいるように見えます。これからも自分のやりたい競技をやって、存分に陸上を楽しんでいってほしいと思います。

片山

 期待の新人が入ってきたと思いきや約一か月後には出現頻度が落ち、やめてしまうのではと心配した時期もありますが、なんだかんだ今まで続けてくれていて素直に嬉しいです。2年のなかでは一番個人的にも遊びましたね。高校時代に同期が少なかったらしく、そのおかげで先輩とのコミュニケーションに慣れたと言っていましたが、もち前のその力を発揮して部活に来た日は先輩や同期たちとよく話していましたね。個人的にはマリパのバッティングゲームを朝の3時までやった(やらされた)ことが印象に残ってます。浜練も楽しかったし、あれは普通にいい練習だから三段のみんなにもおすすめしたいね。ゲームや料理の上手さからも感じますが、陸上においても抜群のセンスで動きをすぐに改善し、記録を伸ばしていく様子はとてもうらやましかったです。自分のペースで続けてくださいね。

ゾエくん

 ゾエくんは入部したときから、自分の跳躍をよく理解してる人だなと思っていたゾエ。当時のPBは12m台でしたが、上手いしどんどん記録は伸びるだろうなと期待していたゾエ。去年は怪我も続き苦しかったと思いますが、最近はとてもいい調子のようで僕もとても嬉しいゾエ。練習のときはよくどういう意識してるとか調子がどうとか、たくさん陸上の話ができ楽しかったし、ゾエくんの跳躍を見て自分の勉強にもなったゾエ。新たな後輩達ともよく話しているようで、今後もフィールドパートとして、三段パートとしての活躍を楽しみにしてるゾエ。たまにヤマダデンキに遊びいくのでそのときは話そうゾエね。七大もやってやろう!ゾエ。

坂元

 入部当時よく話しかけてくれたとブログに書いてくれていましたが、よく覚えていません。自然と話しかけていたのでしょう。坂元の裏表のない陽気さが自然と話しかけやすい雰囲気を僕に与えていたのでしょう。キャンパス移動で毎回は来れない日が続いていますが、来てくれた日にはパート内に明るい雰囲気がある気がします。昨年の新人戦での引退宣言→撤回という激アツ展開を見せてくれたときは皆が喜んでいましたしね。2m跳ぶまで頑張って続けてくれ!なんて僕の口から無責任なことは言えませんが、ずっと応援してるよ。

旬くん

 旬くんは後輩の中でも特に、周りを見れている人だと感じています。体育総務や勉強、時には怪我など、中々思う存分動けない日も多いと思いますが、それでも陸上へ対する熱いものを感じます。来年、再来年とどんどんと成長していく姿を楽しみにしています。またバーキンいこうね。

颯くん

 去年は色々と大変そうでしたが、最近は余裕が出てきたようで安心しています。夜飯の帰りは一緒に帰ることもありましたね。颯くんの話はとんでもないものが多かった(特定の話題)ので非常に興味深かったです。あと何気に筑豊出身はレアなのでとても親近感を感じていましたよ。これからも颯くんの素直さ、明るさで、フィールドを盛り上げていってくださいね。応援しちょうけんね。

大月くん

 特に最近は結構練習を任せてしまいましたが、次期パート長としての自覚を持って、去年からパート運営に進んで関わってくれましたね。本当に助かったし、ありがとう。大月くんは自分の考えをしっかり持ち、そして試合の場で気合いが入ったときの熱意は誰にも負けないと思います。持ち前のリーダーシップでパートを引っ張っていけるば、きっと皆もついてくると思います。最近、これから思ってる5倍くらい頑張らないといけないと言ってたのを耳にしましたが、どんどん周りを頼っていいと思います。特にしんどい、きついなってときは。そして、目指すパート像を実現していってくださいね。応援しています。

木下くん

 後期入部ながらすぐにフィールドに打ち解け、先輩や同期とも仲良くなり、今や後期入部ということはのがさんが後期入部だったことくらいみんな気づいてないと思います。成績がよかったり、部屋が綺麗だったり、集合にはいつも早めに来ていることなどから、特に後輩の中でもやることはきっちりやる、しっかり者だと思っていますよ。跳躍練の終わりにはよく120を誘ってくれましたね。とにかく走る系の脳筋練習が好きな面も木下くんにはあるのかなとも思ってます。勉強落ち着いたら走りまくってフィールドのスピード枠大月くんに挑戦していってほしいですね。僕も負けないよう走ります。100mでるよ。あと王将の割引券をまだ預かってるので今度忘れずに返します。

土井ちゃん

 まさかの同じ研究室に来たときはびっくりしました。ただそのおかげで、後輩の前ではちゃんとしなきゃなという気持ちが生まれ、授業や研究に対するモチベが上がりました。最初だけ。研究室ではよく、土井ちゃんは人付き合いが上手と言われていますが、部活でもそれを感じます。女子勢が少ない中、ここまで部活に取り組めているのは普通にすごいと思っています。スランプ(共立風にいえば、ブランク)も何度も乗り越えてきましたしね。これから最上級生、女子に限れば1人の最上級生になりますが、男女関係なく、全員といい関係を築いていけると思っています。応援しています。

浅野くん

 去年ちゅちちさんが「後輩力が高い」とブログに書いてましたが本当にそうで、とても話しやすい後輩でした。部活では先輩同期後輩と、どんな人とも上手くコミュニケーションを取れる能力がすごいなといつも思っています。部活のことからプライベートのことまでたくさん話をしましたね。僕がボケてもいいリアクションをくれるのが嬉しかったです。副将の仕事や勉強など忙しくなるとは思いますが、同じ種目の先輩として、どうにか競技面でも大きな成長を遂げてほしいと思います。七大はやってやろうな。

吉田くん

 おおでかい、背高い、跳躍も高い。すごい。もしまた走りたいな、跳びたいなと思うことがあれば、気軽にグラウンドに戻ってきてくださいね。僕は引退しちゃいますが、後輩たちはわりとかなり結構心待ちにしていますよ。特に片山は立ち五16mを先に越えられたと悔しがっていました。まあまずは就活等がんばりつつ大学生活を楽しんでおくれね。

桂くん

 入部したときから沢山話しかけたり練習誘ってくれてありがとう。また桂くんの走る姿を楽しみにしてるよ。

上村くん

 マリカガチ勢だという話を聞いたので色々話したかったです。いつか機会があればぜひ。

 そして最後は4年生ですね。1人ずつ書いて行く感じが恥ずかしくなってしまったので、読みにくいですがこんな感じで書いちゃいます///。みなさんご存じの通り鵜木さんは高1からの友です。高校のときから走りすぎ、筋トレしすぎだなと思っていて、試合前でも受験期でもいつも動いていましたね。大学に入り、自由の身を手にした鵜木さんは、予想通り練習、ウエイトをするようになりました。僕はそれをわーすご、やりすぎやとか引き気味に感じていました。しかし本音をいえば、自分には到底できない凄いことをしているという、尊敬の気持ちだったのだと思います。高校時代、県大会の順位がいつも同じだったことを覚えてるでしょうか。ただ最後はお互い違う、悔しい順位で終わってしまいましたね。今回は満足のいく、違う順位で(別に同じでもいいから)リベンジしようや。

 三井さんはブログで書いてましたが、審判で初めて話しましたね懐かしい。あんな待たせていたとは全く気づませんでした。オタク精神を発動してすみませんね。三井さんは多忙で、定期的に結構悩んだり、苦しい時期が訪れていたと思います。僕も悩みを抱え込んじゃうタイプなので、自分なりに上手く言葉をかけたいと思いつつも中々それができず申しないと思っています。ただそれを乗り越えて来た三井さんの強さは、今は無敵だと思っています。あとは、自分は強いんだと信じ、もう楽しんで、スピード上げて踏み切ろう。

そんな三井さんより先に、まともに話したのはたぶんみつまさですね。そう香香で。しばらくは普通に元気な陽キャだなくらいのイメージでしたが、途中から病んだりやる気出したり病んだり、色々な面を見せてくれたまに心配しつつも、みんなで状態の変化を楽しんでいました。みつまさとの思い出で強いのは、流石に紹介の件でしょう。あれがもう1年以上前なのか。でも今でも鮮明に思い出せます。今年の誕生日にメッセージ来てたときは激アツやと思ったんやけどなあ。詳しいことが気になる後輩は僕に聞いてください。トップバッターということでなにか言いたいところですが、たぶん気楽にぶん投げたほうが飛ばせるやろ!ということで、まあ僕らにできることは応援&コールで会場を沸かせることですね。投擲パート長の意地を見せてくれ。楽しみにしてるよ。

 みつまさの次はあつまさに話しかけられました(適当)。入部してすぐ病み期に入っていたので初期はあまり話さなかったかな。ただ実は僕も同時期に病んでたので七大戦のホテルの部屋で励まし合いたいなとか考えていました。ものすごく気を遣った仲ですね。あつまさは趣味の守備範囲が広いので僕のハマっているものや趣味に関してもなんでも拾ってくれ非常にありがたかったです。部活の運営に関しても色々やってくれ、助かりすぎました。個人的に尊敬する点は、人にちゃんと意見を言える点ですね。神経をすり減らしてでも意見することが自分にはできないので、あなたはすごいといつも思っているよ。最後はやりぶっとばして有終の美を飾ろうや。「とりでをこわせ!2」のカタパルトの軌道を思い出せば大丈夫。

 僕らの中心にいたのは紛れもなく矢木くんだと思います。同期内では、マラソン走ったり(僕は走っていない)富士山登ったり、その他普段の練習や飲み会などもろもろ、矢木くんなしではアリエナかった経験をおかげたくさんしてきた思います。今の代になってからは自分がパート長としてあまりにも頼りなく、本当にメニュー立てから何まで色々任せすぎてしまいました。申し訳なく感じていますが、そんな今申し訳なさを貰ってもテンション上がりませんからね。感謝を伝えるよ。本当にありがとう。個人的な思い出ですが、いつかの練習終わりに湯どころの寝風呂?でまったり陸上について話をしたのを覚えています。そのとき今年の七大戦の目標だったり何点とれそうみたいなことを話した気がします。たぶん笑。ついにそのときがやってきたと思うと感慨深い、けどしみじみするのはまた終わってからにしよう。主将として、最上級生として、色々な立場があるが、まあ4年間一緒にいた同期としては「ヤギセイイチロウ」としての渾身の跳躍を見たいね。手拍子はまかせて。

おっと時間だ。もう試合が始まってしまう。ここらで最後のブログは終わりにしようと思います。

最後になりましたが、今まで僕の陸上人生に関わってくれた皆さん。ありがとうございました。最後はどうか、見守っていてください。

そしてフィールドのみんな、本当にありがとう。

この大会は、我らがフィールドパート、全員が主役です。

準備はいいでしょうか。

さあ全員で、跳ぼう。飛ばそう。

とびまわろう!!!!!!!!

高木くんからバトンを受け取り、いよいよこのブログを書く時が来てしまいました。

2026/7/22、最後の部活が終わりました。自転車で競技場の裏の駐輪場に入る時、サングラスの下の目はうるうるでした。高校の部活引退とは違って、これからはもう部活というものをすることが無いのかと思うととてもさみしくなりました。昨日の夜研究室に残ってこのブログを書いていた時も涙が出てきて帰宅しました。優羽ちゃんのブログは私へのコメントパートが来る前の高木くんへのコメントパートで涙が溢れました。涙もろいのは年のせいでしょうか。フィールド女子はよく私に寿命が短いといういじりをしてきます。誕生日が早くて余命が短いだけで、寿命は短くないですからね笑。なんだかんだ私はそのいじりが好きでした。


高木くんは前の4年生2人の内容を基に自身はオリジナリティ溢れるブログを書いてくれてい

ましたが私はオーソドックスな感じです。ご了承ください。

毎年4年生は今までの陸上遍歴を書いている傾向があるので、私も倣ってみます。


中学校時代

陸上部、ではなく調理部に入部しました。本当は陸上をしたかったのですが陸上部がもともと無く、何か運動部に入りたいと考えていましたが、私は中学受験してJRと路面電車で片道1時間半かけて通学しており、親が心配して父からは部活は何も入ってはだめと言われ母からは調理部なら入ってもいいと言われ、必死に抵抗しましたが叶わず調理部に入部しました。ちなみに私は2歳の時にヤマハを始めていましたが、4歳の時に幼稚園に入って環境が変わるからという理由で1年間ヤマハをお休みさせられていました。大切に育てられすぎてます。調理部は正直本当に楽しくありませんでした。嫌すぎて教室の中でキャッチボールしてました。黒板の上に飾られていた校訓が入った額縁を割らないか、スリル満点でした。入学してしばらくして、秋くらいに慣れてきたからということで硬式テニス部に入る許可が出ました。部員のほとんどがテニススクールに通っていて、私はぎりぎり団体戦のメンバーに入れるレベルで、試合は引退試合で1回だけ勝てたくらいでした。


高校時代

1年生

ようやく陸上部に入部しました。走り幅跳びをやりたいと思っていましたが、顧問の先生に秋までは100mと200mをしようと言われ、短距離の練習をしていました。夏に体操服で出た最初の記録会は100mが14.67、200mが32.67でした。1カ月後の地区新人ではユニフォームを手に入れ100mが14.09、200mが30.01まで縮みました。その後初めて出た走幅跳は4m02でした。1年生最後の試合は4m26でした。


2年生

厳しい冬季練を乗り越え、初戦は100m13.89で初の13秒台に突入し、とても嬉しかったです。冬季練のおかげで200mも28.88まで縮みました。幅は地区新人で4m56(追参)で4継とともに初の県大会への切符を手に入れました。県新人では計測ラインが4m50で2本目まで記録なしでしたが3本目で4m51を跳びなんとか記録が残りました。最後は100m13.78、幅4m57のベストで締めくくりました。科学研究部にも入りました。私の高校は2年生からAS(Advanced Science)コース1クラスと、GS(General Science)コース4クラスに分かれ、私はASコースに入れたので必然的に科学研究部に入部しました。夜遅くまで学校に残って実験したり、英語でポスター発表したり、大変だったけどいい経験でした。


3年生

シーズン初戦前日、靭帯損傷をやらかし、松葉杖生活になりました。きつい冬季練を乗り越え、いざラストシーズンと思っていたのでしんどかったです。これ以上ひどくならないようにと平日は毎日家と学校の間の40kmの道のりを2往復して送り迎えしてくれた母には大感謝です。病院の先生に地区総体を選ぶか今後の選手人生を選ぶかと言われ、その時の私は地区総体にしか目が無く、なんとかして間に合わせましたが、記録は残りませんでした。ですが引退試合では雨の中3本目に当時のPBである4m63を跳んで引退しました。大した記録じゃないけど、当時の私はとてもうれしくて清々しい気持ちで引退しました。


大学時代

1年生

迷わず陸上部に入部しました。豊富な知識を持つ先輩方が沢山いて、毎回の部活がとても勉強になりました。幅のトライアルに勝ち、七大戦では4m88で大幅ベスト更新でした。CSでは悔しい思いをして練習日誌を書き始め、新人戦では4m92とまたPB更新しました。


2年生

広島県選で今のPBである4m95を跳びました。七大戦では4m91で1年生の時と同様5位で点をとれず悔しい思いをしました。4m80~90台をさまよってなかなか5mを跳べずにいました。正直今の私からすると4m90台で悔しがれていたこの頃の自分がうらやましいです。

冬季練真っ只中の1月末、右腓骨の疲労骨折になりました。2か月間走れませんでした。2年の後期からコース配属され、農学部で最も忙しいと言われ部活をしていると言うと驚かれるようなコースに入り、だいぶ無理していたのかもしれません。


3年生

なかなか体力や技術が戻らず、非常に苦しかったです。七大戦では4m78で決勝にも残れませんでした。最後の新人戦でなんとか4m87を跳んで、来年へのモチベをつなぎました。

3年生にもなると、「部活いつまでするの?」といろんな人に耳にタコができるほど聞かれました。1~2年生の頃は院生になっても続けたいと考えていましたが、あまりにもいつまでやるのか聞かれるし、実地(企業)見学を通して研究開発職に就くためには研究が非常に重要ということが分かり、今と同じ熱量で部活を続けるのは難しいと考え、4年の七大でけじめをつけることを決めました。私はまだ就活をしていないので人事担当者の方に見られたら笑われるかもしれませんが、私の夢は小5の時からずっと食品開発者になることで、自分が開発に携わった食品をお店で手に取る人を目にするのが目標です。もし私の夢が叶ったら、ぜひ購入して感想を教えてくださいね。待ってます。


4年生

研究室が始まり、平日9-17時コアタイム、運悪く部活のある月曜と水曜はゼミでもっと遅くなり、平日の部活に間に合わなくなりました。それでも練習は継続できていますが、今シーズンはなかなか納得いく試合ができていません。先日の広島県選では対抗枠争いがかかっていて不安に押しつぶされ、いつもの動きが全然できず、散々な結果でした。今年はOPもなく、もし幅も4継も出れなかったら砲丸投に出よう、と思っていましたが、ありがたいことに4年連続で走幅跳に対抗選手として出させていただき、加えて4継にも出られることになりました。県選の前にさとぼぉ先輩から電話があって、4年生全員で出たいね、と話していたので最後に6人揃って出られて本当に良かったです。ヒヤヒヤさせてすみませんでした。


ここで七大戦の運営について少しだけ。1年以上前の2025年3月から七大戦実行委員会は動き始めました。夜21時半からのミーティングは計24回に及びました。ただでさえ福岡での開催は7年ぶりなのに、博多の森の芝生養生や、暑熱対策の厳格化など例年とは異なる事情が多く、いろんな人がいろんな思いをして大変でした。大会運営といっても私は学連の人ほどたくさんの業務をこなしたわけではないですが、運営に携わっていく中で1つの大会が多くの方々のおかげで成り立っていて、たくさんの労力がつぎ込まれていることを改めて実感しました。競技役員一覧表を作るだけで気づいたら何日も溶けていたり、イレギュラーな状況から起こる大量の質問に常日頃追われたり、なんで最後の年に重なってしまったんだろうとか何回も思いましたが、協力してくださる方々に感謝し、大会が無事成功することを願っています。


今までの陸上人生の集大成、引退試合となる七大戦の意気込みは、5m跳んで決勝に残って5本跳んで笑顔で引退することです。


幅跳びどれくらい跳ぶの?って聞かれたとき、私は5mくらい~なんてことは言いません。5mの壁の高さを知っているからです。高校の頃は5mなんて程遠い世界でしたが、大学に入ってからは5mが届きそうで届かなくて苦しめられました。でもどれだけ試合の結果が悪かったり、練習がしんどくても、この5mという長さが私に最後まで陸上を続けさせてくれたことは間違いありません。最後まで追いかけてみようと思います。


4継は3走ということで、九大の陣地の前を走れます。しかも9レーンなので陣地の一番近くで走れます。メンバー決めるだけでも正直いろいろあって大変だったけど、九大女子の代表として、責任もってバトン繋いで全力で走ります。

後輩のみなさんがメッセージを書いてくれたので私からもお返しです。


まずは1年生の皆さん

大人数だけど、男女仲良さそうでいいですね。これからも2,3年生の先輩や同期からたくさんのことを吸収して、お互いに高め合っていってください!


続いて2年生

おうすけくん

先日の静岡県選のPB更新&優勝は圧巻でした。いつも練習日誌を見ていて振り返りがとても細かくて丁寧で遠くに投げるための知識をたくさん持っていて、種目は違うけどすごいなあと思っていました。おうすけくんはきっと影響力がある人だと思うので、フィールドパートの「朱」ではなく「主」としてみんなをそのでかい背中で引っ張ってね。七大戦では3種目出場ということで、今年は平和台、博多の森補助、博多の森と3か所でビッグスローが披露できるね!現?次期?投擲P長ファイト!


ぞえくん

1年生の頃は怪我が多くて心配でしたが、めげずに練習を続けて今年はPBをどんどん更新していい調子ですね!七大では森くんのラスト(?)ジャンプを目に焼き付けて、後半シーズンもいい波のって、来年は対抗枠掴み取ろう!


片山くん

最後の部活来てくれてうれしかったよ。部活に来るたびに久しぶり!と思ってました笑。欠かさず練習に参加していても記録が伸び悩んだ私からすると記録を大幅更新していく片山くんの姿は羨ましいと思うこともあれば恨めしいと思うことも正直ありました。学連競技会の時はテントの中で九大2人で頼もしいと思っていたら足合わせで怪我して消えてしまうし、、笑。最後までよく分からない存在だったけど、話を聴いているとすごく三段のことが好きなんだろうなって思うのでぜひこれからもがんばって!


まおちゃん

まおちゃんが入ってきてくれた頃、ちょうど私は怪我明けでやっと走れるようになった頃で、自分よりも強い子が来たことを受け止めきれなくて、最初はちょっと遠い存在になってしまってました。だけど一緒に練習したり、遊びに行ったりして今では何でも(!?)話せる仲になったね!特にまおちゃんの恋愛事情に変動があった時に誰よりも先に私に相談してくれてたのは謎だったけどうれしかったよ笑。まおちゃん1走→私2走のバトンパスは百発百中でうまくいって超相性が良かったね笑。跳躍練の時は長年培ってきた技術力を基に、私に何度も的確なアドバイスをくれて本当にありがとう!幅は今年こそ2人で決勝残ってQマーク作ろう!4継今回はバトン繋げないけど、まおちゃんが1走から繋いでくれるバトン、最後まで繋ぎきるね!


大畑くん

私はテスト前日の夜から勉強し始めるような人なので、前方の席で真面目に授業を聴いているという噂のある大畑くんの方が何倍も優秀だと思います笑。同じ農学部ということで、後期からコース配属だと思いますがどのコースに行っても大畑くんならうまくやれると思います。あと面白そうって言われたのは初めてなのでうれしいです笑。私は跳ぶのが大好きかって言われたらそこまで好きではないので、大畑くんの投げるのが好きっていう気持ちはとてもすてきだなと思います。金曜は投擲審判の予定なので、間近で見れるのを楽しみにしています!


はやてくん

いつも練習日誌の高エネルギーな文章に胃もたれしています。砲丸投への熱量がすごくあるんだなって感じます。七大戦では10m超えの投げいっちょうばい!


坂元くん

去年の新人で坂元くんが競技続行宣言をしたときはとても嬉しかったです。一つ弁解しておきたいのが、いろんな条件が重なって私が坂元くんのこと好きなんじゃないか説が出回ってたらしい(私は最近知った)んですけど大嘘です笑。フィールドのみなさん私を勝手に乙女に仕立て上げるのはやめてくださいね。大橋に行ってからも、忙しい日々の中で高い志をもって夜暗い中練習していてえらいです。いつもは1人とか少人数で練習してるかもだけど、本番はフィールドパートのみんながついてるから2000mm超えれる!


旬くん

去年までは幅メイン組が旬くんと大月くんと私だけでしたね。有益なアドバイスとか何もできず申し訳なかったです。練習日誌を見る感じ、いろいろなことを考えながら練習に取り組んでいる気持ちと同時に強烈な食欲も伝わってきます。食べたいものを食べることはとても幸せなことです、が、せっかくの練習への熱意を記録につなげるためにももうちょっと爆食の頻度を減らしてみてはどうでしょうか?私からできるアドバイスはそれだけです笑。でも楽しく練習できていることが一番なのでこれからも頑張ってね!


3年生

あさのくん

大分旅行の海叫び事変、忘れてたのにあさのくんのせいで思い出したじゃないか。日付が変わる前に海に想いを叫べば叶うと言われて叫んだけど叶わなかったよどうしてくれるんだ笑。あさのくんと言えば京都でのショットガンを見れなかったのが結構心残りです。ダル絡みに関しては、大月くんのがひどすぎてあさのくんから仕掛けられた記憶がありません笑。最近ずっと忙しそうですが、今シーズン最初の方のNM嵐が過ぎ去った後はPB更新したりアベレージがあがってきてて凄いです。体調管理も万全にして、掴み取った対抗枠、自信もって臨もう!


大月くん

酒が入った大月くんほどめんどくさいものはありません。飲み会の翌朝起きたら大月くんがダル絡みしてきたときの顔が浮かんできた朝は最悪でした笑。というのは冗談ではなく事実で、私がいなくなって他のターゲットが見つからないことを祈っています。跳躍練のとき動画撮りましょうか~?って言ってくれたのがうれしかったよ。今年は幅は男女同時ということで、お互い頑張ろうね!


吉田くん

編入と就活が重なり大変だと思います。フィールドパートのみんなはいつでも温かく迎え入れてくれると思うので、また跳びたくなったらぜひ戻ってきてね!


木下くん

たくまちくん、秘密の共有相手って言葉自体がおかしいからね。秘密は共有したら秘密じゃなくなるんだよ。今は陸上モチベが低いかもだけど、今回の七大戦が何か1つ木村くんの陸上人生にきっかけをもたらしてくれるといいね。4年生がいなくなっても、たくみちくんの周りには頼もしい同期とかわいい後輩たちがついてます。あと私もパスタ食べたいです。クリーム系好きです。バジルも好きです。麺は平べったいのが好きです。トマトは苦手です。お願いします。


悠羽ちゃん

ご褒美(!?)の整地、そろそろ本腰入れますね笑。タラちゃんとイクラちゃんの関係というとすごく近く感じるね。兄弟のいない私にとってはかわいいかわいい妹のような存在でした。血がつながっているからなのか、悠羽ちゃんは私にとってすごく特別で大切な後輩です。今回の七大戦のトライアルでは悠羽ちゃんと私が同じような状況になって、悠羽ちゃんはトライアルで151を跳んで自力で対抗枠を掴み取って、よかったねと話したあの日、悠羽ちゃんは151は跳べないといけない記録だったから、というようなことを言っていて強くなったな~と感じました。もう悔し涙なんか流す悠羽ちゃんじゃないね!自分を信じて今までやってきたこと全部出しきろう!!


最後に4年生

山﨑くん

山﨑くんが部活にいるとなんだかほっとして、安心できます。就活で最後の砦がだめだったみたいな話を聞きましたが大丈夫なんでしょうか??テストは山﨑くんがいつもやってるように何回も受けれるけど、最後の七大戦は一回きりだからね。ミニアヒレス読んでると技術的なこととかいつも詳しく振り返ってて、密かに尊敬していました。4年生はみんな種目違って、ライバル意識とか考えたことなかったので最後にみんなお互い高め合えたらすごく素敵だなって思いました。大畑くんのとこにも書いたけど金曜は審判として間近でビッグスロー目に焼き付けます。得点荒稼ぎ頼んだ!!!


高木くん

高木くんはいつも自分の中に芯があって、どんな発言に対してもいつも自信を持っているというか自分が全部正解だと思っていそうなところ(これ語弊しかないな、いい言い方が思いつかなかっただけで褒めてるんです)がすごいなと思っています。高木くんには幹部の仕事で大変お世話になりました。昔女子主将は会議に参加するくらいで仕事ほぼ無いと言われたことがあって(その代がどういう方針だったか分かりませんが)、幹部全員で九大陸上部のことを第一に考えて行動していくという認識が全然足りていませんでした。高木くんが追い込まれている時も主体的に動けず本当に反省しています。

高木くんがこの前の春インでPB更新した時、とてもうれしかったです。2年生でPB更新して以来更新できてなかった状況が自分と似ていて、私もいつか報われるかもしれない、と勇気づけられました。勝手に高木くんの50mと私の5mは数字も似てるし近しいものを感じています。高木くんがこれまで九大陸上部のために尽力してきたこと、地道に練習を続けてきたこと、悩んでもまた戻ってきてくれたこと、誰かじゃなくてみんな見てきました。最後まで諦めずにやりきろう!


森くん

森くんとの一番の思い出は、1年生の新歓コンパの日、福岡空港の展望デッキで飛行機を見たことですね。審判で一緒になり、集合が朝早くて飛行機好きな森くんは展望デッキが空いてなくて行けなかったと悲しそうな顔をしていました。帰り見に行く?と言うと目を輝かせていた気がします笑。確か最初4階の展望デッキに行き、かなり長い時間2人で飛行機を見ていた気がします。これいつ終わるんだろう、と内心思っていました(ごめんね)。私が3階の展望デッキも行ってみようと言い、ようやく移動しました。3階の展望デッキは飛行機が近くてガス臭くて割とすぐ引き返しました。この時の写真をずっとフィールドのホームページのメンバー写真に使ってくれてうれしいです笑。あと、優羽ちゃんが東筑の話題で森くんと盛り上がっているのを見て勝手に嫉妬していました笑。森くんはこの1年間、パート長として私たちの見えないところでいろいろ悩んだこともあったと思います。それでもここまでフィールドパートを引っ張ってくれました。4年生の七大の男子三段はなにかしら伝説が生み出されていますね。森くんも伝説の漢になれるよ!なるよ!


矢木くん

矢木くんのMBTIは私と全部逆です。1文字も同じのがありません(ちなみに優羽ちゃんは私と全文字同じ)。矢木くんと私の相性はMBTIにおいて「最も注意が必要な組み合わせ」だそうです。確かにそんな感じがします。矢木くんは最初の頃、素が見えなくて何を考えてるかわからなくて怖かったです。だけど1年生のCS終わりの焼肉の時に女と仲良くなる気はない、みたいなことを言われてこの人とはずっと関わることがないんだろうと思いました。今日まで正直深く関わることは無かったけど、矢木くんの練習日誌やスプシを読む中で、陸上に懸ける物凄い熱意と知識量と行動力を見せつけられて、私は矢木くんと比べて記録を伸ばすためにできること全然できてないな、といつも痛感させられていました。そんな私にも、聞いたらいろいろ教えてくれてありがたかったです。七大戦の運営が始まってからは、おそらく見えないところでもたくさんの仕事をこなしてくれて、七大学会議も毎回長い時間議長を務めてくれて各大学の意見をうまくまとめてくれて本当にありがとう。矢木くんがここまで作りあげてきた今年の七大戦、矢木くんが輝くのにぴったりな舞台です。応援してます。


優羽ちゃん

一番最初に出会った頃、ショートヘアのいかにもスポーツ女子っぽい優羽ちゃんはとてもクールな印象でした。当時の自己ベストが150ということを聞き、すごい人と一緒になってしまった、と思いました笑。私の大したことないベストもすごいよ~って言ってくれて、なんて優しい人だと思いました。受験期にも動いていたという優羽ちゃんは最初の頃の練習は私よりも速かったのを覚えていますか?あと私が怪我から復帰して初めて走った時も優羽ちゃんに負けましたね。1年生の頃は女子部員も少なく、優羽ちゃんと一緒に入部できて本当に良かったです。普段の練習では走りに関してお互いその日意識することを言い合ってみたり、種目は違えど跳躍のドリルとかを共有し合ったり、良き練習相手でした。優羽ちゃんには私が落ち込んだ時、何回も励ましてもらいました。怪我をしてしまった時、自分の存在価値が分からなくなって一時はフィールドパートから離れようとも考えた去年の七大戦の時、一番記録を残さないといけなかった県選でNMだった時、どん底に落ちて自分でもどうしていいか分からなくなった時に優羽ちゃんは常に私を励まし続けてくれて、私がここまで陸上を続けられたのは間違いなく優羽ちゃんがいてくれたからです。本当にありがとう。1年生の学連決めの時、私か優羽ちゃんのどちらかが学連に入らないといけなくなって、学連を引き受けてくれて、学連の仕事も忙しいのに優羽ちゃんはここぞというときにしっかり自分の実力を発揮していつもかっこよくて同期ながら憧れの選手です。七大戦の運営に関しても分からないことたくさん聞いても全部親身になってくれて本当に助かりました。1年生の頃かな、部活帰り農学部の前らへんで身長跳べるようになりたいと優羽ちゃんが話していたのをずっと覚えています。ここまで10年間ストイックにがんばり続けてきた優羽ちゃんならもう一回九大記録更新できる!かっこよく終わろう!!!


最後に

今まで私の陸上人生に関わってくださった全ての皆さま、本当にありがとうございました。私が陸上を始めた頃から、高校を卒業しても試合結果を気にかけてくださり応援し続けてくださった松本先生、附属レコードをどんどん更新して黄金世代と言われた広大附属陸上班のみんな、それから大学生活のほとんどを捧げた九大陸上部、特にフィールドパートの先輩方、同期のみんな、後輩たち、大変お世話になりました。


それからどんな試合結果でも温かく受けとめてくれて、いい結果の時は褒めてくれてよくない結果の時も励ましてくれて期待し続けてくれて、県選の時は慣れない動画撮影を頑張ってくれたかあさんととうさんも本当にありがとう。福岡まで見に来てくれるということで、今回こそかっこいい姿を見せます。


お次のブログは待ちに待ったお吸い物ブログ、マチガエタ、森首相、マチガエタ、森フィールドパート長の渾身のブログと、、、なんとなんと矢木主将の超超超特大作ブログも同時に!?あがるようです!みなさん今のうちに脳の容量整理しときましょう!


あとは頼んだ!!

1年生の時は私とGPA争いをしていたのに、3年前期には0.09というちょっと厚めのコンドームみたいなGPAを叩き出すも、4年まではストレートで上がれる学部のおかげで、GPAが2.0ないと留年、少し超えたとしても天草の研究室に飛ばされるという状況に陥った私のことを嘲笑っていましたが、急に現れたダークホースことマネージャーの古藤を退け、就活に関しての怠惰のせいか、大きな夢への渇望か、はたまた尊大な羞恥心と臆病な自尊心か…。いつの間にか我が九大陸上部98期の留年ダービーにて、7馬身ほど差を広げながらTOPをひた走っている山﨑みつまさくんからバトンをもらいました。

最近、Be Realでもない、setlogでもない、誰もやってない日常共有系アプリ、Retroを生活の中に導入し、周辺の界隈にプチブームを巻き起こしているでおなじみ、高木です。

逆張りが加速すると最終的にこのアプリに行き着くんですね。ぜひ皆さんも始めてみてください。まぁ要するに一昔前にあったインスタのグループストーリーズの強化版みたいなもんです。まだ全然古参になれますよ、逆張りたい人はぜひ。ユーザー数少なすぎて速攻で自分のアカウント見つかると思います。Be Realに関しては、福岡就職も検討していますので、西日本シティ銀行に就職した暁には流石に始めようかと思います。もちろん希望配属先は下関支店です。



あっという間に、いや確実にあっという間ではないんですが、やっぱり振り返るとあっという間の引退ブログとなってしまいました。私の溜まったこのモヤモヤは今後何にアウトプットすればいいのでしょうか。Retroがどんどんカオスな物になってしまいます。


今までこのように、○○でおなじみ、高木です。というように書き始めていたのにこれでもう最後なのですね。こういうくだらないことに関しては継続力を発揮しています。

また、ここまで書いておきながら、普段は冷笑が止まらないみつまさくんからの珍しくスカしてないアツいブログのバトンパスを昨日もらったことにより、こんな受け取り方でいいのかとクエスチョンマークが浮かび上がりますが、まぁ書いてしまったことを彼のために書き直すのも癪なのでそのままにしておきます。そういう関係性なので。


前々回のブログの鵜木、もとい、うネキも言っているのですが、引退ブログはやっぱり書くのは辛いです。自分で自分の墓標を立てているような気分なので。それも生前葬のようにみんなに感謝を述べながら。逝く時はポックリ逝くのが一番ですよ。ピンピンコロリが一番です。男っつーものは恥ずかしいんですよ、人に感謝を述べるのは。(特大主語)まぁそんなことを言っても書かないと仕方のないことなのでダラダラと書きます。他の4年生みたいに長くなっちゃいますがご愛嬌で。やっぱ書き残したくないですから。


同期二人のブログを読んで、はてさて、アタクシは何を書けばいいのだろうか。後輩へのメッセージと思い出トークはうネキがドパガキ発狂モノの分量で書いてくれました。大学に入ってからのエピソードは視点が違うだけで大体ヴーヴが書いてくれました。アタシはそうだな、七大戦について、副将として成長させてくれた九大陸上部について、森パート長が作ったフィールドパートについて、謝辞という構成で進めようと思います。

基本的に私の陸上人生はここで一旦一区切りとするつもりなのでこのブログは九大陸上部引いては陸上競技に対しての遺書となります。こんな前置きですが、感謝だけでしんみりとさせるのではなく、ちゃんと七大戦に向けてアツく繋いでいきますので最後までお付き合い頂けますと幸いです。なるべく内輪ネタも無し、または解説付きでお届けします。寂しいので今まで誰も突っ込んでくれなかったネタとかの解説も含みます。大体()内は読み飛ばし可です。(それをするから長くなるんだろうが)



1. タガタメに神風は吹く


いきなりマイナスなことを言ってしまって申し訳ないのですが、なんかイマイチ今年は七大戦に対してアツくなっている雰囲気がないような気がします。オープン種目がない、3日間開催になっている、などの大会自体の規模の縮小はしょうがない(ごめんなさい、陸上競技協会の偉い人に学生は逆らえませんでした)にしても、なんとなくこんな大会が開かれること自体すんごいレアで、そこに大学生活の全てとは言いませんが、何割かを捧げるだけの価値はあると思います。実際に自分とか他の同期・先輩たちもそんな人たちがいました。

だって“全国”の、“七大学”が一堂に会して、“陸上競技を”行うんですよ?考えてみてください。全国大会だって基本的に標準を突破した選手しか出られない、対校戦にしてもエリアが一緒、もしくは昔から仲の良かった2、3校が戦うぐらいなもんです。六大学野球でも6校だし、東京の大学しか参加できません。箱根駅伝だって関東限定です。他の競技に至っては、例えばラグビーとかアメフトは七大戦を開けないと聞きます。最短でも週1ぐらいのペースで試合をやる競技なので、七大学総当たりというのがスケジュール的に厳しいから?だそうです。

それを、大した記録を持ってない自分でも参加できると言うこと、他の大学もスポーツ選抜ではない、勉強もしながら続けてきた同じ土俵の全国の大学生と競い合えるということ、こんなキチガイみたいな暑さの中で、キチガイみたいな直射日光を浴び、キチガイみたいな競技数をする陸上競技の大会が開かれる(今回のW杯のインタビューでは聞けなかったので多めに入れておきました。霜降り明星せいやさん、お納めください。)ということは本当に恵まれていて、七大学で陸上競技を続ける人の特権だと思います。その上今年は7年に一度の我が九大が主管なわけですから尚更レアなことですよ。なんとなく大会運営というものに初めて携わることでそう強く感じました。


1年生はきっと上手く七大戦に対する熱量というものをまだ掴みきれていないと思います。本番で感じてくれたら嬉しいです。私も3年前は川野賀ブラック前々々パート長の跳躍を見て初めて七大戦を知りましたから。

2、3年生は…もっと髪染めて欲しいな〜。段吉前主将、いや、ダンキっちゃん(このあだ名はONE PIECEの光月おでんが白ひげを呼ぶときに白きっちゃんと呼んでいるとこから来ています)とかは2年生のころ真っ赤に染めてましたよ?私は、7年前の福岡開催で陸協のお偉いさんに、「運営は大人に任せて、学生がただ髪染めて遊んでるだけじゃん」と嫌味を言われたことを思い出し、大会運営に関わる身として、ブリーチなしで最大まで赤くしてもらったブラウンまでしかチキって染められませんでしたが、君たちは存分に染め上げてください。もちろん朱ではなく赤に。

4年生は…あ、自分たちなのか。だからあんま盛り上がってないとか思うのかもしれません。だって自分たちが心の内で一番盛り上がってんだもん。

ブログ何回も読み直してうるっときて、撮った集合写真とか見返してもう終わりなんだなと感傷にふけって、毎回の練習で不要なまでに声出してるんだもん。

昨日から、他大を倒すためにそれぞれの地方の名物を喰らうようにしてるんだもん。(ちなみに昨日は北海道の昆布スープと、東北の盛岡冷麺を食べました。断じてただ単純にスイカと冷えたスープと麺が食べたかった訳ではないですよ、えぇ。)(業務用マルタイ棒ラーメンで作っていることにより、結局九州を喰らっているのでは?というコメントは受け付けておりません。)

そりゃ周り見たら足りないって思うか。


大会運営については、最後駆け足で今まであんまり動けてなかったのを埋め合わせている感じになりましたが、熱中症で倒れる人が出ないように色々スポンサーの獲得や設備の用意に奔走しています。大会当日もあんまり応援には参加できないのかなと思っていますが仕方ないです。救急車を呼ばずに終えられるように頑張ります。

稲田監督の多大なるご尽力がメインではありますが、現在、大塚製薬やNISHIなどを始めとする10社に協賛をいただいております。出場する方も、応援の方も、観にこられるOBや保護者等関係者の方も対策は念入りにお願いします。規模が縮小した代わりに色々準備してくれたんだと思ってくれると幸いです。


競技に関してですが、いいイメージはできているものの、はっきり言います。自信はないです。7月頭の下関ナイターで久々に肘の痛みが再発し、ステロイド打とうかなーとか考えているところなので。

ですが、それを抜きにすればPBを更新した5月よりも、純粋な筋力、瞬発力やスピードは上がっているはずです。SDもBIG3もスナッチクリーンも練習ベストもあれから伸ばせましたので。


目標は、

・PB更新、50m

・九大歴代十傑入り

・やり投げで九大3人が決勝に残る

・九大陸上部創設史上初の総合3位

です。


2年生の頃からずっと大きな大会ごとに50mを目標にしてきていて、結局最後になるまで達成できていません。十傑入りだって、1年生の頃にここまでは最低目標だ、と思っていながら声に出すのが怖く心の中で決めた目標も、気づけば4年の7月になってしまいました。

きっと50m投げられなかったら引退できない気がします。1998年のフランスW杯で岡田監督(当時)がメンバー発表で「外れるのはカズ、三浦カズ」と言い放ったのを最後に、日本サッカー界にいまだに亡霊として彷徨い続けるキングカズか、または今回のW杯で引き際を見失ったサッカー界の神、リオネルメッシのようになってしまいます。「引退できないのはアツ、高木アツ」になってしまいます。(W杯ネタ多いわ)


大会自体のレベルも高い。50mを決勝ラインと見ていますが、資格記録で50mを投げる人が10人もいます。負けるわけにはいかない、高校同期のはしかんもいます。でもなんか大丈夫な気がします。今年の九大はやり投げ専門を3枚揃えることができました。埋め合わせとして、サブで出るのではない、専門が3人出るのは知る限りでは初です。それも自信を持って強いと言える後輩二人を連れて。心強いったらありゃしない。きっと三人決勝に進めるかどうかは自分に懸っています。自分が間に並ぶと、エイリアン捕獲の画像みたいな身長差になってしまう後輩二人ですが、本番では二人が伸び伸びと活躍できるように自分も踏ん張ります。絶対に決勝行くぞ。


元々の目標は4年生の最後の大会、九大主幹として博多の森陸上競技場のど真ん中でPBを更新して、決勝紹介されて、得点を持って帰ることを夢描いていました。それが博多の森のメイン競技場の芝生の養生(まだ納得してないよ💢)により、補助競技場でやることになってしまいましたし、決勝紹介もおそらく時間がない、得点ラインもかなり厳しい状況で、だいぶ当初の夢には至らない目標となっています。

現実は冷たく非情で、時に残酷で、容赦無く我々を踏みつけます。でも知っています。時にどんな物語よりも熱く華々しいことを。


『天網恢々疎にして漏らさず』

私が子供の頃、祖父が教えてくれた言葉です。悪事を行えば必ず天罰が下るという意味です。祖父はこの意味しか教えずに、悪いことしちゃいけないよ、と説いてくれましたが、これには逆の意味も含まれていると思います。誰かのために奮闘してきたこと、地道に研鑽を積んできたこと、沢山悩んで、それでも続けてきたこと。それはきっと誰かが見ているはずです。

神はサイコロを振りません。偶然は何らかの必然の結果です。

今までの自分を信じて、仲間を信じて、走って跳んで投げるのです。


九大の近くには、蒙古襲来の時に使用された防塁の跡が残っています。文永の役・弘安の役では二度の神風(暴風雨)が吹いたことによりモンゴル軍を撃退したとされていますが、近年の歴史学の研究から、実際に嵐が吹いたことは事実だが、それ以上に現地の御家人たちの果敢な白兵戦や防衛体制がモンゴル軍を苦しめており、神風のみで勝ったという見方は伝説として誇張されたものであると見直されているそうです。

神風は誰のためにも吹きません。神風を神風とするのは今までの自分と今の自分です。今までのことが原因で吹かなかったらそれは天罰を下した神のせいです。それならもうしょうがない。神の見る目がないだけです。

自分たちの力でただの風を神風に変えるんです。使い古されたベタな表現をあえて使います。奇跡は起こるもんじゃなくて起こすものだと。

見せてやりましょう。九大の底力を。



2. 高木淳匡:ライジングオリジン


本気で取り組んできたものには、今の自分を奮い立たせる力があると思っています。

中学の頃の美術で何度も居残りして作った椅子の模型、高3の文化祭で自分が脚本を描き、舞台演出や演技指導などの監督をして作り上げた1時間の劇、大学入学への受験勉強、これからで言えば卒論や修論はきっとそれらに並ぶものになるでしょう。


曲がりなりにも、私は現在部員160名を超える九大陸上部の副将をやっている訳なのですが、入部時には誰も私がそこまでのポジションにつくとは思ってなかったはずです。陸上への熱量や技術、知識何もかも足りていない私が。

長くなりますが、オリジンを探して振り返ろうと思います。


いわゆる陸上の大会に最初に出場したのは小3の青森県のマラソン大会でした。親の転勤の都合で東京から青森に引っ越し、2回の冬を超えて少しは北東北(方角多すぎるだろ)(バイク川崎バイクみたいな言い方)(中京大中京でも可)の寒さにも慣れた4月、競技場とその周りを走るちびっこマラソン大会に出場しました。小1のシャトルランから吐くまで走っていた私は、なんとなく長距離得意意識があったらしく、陸上教室などに入って練習を積んでいる同い年の子に混ざった鬼ごっこ育ちの私と弟はどちらも3位入賞。初めての自分だけのメダルに浮かれて、弟と二人で3位の表彰台に登って元名古屋市長河村たかしもビックリの力で強く噛み締めました。

他の陸上に関しての小学生でのエピソードは…2011年テグ世界陸上の100m決勝で、ボルトがフライングした時のシーンを真似していたぐらいでしょうか。「テグの静寂を突き破ったのはボルトの足音…(この表現今思うとエグすぎる)」の実況と、ユニフォームを脱ぎ捨てるシーンをよく覚えています。小学生の頃のスターでしたからね。

ごちゃごちゃ書いていますが、特に陸上にのめり込むこともなく小学生を終えます。次に陸上に触れるのは中2です。野球部だったのですが、人よりは持久力があったため区の学校対抗の体育大会で3000mに出場し、なんかレベルが例年より低く、たまたま優勝してしまいました。その後も東京都の市区町村対抗の駅伝大会に出たり、その流れで高校では野球部ではなく陸上部を選択し、長距離をしたりしていましたがこの頃はやり投げのやの字もありませんでした。というか別に陸上に熱中した瞬間はありませんでした。ちょっと背伸びして入ってしまった我が母校の都立青山高校は、基本勉強メインで他の同期が言うような部活への熱量の高さは全体的にそこまでありませんでした。学校の近くにある神宮球場で、毎年学年ごとにマラソン大会をやるのでそこで走りたい(コロナで1回も走れんかった)、そばの外苑の銀杏並木の周辺が陸上部の練習場所だったのでそこで高校生活を楽しみたいというような、大学のサークルの志望動機みたいな理由で始めていました。

高2の秋にやり投げに出会い、その後の大学陸上への繋がりは…2回も書くとまた長くなっちゃうので、3年前の1年生時のブログと、以下の前回の年末ブログの抜粋をご参照ください。


-----------------------------------------------------

こういう時に私は なんで始めて、なんで続けているんだろう と、かなり根っこの部分から立ち返って考えてしまいます。

前述のとおり私は逆張りを極めています。人生の選択全て逆張ってきた気がします。高校は兄が行っている公立高校を避けて同レベル帯の別の公立高校に行き、理系生物選択をし、関東にあふれるほどある大学を避け九大を志望し、コミュニティを作るために何かに入ろうとするもののサークルはしゃばいとか言って部活を選び、もともとやってた長距離は別に大学卒業してからもできるとか思ってやり投げを選びました。こんな逆張りを続けていると、決断した後後悔することもしばしばあるわけです。

なんとなくこの逆張りの根底には、 今しかできないことを全力でやる という意思が詰まっていると思います。人と同じことは人に聞けばいい、今しかできないことは本当に今しかできないのです。

もう選んでしまった以上はこの道を正解にするしかない。全部本気でやってその上で無理だったとしても、その経験と過程には絶対後悔しないはず。

だから始めて、だから続けているのです。

「ところでお前は全部本気でやれてんのか?」

答えはNOです。本気でやれてない奴に後悔する筋合いなどありません。

研究室が忙しいだの、副将の仕事が忙しいだの、七大戦の仕事が忙しいだの、何かと言い訳をして向き合い切れていませんでした。ありがたいことに部活でも副将という立場、研究室という新しいコミュニティを手に入れてしまったがゆえにそのタスクを処理することで図らずも自分の居場所が出来てしまい、自分の競技、ひいては部活の練習をおざなりにしていた部分がありました。

(年末ブログより抜粋)

-----------------------------------------------------


何が言いたいかって、結局競技自体には最後まで本気で取り組めなかったような印象があるんです。やっぱり他の先輩・同期・後輩の熱量がすごかったから。少し負い目も感じているんですよ。

みんな練習日記をつけてる中、どうせ続けられないと始めませんでしたし、これなら続くかもと思った練習後のフィードバックとしてのスプレッドシートの記入も三日坊主にすらなれず2日で終わりました。(早すぎるだろ)

正直言ってウエイトトレーニングの方が好きなんですよ。まだ今の段階では順調に伸びてくれるし、別に誰とも競わなくていいし。陸上に対してもそんなに愛を語れない気がします。矢木とか梁さんとかはすげぇなって心から尊敬してますもん。(あれは例外なのかもしれない)自分の中での陸上の立ち位置って、成り行きでヌルッと始めて、たまたま辞めずに済んでいるだけのものなんだと認識しています。


じゃあなんでここまで続けてこられたのだろうか。それはひとえに高校でも大学でも陸上部が好きだったからに他なりません。こんな自分でも居させてくれたこと、対等に笑い合って競い合えたこと、必要としてくれていたこと。


副将、そして幹部の仕事というのは部員たちが不自由なく、競技に集中できる環境を作ることだと思って一年間勤めてまいりました。それは、OBとの関係を強固なものにすることであったり、他パートとの交流を深めることであったり、先頭に立ってチームを一つにしようとすることであったり、いろんな形があったと思うしそれを見てきたと思います。

自分は主にスポンサーとの関係を結んでいくことで資金を充実させ、足りない設備を補っていく立場でした。結果的に資産価値としては100万円ぐらい稼いだのではないでしょうか。ほぼ毎週あるようなスポンサーとの打ち合わせも、LINEやメールでの交渉も、陸上部が好きだから続けてこれたことだと思います。

後輩たちのブログにも書いてくれていたのですが、色んな人に気を配れていたのもそれが理由です。あとは上の兄と下の弟に挟まれるような次男だったからでしょうか。

色んな人とコミュニケーションを取ることもずっと心がけていました。本来根暗で気の合う人にしか自己開示ができない性格ですが、病みやすい自分だからこそ、記録で落ち込んだ時、仲違いした時、忙しさに押しつぶされそうになった時、モチベーションが低下した時、それぞれ経験しているから掛けられる言葉があるのではないかと信じて積極的に話しかけるようにしてました。らしくないかな。いや、今となってはその自分こそがらしさなのかも。ただ単に先輩らしくしたかったのかもね。先輩オ◯ニーにつき合わせちゃってごめんね。ダル絡みもいっぱいしてしまった。特に3年生には激しくダル絡みをしていた気がする。ゆうすけとか。(現在進行形)ごめんね。でも、何か少しでもそれぞれの人たちにプラスで働いていたら幸いです。


でもね、陸上部が好きだからという理由だけにしちゃあ、悩みすぎだと思います。高木鬱匡の淳は巷では有名な話ですからね。基本的にメンタルがへなちょこなんです私は。年末に父親とその友人と3人で飲んでる時にも、三兄弟で一番メンタル弱いと父親に言われました。(もちろん傷つきました。)

そして、陸上部が好きだからという理由だけにしちゃあ、時間を割きすぎていると思います。技術や知識が何も足りてないと書きましたが、1年生のあの頃から比べると格段に体はゴツくなった?と言われることが増えましたし、足速くなってね?と言われることも増えました。重め前髪黒マッシュの鬱時代の頃とは別人です。ここに関しては紛れもなく自分の積み重ねの結果です。

副将という立場がそうさせたのか、目標を諦めたくないというちっぽけな勇気とプライドのせいか、みんなが私を引き止めてくれていたのか、それは定かではありませんが投げ出さずにここまで必死に繋いできました。結局このくらいが自分の本気なのかなとも思ってます。


1年生の時に部活に入ろうと決めた、今しかできないことを全力でやろうとする心と、選んだ道を正解にしようとする心。その原点はきっと副将の仕事をこなしてきた事や、いろんな人とコミュニケーションをとって九大陸上部をより良いものにしようと奮闘してきた事として昇華しているのでしょう。


副将として、あさの、東、でぃーちゃんに。

次の九大陸上部がどれだけ良くなれるかは君たちに懸かってるよ。我々ができなかったこと、足りなかったことを補いながら夏矢を支えてください。

1年前、だんきっちゃんが我々に伝えてくれたメッセージを君たちにも送ります。

「いくら手間がかかっても、いくら疲れようとも幹部が機能しなくなったら困るのは後輩ちゃんたちなんだから。彼らが被害を受けるのはナンセンスだよ」

自分たちも色々衝突はありましたし、何度もミスしてきました。冬季とかは毎日のように、はよ引退したいなーって思ってました。でもなんとかここまでやってきました。辛くても踏ん張ってください。考えることをやめないでください。

期待しています。



3. Stand Out Fit In


コロナで自宅待機期間だった2020年4月頭のあの頃、我々高木家は三兄弟仲良く家のリビングで勉強をする日々でした。それぞれが好きな音楽を入れたプレイリストをシャッフル再生しながら勉強していました。兄は高橋優とかだったかな、私はBUMPがメインでした。弟はロクに英語もわかっていないのにワンオクばっか入れてました。別にワンオクの曲なんて他にもいっぱいあったのですが、この、Stand Out Fit Inだけが妙に頭に残っていました。MVも覚えています。意味は、「はみ出して、馴染め」。


さて、それから入部して今日までの間、フィールドパートにぴったりの言葉だなぁとずっと思っていました。ようやく最後の最後に回収できました。

代々フィールドパートははみ出し者のパートでした。競技の性質上、各個人の試技時間が与えられているからか、まぁ尖った人が多かったです。私たち同期がバラバラの競技で、全く違うベクトルでイカれているのも。

でもその分イカれたベクトルを全体のために還元しようと馴染んでいたと思います。6人全員が、パート長、学連役員、副将、女子主将、主将と役職についているのは稀に見るバランスの良さと上手な個性の活かし方だったでしょう。


ひろかずパート長が就任して最初の決意表明のLINEグループのノートには、一人一人の個性という羽で飛び回って欲しい。疲れたら羽を休める場になるように。との思いが綴られていました。

あっちゅー間に後輩が入ってきて学年が押し上げられ、2年前の七大ブログでは自分がパートに還元できたことは何もないと書いていましたが、気づけば最上級生になっていて、否応もなくパートに影響を与える立場になっていました。


結論、羽を休める場であったと思います。良くも悪くも。負の面はもちろん談笑パートを産んでしまったことです。でも、そんなものでいいのかもしれません。タダ ノブカツくんなのですから。やめたって死にやしないです。上を目指すために厳しい練習を積み重ねもするけど、締めすぎて行きたくなくなるぐらいなら、緩めて寛容にして、羽を休められる側面も持つようなパートに。締める人がいれば緩める人もいる。(12月ごろは緩めすぎました。申し訳ありません。)それぞれがそれぞれの強みを最大限発揮できるような場所を作っていく、ひろかずの思いは伝わっているのではないでしょうか。


2、3年生はいつの間にか4年生の誰かしらのイズムを受け継いでるように感じます。去年は特に大月もあさのもたくみちも、全員和知前パート長のイズムを色濃く感じましたが、今では、○○でお馴染みの とか、○○では無く とか、みちぃさん活用形とか、談笑パートとか。言動までもがだいぶ我々に染まっちゃってる気がします。(和知くんのNTRみたいでごめんね)

七大戦が終わったら次は大月たちの政権です。どんな色に染まるのでしょうか。中々今の2年生は手強い人たちが揃っていますから手を焼くこともあるかもしれませんが、楽しみにしています。きっと個性の強い色が上手く混ざり合えば、美しくて濃い赤色に染められるはずです。間違っても朱色にならないように、正せる人がいるといいな。自分はそれで助かったから。君たちならもっと強いフィールドパートが作れるはずです。



4. Acknowledgement


何度も言いますが、ここで私の陸上人生は一旦おしまいです。

まぁ大事なものは失ってから気づくと言いますから、もしかしたらふらっとグラウンドに現れるかもしれません。その時は老害扱いしながら受け入れてくれると嬉しいです。


正直ね、目標いっぱいあげましたが、別に達成できなくてもいいんです。亡霊になってしまうかもと書きましたが別にそんなことないです。春インのPB更新とBP 100、SQ 150、DL 200の、目標としていたBIG3の数値の達成で多少満足してるんですよ、大学陸上には。あとは全力出しきれて燃え尽きればいいかなって思ってます。

でも、これじゃあ今まで支えてくれた人に顔向けできない。

みんなへの感謝を込めて2本投げてきます。最後はみんなの思いに乗せて目標達成してきます。声と思いでやりを押し込んでください。お願いします。



1年生へ

まずはフィールドパートを選んでくれてありがとう。うるさい先輩というような印象しかないかもだけど、声量に負けないぐらいのどでかい花火打ち上げるから、俺らの最後の輝き目に焼き付けて、陸上の熱を燃やしてくれや。

まだ慣れてないのかもだけど、君たちはもっと自分の個性を出していいと思うんだ。違いは強みになる。

人数も種目が被る人も多く、選考争いはずっと付き纏うと思うけど、仲良くそれでいてライバルとして切磋琢磨し合う同期であり続けられることを願っています。


2年生へ

実力者揃いで何にも靡かない、ブレない芯がある君たちに、私はあれやこれや文句を言ってきましたがきっとそのまま突き進むのが強いと思う。

なんとなく、おーすけとかが入ってきたあたりから、自分には技術面のことはウエイト以外教えられないから、人間的な部分のお手本になれるように頑張ろう。と意識を変えさせてくれた代でした。まぁ先輩ぶって空回りすることも多かったですが。

慕ってくれて、くだらない話に乗ってくれてありがとう。

もっと他パートとの関わりを持ってくれたら…厳しいか。

フィールド旋風が君たちを中心に回って、陸上部全体まで広まっていくことを期待しています。

特に投擲パートの3人。私はあなた達が心配でたまりません。最後の練習まで連絡はしないし、余裕で遅刻するし、談笑パートが始まるし。いや、これは私とみつまさの背中を見てきていたからか。ごめんなさい。でも君たちは私やみつまさと違って、一人で努力できる人たちですからそこに関しては心配していません。次の新一年生も途切らせずに投擲パートに迎え入れてくれるといいな。

いいところはそのままに、悪いところは直しながら。大月次期パート長に迷惑かけないでね。協力してあげるんだよ。


3年生へ

後輩っていうよりも同期の方が近い感覚でした。いろんなとこ一緒に遊びに行ったからかな。練習中にくだらんことで張り合いをしていたからかな。等身大で付き合ってくれてありがとう。

ゲリラで遊ぼうと誘っても結構乗ってくれて嬉しかったです。ウザくない弟みたいな感覚でした。

自分が言うのもなんですが、君たちに足りないものは自信だと思います。何かこれだけは負けないというような個性があればきっとすぐに花開く気がします。得意を磨いてみてください。

自分が自信を持てたのは、ある程度ウエイトが伸びたのと、声がデカいのと、会話の守備範囲の広さなら負けないというような取るに足らないカスみたいな理由です。そんなんでいいと思います。腐らずに磨いていけば花は開くんです。

本気で取り組む楽しさを、あと一年で感じてくれたらいいなと思います。競技にも、運営にも、本気でぶつかって悩んだ先に答えは待っているから。そこに後悔の文字は存在するはずないから。

負けんなよ。もっとはみ出していこうぜ。


先輩たちへ

たくさん可愛がってくれてありがとうございました。記録でお返ししたいと思います。生意気で無礼な態度も受け入れてくれて、本当に居心地が良かったです。

特に梁さんには本当にお世話になりました。まだ何も成し遂げられてないのが悔しいです。梁さんが九大十傑に刻んだ名前のちょっと下に自分が載ります。待っていてください。


青高陸上部関係者へ

躍動を陰ながら応援してくれると嬉しいです。田代先生には恩返しとしての記録を残してきます。東京就職したらコーチも余裕ある時にやりたいとずっと思っています。まずははしかんとの勝負、楽しんできます!


同期へ

間違いなく辞めずに続けてこられたのはあなたたちのおかげです。私の大学生活に居場所を作ってくれてありがとう。他の種目とかを見ると、欠ける事なく、6人がそれぞれの舞台で活躍できること自体恵まれているのかもしれません。

3年の春インで私が、同期全員でPB出したいって言いました。あの時は自分が足を引っ張って叶えられませんでした。覚えていますでしょうか。まだその可愛い幼稚な願いは叶うでしょうか。男子4人ではなく同期6人で。もう4年生だからね、去年みたいなスカし方はもう卒業。最後は6人笑って写真撮りたいです。



その他、支えてくれた親や応援してくれた友人、OBOGさんたちに、この場を借りて心からお礼申し上げます。ありがとうございました。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

このブログのタイトルは、3年前に書いた1年生の最初のブログタイトルのセルフオマージュです。同じ場所で成長してきたことを証明したかったからです。みつまさのタイトルもきっとそうでしょう。やることが一緒です。ずっと否定してきましたがやっぱり似たもの同士です。そういう男です。


終わりはいつも、何かの始まりです。

悲観することなく、今までの自分に別れを告げようと思います。それはきっと、次の新しい何かへの挑戦の始まりだから。




遺書を書いていたつもりが、ラブレターみたいになってしまいました。

このラブレターは丁寧に折りたたんで、答え合わせの七大戦が終わるまで仕舞っておきます。



周回軌道の内と外、はみ出し者たちは弧を描く。

美しく、鮮やかな羽を広げて弧を描く。

神はサイコロを振らないらしい。

思いと願いはここ、博多の森に。



さぁ私も最後のバトンを繋ぎます。

次は三井女子主将。頼んだ。

初めましての方は初めまして、そうでない方はごきげんよう。うネキから指名いただきました、投擲パート長(?)、兼談笑パート長の山﨑充眞(4)です。

 みんなのブログ、楽しく読ませてもらってます。なんかいっぱい悪口言われてた気するけど。毎年七大戦ブログを読むと興奮して「はやく試合しよう!」となりますね。

 さて、7月は激動の月でした(魅せる激動 1桁で脳内革命~)、お祈りメールから始まり、豪雨の中の夏イン、何もわからない韓国語Ⅲのテスト、航空大学校1次試験、UNISON SQUARE GARDEN現体制最後のライブ、壮行会等、、、明日はゼミで卒論の中間発表、木曜は韓国語Ⅲの再試、金曜の10:30からは再々履の経営学Ⅰ期末テスト、13:00からは農業政策の期末テスト、16:00から七大戦で、七大戦が終わればテスト×6、、、一体僕が何をしたっていうんでしょうか!?(全部俺のせい。) とりあえずテスト勉強頑張ります。

 まぁ冗談はさておき(冗談では済まない)、引退ブログなるものを書いていきます。最後の機会ということで長くはなりますがよろしくお願いします。懐古厨なので過去の自分の話ばかりです。まぁ最後だから許してくれ。

 初めてトラックを走ったのは確か小学4年生の時の市民体育大会だったと思います。100mに出て2位でした。記録は覚えてないんですけど、このブログを読んだ特定厨の東筑組がみつけてくれることでしょう。あ、ちなみに参加者は3人でした。とはいえ、学校外の何かで賞状をもらうのは初めてで、嬉しかった記憶があります。(補足ですが、当時の山﨑少年は(今もですが)「称号」や「肩書」、「王冠」を欲しがります)その後も毎年市体で何かしらの種目に出てました。練習も1週間くらいしかしてないし、ユニフォームじゃなくて体操服だし、スパイクも学校のものでした。今一生懸命記憶をたどって思い出した程度なので、特に書くことはありませんね。あ、このころは今よりヴーヴ感がありました。

 中学ではバドミントンに所属していましたが、いかんせん田舎の少人数の学校(部活動の選択肢が吹奏楽かバドミントンの2択)だったため陸上の地区大会とか県の駅伝には出ていました。というか出ざるを得ませんでした。100、400、幅?あたりに出たような気がします。中学はあまりヴーヴ感はなく、今となっては誰も信じてくれませんが、中3時のシャトルランは126回でした。ちなみに126回で限界がきてやめたのではなく、125回を超えて10点だからもういいやということでやめました。やろうと思えばまだまだいけました(イキリ)(ここまで一息)。誰も信じてくれないので、もしこのブログを読んでいる中学の友人がいらっしゃいましたら証言してください。本職のバドミントンでは2年時の県の団体戦で、僕のダブルスが負けたことで、北信越を逃し、3年生は引退します。これ以上に悔しかったことはないです。負けて泣いたのは人生でここだけです。その後も市のダブルスでは優勝という称号を得ましたが、中体連の試合は目立った成績はなく、結局「北信越」という肩書も得ることができず引退しました。中2か中3かは忘れましたが、夏休みの駅伝練習に高岡高校にいった某先輩がきました。その先輩は高校で陸上部に入り、高校生活が楽しいことやや陸上部が最高の部活であることを話していました。そして山﨑少年は高岡高校の陸上部は楽しいということを知りました。

 山﨑少年は「田舎の神童」だったので、その先輩と同じく、御三家の高岡高校に進みました。部活動見学で山﨑少年が向かった先は、、、バドミントン部でした。入学して間もなく、まだ友達もいない陰キャな山﨑少年に、陸上部に見学に行く勇気はありませんでした。見学に行ったバド部でクラスが同じ奴が何人かいたためそのままバド部に入ります。さっき話した中2の時に敗北したペアと同期になり、その片割れとダブルスを組むことになります。これ今考えるとかなりエモい。一方勉強の方はというと、「ボクは高校でも学年1位をとるんだい!」と意気込んでいましたが、トップ層はとんでもなく頭がよく、勉強で天下を取ることは早々に諦めます。また、部活も試合でなかなか勝てず、確かシングルスでは公式戦0勝というひどいものでした。ここで山﨑少年は「このままでは高校で勉強も部活も何の‘’称号‘’も得られない!」と思いました。ここで高岡高校陸上部は楽しいということを思い出し、冬にバド部を退部した人たちが陸上部に流れるという状況もあり、心機一転、高2から陸上部に入ることにしました。

 陸上部では毎年総体前に全種目の展望が書かれた紙が配られるのですが、その円盤投げの欄に「一般人が地道にトレーニングで北信越に出場するには、最もいい種目。ただし、黙々と練習し続ける能力が必要でもある。ぜひ円盤をやろう」と書いてあるのを発見します。山﨑少年は中学で届かなかった「北信越」という称号に目がくらみ、この種目をすることを即決しました。しかし、記録会ではNMを連発し、2年生はほとんど公認記録がありませんでした。新人戦では、投擲ブロック5人のうち自分だけが北信越新人に行けないという結果に終わり、めちゃくちゃ悔しい思いをしました。その後冬季練習はおそらく今の自分からは想像つかないほど真面目に練習していたと思います。朝練したり、滑川まで講習会行ってたり、mizuniにDMしたり、話したことない先輩にDMしたり、EAAも飲んだり、結構頑張ってました。春にはより北信越出場の可能性を高めるためハンマー投げも始めました。その甲斐あってか高3の県総体では、どちらもPBを更新して初めてエイトに残り、円盤は8位、ハンマーは5位で北信越に進むことができました。ハンマーを教えてくれた県上位常連のキマ君が3ファーしたのは悲しかった。むさしが骨折って総体に出れなかったのも悲しかった。この年男子はフィールド優勝でした。これはほぼかっつーのおかげか。自身の記録には満足していましただが、みんながハッピーに終わることができなかったため歯がゆい気持ちが残ります。北信越では、1週間前にあった体育祭の棒倒しでけがをしたのと他県の大男に圧倒され、サラっと終わりました。とはいえ上位大会の熱気は初めてのもので、とても楽しかった記憶があります。入部当初の目標を達成し、高校陸上は悔いなく終わりました。高校の部活は先輩や同期、後輩、顧問、とにかく人に恵まれ、楽しかった記憶しかありません。具体的なエピソードはもう4年も前のことなのであまり覚えていませんが、土曜の城光寺練の後は、よく魂心家(かため・多め・濃いめ)、サーティーンワン、マックをはしごしていたこと、きんに君にはまっていたこと、サーキットアップがきつかったことは覚えています。サークルで僕とキマくんとゆらがわいわい喋っており、むさしがふらっと来ては意味わからんフォームでめっちゃ飛ばし、その隣で五嶋さんが黙々と練習していた光景をよく見た気がします。このころから談笑パートの片鱗が垣間見れますね。

 部活引退後は成績がV字回復したものの、結局第一志望に受からず、私立も貫通し、浪人する気でいました。しかしなぜかその年の九大経済後期は倍率が異常に低く、九大に拾ってもらえたため、「旧帝」の称号得れるならいっかーと九大に進学します。浪人するする詐欺してごめんなさい。春休みに部活に行ったとき、剣(新米顧問)に七大戦ってのがあることを教えてもらいました。旧帝の対校戦でみんな派手髪にするらしい。その時はあまり魅力を感じませんでしたが、まぁ旧帝でしかやれないことならやってみたいなーとか、七大戦に出れば高校の先輩である沖さん(東大)とかあぐさん(北大)とか越野さん(東大)おるんかーと頭の隅にはおいておきました。九大陸上部のHPも見てみますが、投擲選手はいないし、七大戦の順位は最下位だし、しゃばいなと思った記憶があります。

 大学ではとりあえず体育会のどこかに入ることは決めていて、体育総務の冊子をペラペラ見ていました。某スポーツサークルの新歓にも行ったのですが、バスケで女子がボールを持った時は動かないみたいなルールがあり、当時の僕は「なんじゃそりゃ、手加減すんな!!遊びじゃねえんだよ!」等と思い、サークルには向いてないのは確信に変わりました。いろいろな新歓アカウントを見ていると、グラウンドガイダンスというものがあり、すべての体育会をみれることを知ります。グラウンドガイダンスで陸上部のブースに行って思ったことは、小川さんはかっこいいということです。「高校でハンマーしてました」て言ったら「ハンマー投げる場所あったっけ??(メロい)」と当時の先輩方を困らせてしまいました。体験入部にも行きました。体験に行って思ったことは、あきこさんは美人だということです。あと、さとぼぉはゲイだと思った。冗談はさておき(あきこさんが美しいのはガチ)、ここが矢木、ひろかず、小野くん、うネキ、みちぃさんとのファーストコンタクトだったと思います。第一印象は、うーんあんま覚えてねえっすわ。練習終わりに当時の先輩たちと香香に行ったときにはひろかずが話を回していました。この時はまだ好青年だと思っていました。その後ほかの部活にも顔を出しましたが、航空部はいかにもって感じの人しかおらず断念、トライアスロンは5キロ泳げる未来が見えず断念、ラクロスとアメフトは陽キャすぎて断念、柔道部はBBQだけ参加して断念、ボートは練習場所が遠くて授業に行ける気がしなかった(今となっては関係ない)ため断念、、、ということで結局入部したのはヨット部でした(?????)。部の雰囲気に惹かれたのと、「七大戦9連覇」「全カレ入賞」という経歴に目がくらみました。これは九大でしかできない!とすっかりヨット部に魅了された僕は「大学はヨットに捧げて日本一になるぞお!」と意気込んでいました。ヨット部に入部した後、亭亭舎コンパに矢木と一緒にピザを食べに行きました。この時にたぶんあつまさと初めて会ったのですが、黒髪センター分けで、話を回していて、がんばってんなぁと思いました。もうヨット部入っちゃったんだけどな、と思いながら「俺も投擲や!よろしくな!」とか言った気がします。転機となったのはGWでした。「部活始まったら忙しいからGWいっぱい遊んどけよー」とヨットの人に言われたため、GWに東京に旅行に行きフェスにも行きました。これがまーた楽しすぎて、「ちょっと待ってくれ!大学生楽しすぎるナ」となってしまい部活に全てを捧げるの合ってないかも、と気付き、ヨット部退部を決意します。辞めたのは新入生顔合わせの前日でした。当時一緒にヨット部を辞めて、アメフトに行った子とはなぜか去年から一緒のゼミになりました。

 そんなこんなあって、陸上を続けることにしました。5月中旬に「七大戦の参加調査今週までやでー」みたいなことを、当時学部でクラスが一緒だったまさひろに言われて急いで陸上部にいきます。ポン吉くんに「入部します」と言って、グループLINEに入れてもらい、大学陸上がヌルッとスタートしました。5/21トレ室にいきます。ここで運命の出会いがあります。ニット帽に髭を生やした大男、そう梁梓桐先輩です。「嫌いのものは差別と〇人です!」「お、パラリンピック始まったぞ!」「あの陰キャよりもあいつが持ってるクレープの方が社会的価値あるよな?」「ええか?クリーンってのはチ〇ニーや!」等とんでもない発言の数々を生み出しており、これまでの人生で会ったことのない人種だったため(←「え?人種差別ですか!?これだから日本人は!!差別主義者め!」)、良くも悪くも多大な影響を受けました。おそらく今の4年生男子は多大な影響を受けています。僕とあつまさのジョークのスタイルはもちろん、矢木の〇尊〇卑、ひろかずがトリコの話ばかりするのも全部この先輩の影響です。この日から梁先輩と練習する日々が続きます。(梁式体幹はこの日以降一度もやっていない)あつまさはうっつーうんこまんで部活に来なくなりました。

 大学初戦は下関ナイター。車は梁くんとさとぼぉが運転してくれました。途中、さとぼぉがうんこ漏れそうだと言い出し、梁くんが窓全開でEDMを流しながら煽り運転を始めた時は、とんでもないところに入ってしまった、、と思いました。肝心の試合はというと、今年の夏インのような土砂降りで、ゴミみたいな記録でした。100のスタートを6回くらいやり直させられてしょっぴーが肉離れしたのを見て下関ナイターは二度と出ないと思いました。

 迎えた初の七大戦は東京でした。前日にはラーメン二郎目黒店に行ったり、初日には沖さんあぐさん越野さんさっちゃんと久しぶりに再会したりと試合が始まる前から楽しかったです。(今でこそ高校同期男子の中でさっちゃんと一番仲がいいのは自分だと豪語していますが、初めて会話したのはこの日だったと思います)1日目の三段跳びではP長ののがさんがPBを更新して、4位に順位を上げて入賞していたのが印象的でした。あれまじかっこよかったな。この年はハンマー投げ円盤投げやり投げに出場し全種目PB、ハンマー投げは6位で1点獲得しました。この年は「21世紀初」となる男子45点、総合50点越えで再開を脱出したのも印象的でした。入賞したことで何人かの先輩に話しかけられることもありうれしかった一方、競技中のテントで九大は一人だし、わざわざ投擲のところまで応援しに来てくれる人も今ほど多くなく、シュンとしたこともありました。極めつけは全体グルにあがった競技写真の中に1枚も自分の写真がなかったことですね。悲しかったです。この大会を通して、七大戦で活躍したい、来年以降はもっと点を稼いで目立ちたい、もっと強くなりたいと思うようになりました。

 といったものの夏休みは免許を取るために帰省したり、旅行に行ったりとで再び「大学生たのしすぎるだろ!」期間に突入します。あと1年生のシーズンで印象的なのはCSですね。CSと言ってもCS終わりに行った焼肉ですが。みちぃさんと今はなきみひろが「矢木くんって私たちの名前わかる?なんかあんま話さんし、仲良くなりたくないんかなー?って思って」と聞き矢木が「もちろん覚えてるよ、三井さんと、川崎さんでしょ。まぁでも僕そんなに人と仲良くなる気ないから(キッパリ)。」こいつやば、とドン引きした気がします。しかし、なんやかんやシーズンアウトしてからは矢木が丸くなったこともあり(←実際はどうかわからない)どんどん距離が縮まった気がします。特にOBOG会の2次会で。ここらへんからひろかずのキモさが露呈し始めます。深い自己開示を経たことで、春休みにはみんなで沖縄にフルマラソンを走りに行ったり、全体合宿に参加せず今は亡きイトリーイトで爆食したりするくらいの仲になりました。たぶん1年の秋まで部活終わりにご飯にいくとかはなかったような?何か覚えていることがある人はこの後のブログに書いてください。いつ頃だったかは忘れましたが、梁さんと矢木の陸上話をビッグボーイで3時間くらい聞いた会がありました。ここで陸上にかける熱量に圧倒され刺激を受けた気がします。ここら辺が梁パート?の始まり?か。冬季ではポン君と和知君のせいで僕たちの同期の一人が辞めるといった事態も発生しましたね泣。

 2年生になってからは絶不調で県戦、春イン2週連続で3ファーをします。ここらへんの記憶はあんまないです。春インの日にポン君が「やりの撮影はヴーヴが行くよ」となぜか全体LINEに送ったことで、ヴーヴという(汚)名が広まりました。(ヴーヴ呼びを始めたのはさとぼぉで、原付がヴーヴーと爆音でうるさいことが由来です。決して小太りで子豚みたいということが由来ではありません)また、授業では経済の専攻科目がはじまり、おもんなさ過ぎるのと学歴コンプを発症し、授業開始3日目にして不登校になりました。春イン終わったらさすがに行くわ!と言いながら結局40連休くらいしたんでしょうか。でもなぜか部活は毎回行ってたし、なんなら本来授業のある時間に矢木・あつまさと上のグラウンドで練習したり、梁さんとジムでウエイトしたりしていていました。このころは部活に行くたびに誰かが「今日は学校行けたん?」と聞き、自分が「ん、行けんかった。」と答え、爆笑というくだりをずっとしていた気がします。これが良くなかった。また陸上部に関するやらかしでいえば九大祭ですね。九大祭企画係に任命されたものの期限ギリギリに申し込んでしまい、20組のキャンセル待ち、結局枠が回ってこず、九大祭の出店の伝統はこの年を境に消えました。下手にアンケートなんかせず、企画案は二郎で提出しておくべきでした、反省しています。この場を借りて謝罪します。そんな感じで前期は部活に全ブッパしており、「ボクは単位取れなくても七大戦で結果残すんだい!」と意気込み、豊橋での七大戦は砲丸円盤ハンマーやりの4種目にエントリーしました。しかし、去年6位入賞で調子に乗っていたのか、はたまたケチって夜行バスで移動したせいか、はたまた前日に矢場とん当日朝にファミマの二郎をかちこんだせいか、はたまたにゃんにゃんでパラダイスできなかったせいか、原因は不明なのですが、ハンマーは3ファー、円盤は決勝に進出するも得点に届かず、やり砲丸は箸にも棒にも掛からず、0得点で終えてしまいます。さとぼぉとポン君の最後の跳躍は感動的だったそうですが、自分は競技に出っぱなしで最後の雄姿を見届けられませんでした。梁くんとは種目が全被りだったので見届けることができました。テントでアイスボックスをかちこんで他大の人と乾杯したり、円盤では圧倒的差で優勝したり、ユニフォームを破ったり、表彰台でツイ廃にしか伝わらないピグレットポーズをしたりとやりたい放題でした。ありゃすげえわ。この年の七大はあまりいい思い出がない一方で、決勝の選手紹介を初めてできたり、高校の投擲の後輩である五嶋さんが東北大にいったことで、東北大の人と少しばかり仲良くなったり、レセプションで他大の人とのつながりができたのはよかったです。七大打ち上げは台風で中止となり、しょっぴーの家で史上最悪な飲み会をしていた一方、さとぼぉ宅では青春が繰り広げられていたようですね。うらやましい。夏休みからは調子を取り戻し、ハンマーでベストを更新、地元の大会で久しぶりに表彰台に立てました。この年から京大合宿にも参加するようになりました。僕もあつまさも陰キャすぎて全然なじめませんでしたが、2時間並んだ池田屋は格別でした。(抹茶パフェの迎え舌はきもすぎるのでやめてください)この年のCSも結構印象に残っており、矢木が2年ぶりのベストタイを出し、号泣していたのをよく覚えています。泣くほど陸上に打ち込んでいることに感銘を受けましたが、思い出してみると七大前日もひつまぶし食べながら泣き出すし、島原駅伝の打ち上げでも駅伝に関係ないことを思い出して急に泣き出すし、こいつ涙もろいだけやんとなりました。最近は矢木のやっすい涙を見ていないので今年の七大でそろそろ見たいですね。2年生になってからはプライベートでも陸部の人といろいろやることが多かった気がします。富士山も登ったし、2年生主催の‘伝統’のBBQも始まったし、CS後の梁飲みは最悪で最高だったし、佐賀国体ドライブもしたし、別府旅行も行ったし、キャッツでオールしてそのままCTをしたこともあったし、体育会対抗綱引きで2位になったし、同期飲みもいっぱいしましたね。この年の冬季は前年の反省を生かし、ウエイトのプログラムを購入し、BIG3が100キロ伸び、身体的な土台が完成しました。

 3年生はシーズンインから調子がよく、県戦では6位になり北陸選手権出場権獲得。春インでは円盤ベストで決勝進出。フィールドの多くの選手がベストタイやベスト更新をしており、かなりアツかった。夏インではハンマーベスト、当初は3年以上が自分だけでシャバいかと思ったが行ってみたらガキの相手はかなり楽しかった。BIG3、500キロを達成できたのもデカかった。北海道の七大戦はちゅちちのPB更新、ラーおじのUB更新に始まり、和知君のPB更新+決勝進出、れんくんの10秒台と幅優勝等4年生の最後の姿がくそかっこよかった。ハンマー円盤やりに出場し、やりは久しぶりにベストを更新、ハンマーと円盤では計4点稼ぐことができました。七大の知り合いも増え、過去最高に楽しかったです。1個上の先輩たちの雄姿に刺激を受け、残り1年の陸上ライフを頑張ろうと思いました。その一方で夏以降の試合では思うように伸びず、新人戦のハンマーでは大学ワースト記録をたたき出します。また12月に出たパワーリフティングの大会では日本グランプリの標準に5キロ届かず萎えます。年明けにはさすがに卒業要件がまずいとなり、経験したことのない量のレポートとテストをこなし、半期で37単位取得しました。春休み最初の強化練習は集中講義のため出れず、長崎での春合宿は初日に発熱インフル感染で途中帰宅、といった感じで春休みに部活に行った記憶がほとんどありません。こんな感じで3年シーズンは後半からどんどんと部活のモチベが下がっていきます。山口夏合宿や2回目の京大合宿、宮崎旅行、リベンジ沖縄旅行、弾丸台湾旅行などは同期や後輩たちのおかげで楽しかったです。

 4年になってからは就活に卒論、航空大の受験勉強も重なり、引退まで駆け抜けたいという思いとは裏腹に、部活にかける熱量はさらに小さくなっていきました。そんな中、浅野が6ファーしたでおなじみの記録会では、ハンマー投げでセカンドベストを記録したことで、今シーズンまだ捨てたもんじゃないなと持ち直します。が、その後の県選、春イン、夏インは天候と体調に恵まれず、今シーズンはまだ納得のいく結果が出ていません。

 

 消極的な理由でヌルっと始まった大学陸上は、これといった大きな目標はなく、ゆるゆると続けてきました。対抗戦で入賞したり、西カレや全カレといった大きな舞台で活躍したりするチームメイトに憧れたこともありましたが、高校のころほど陸上に注ぐ熱量はありませんでした。七大戦は投擲の選手層が薄く、僕くらいの記録でも勝負してイキれるので、毎年この時期は陸上のモチベが高くなり、それ以降はモチベ低下といった繰り返しでした。フィールド同期はみんな高いところを見ていて、陸上にかける熱が高く、忙しくても年中練習している人達ばかりで、彼ら彼女らと比べて、自分は、、、と落ち込んだことも、、、うーん、、別にないな笑。のんびり陸上ライフという距離感が大学生の僕にはちょうどよかったのかもしれません。ほぼ横ばいですが毎シーズンわずかにPBを更新できましたし。記録も大したことはなく、九州の試合では共立福大鹿屋におびえ、地元の大会に出てもギリ決勝に残れるくらいで、情けないと落ち込んだこともありましたが、不思議と陸上辞めたいと思ったことはありませんでした。まぁ陸上に捧げる熱量が多くないってのはあると思いますが、大部分はフィールドパートのおかげです。先輩方から受け継がれてきた居心地のいい場所で、何かあってもとりあえず部活行くか―となってました。僕のカスエピソードトークをすればみんなが笑ってくれて楽しかったです。後輩たちはブログで「元気もらえました」と結構書いてくれましたが、元気をもらっていたのは僕の方です。こちらこそありがとうございました。部活に行けばみんなが真剣に練習していたので、不思議とやる気が湧いてきて練習できました。おそらく(特にこの1年は)部活の時間には見苦しい姿ばかりお見せしましたが、フィールドにいさせてくれてありがとうございました。多分ほかの体育会とかほかの大学だったら迫害されてました。後輩たちには、先輩としていい姿を見せられてはいなかったと思うけど、部活のモチベが下がったりして自己嫌悪に陥った際には「まぁあの先輩よりかはマシか」と思ってもらえれば幸いです。うネキが「後輩から好かれている」と書いてくれましたが、それは主将の矢木、女子主将のみちぃさん、副将のあつまさ、(P長のひろかず)等役職持ちの同期たちが先輩として嫌われ役を買ってくれていたからです。冬季には自分がガキ過ぎるとミライザカでみんなに説教されたこともありましたね。あの時は背筋がシャキッとしましたが、今はまたガキたちの悪ノリに乗ってしまっています。すみません。なんか謝ることがいっぱいある気がしてきたのでこの場を借りて何人かに謝罪したいと思います。

みちぃさん

「三井さんの全盛期は1,2年生」とかいってごめん。あのころ対校戦で一番結果を残していたのは三井さんだったという意味です。誤解です。1,2年生がまだみたことない三井さんの輝きを最後に七大戦で見せましょう。やるぞ。

矢木

去年の国スポ選考NMだった時に、ストーリーに「くそわろた」とか送ってごめん。俺のNMとは重みが違うのに茶化すようなことしてごめん。七大は「くそわろた」って言わないようにするし、言われない記録出してください。

あつまさ

忙しいぶってるとか言ってごめん。幹部の業務とか研究で本当に忙しいのに。全部獲ろう。

うネキ

黒いって言ってごめん。全然ひろかずの方が黒い。

ひろかず

ロリコンとか言って不穏な空気にしてごめん。1年のマネに藤井さんに似ている子がいるってニヤニヤしてたことはブログには書かないよう気を付ける。

たくみち

バイト終わり二郎行こうって誘ったのに、先に天元突破食べちゃって腹いっぱいだからやめようって言ってごめん。次は空腹で行きます。

あさの

体ヌルヌルって言ってごめん。アルコール消毒してるからきれいだよ。

大月

人数合わせとか言ってごめん。俺は飲み会するなら1番に誘うよ。

土井ちゃん

あつまさが「デ〇」って言ってごめん。代わりに謝ります。

まおちゃん

ヴーヴの称号引き継がせてあげるとか言ってごめん。まおちゃんはヴーヴじゃない。

とりあえず、謝罪はこのくらいにしときましょう。まだ謝られてないんだけど!?って人いたら水曜の部活の時にでも言ってください。えっせいが代わりに謝ります。

 このままうネキのようにみんなにメッセージでも書こうかと思いましたが、うネキほど人脈はないのでやめときます。あと普通に文字に残るのが恥ずかしいので。七大戦終わりの集合か打ち上げの時にでも直接伝えます。たぶん感極まっとる時か酔ってる時しか言えないので。ここでは学年ごとにまとめて軽くね。

1年生

自分がインキャすぎるのであまり関わることができませんでした。あと4か月くらいあれば仲良くなれた気がします。13人もいてそれでいてみんな仲がよさそうで見習うべき存在でした。今年の七大戦は福岡開催、OP種目なしで例年とは違い、応援だけの人も多いと思いますが、楽しみにしててください。俺たちの姿しっかり見とけや。

2年生

実力者ぞろいで今後の活躍が楽しみです。九大陸上部100代目にふさわしい世代。不仲説もありますが、何気に入部当初から誰も欠けていないのでこの先も何とかなるだろう。代交代後にはそれぞれ役職につき、クソガキではなくなってしまうのかなぁというさみしさも残ります。

3年生

4年生みんなが忙しくなってから部活後一緒にごはんにいくことが多くなった気がします。仲良くしてくれてありがとう。来年は同期やな!と調子乗ってるやつもいますが、あんま舐めんなよ?卒業できるよう今後もお手伝いよろしくお願いします。代交代後はおれやあつまさがいなくなってさみしくなるだろうけど頑張って。4年生が残した悪しき伝統を正してさらに良いパートになること期待してます。

4年生

まずは、4年間ありがとう。種目もバラバラ性格もバラバラでありながら、陸上の優先度はみんな高い方で、結構いいバランスで成り立っていたんじゃないでしょうか。まだまだ忙しいと思うので、夏休みか年末か年度末かどこかで、久しぶりにみんなでまたゆっくり飲みに行きましょう。その前に七大戦では大暴れしような。よき仲間でありながら、種目は違えどライバルだと思っているので、最後の七大戦、誰が1番みんなの記憶にのこる跳躍・投擲をできるか勝負や!

先輩方

たくさん可愛がってくれてありがとうございました。結果でお返しします。何人かは現地まで見に来てくれるようで嬉しいです。僕が出るハンマーと円盤は金曜の夕方から、平和台で開催なので場所と日時間違えないよう気を付けてください。僕は土日競技ないし、土曜はナイター開催なので金曜競技終わったら飲みに連れてってください!天神近いし。

高校陸上部のみんな

このブログを読んでいるかはわかりませんが、タカ陸に入ったことは人生のターニングポイントでした。みんなとの楽しい思い出がなければ今でも陸上をしているなんてことはなかったでしょう。本当に感謝しています。帰省した際にはまた飲みに行こう。今度こそえっちーごと。大学でも陸上を続けている人たちについては、たまに情報を耳にして元気もらってました。特に今年は三上くんの関カレ、きさきの主務就任やPB(けいたは!??)、さっちゃんのPBには勇気をもらいました。お互いラストシーズンだと思うので、それぞれの地で頑張りましょう。

 

 いよいよ今週末は最後の七大戦。今年は専門種目のハンマー投げと円盤投げに出場します。金曜開催、平和台開催はうーんと思いましたが、どんな形であれ公認記録が残る形で開催にこぎつけてくれた幹部の皆さんや学連の皆さんには感謝しています。平和台も地下鉄ですぐでテスト後に行きやすいし、なにより金曜は投擲のみの開催で応援を独り占めできるのがうれしいです。

 3年前、梁くんと自分の2人だけ(時々松本先輩or姉川先輩or躁あつまさ)で練習していたイースト練も、今となってはあつまさ、央介、あーはた(毎日いる)、颯さん(ほぼいない)、しょうじろう(最近いない)、川久保、徳丸と8人もいてずいぶん大きくなぁと思います。去年は初めて男女ともに対校枠を埋めることができ、今年はトライアルまで開催されるようになりました。東京で感じた寂しさはもうなく、心強さしかありません。僕が出場するハンマー円盤に関しては、九大全員決勝に進める実力があると思ってます。平和台を「朱」に、間違えた、「赤」に染めよう。

さて、僕はまだ大学陸上で何の称号も得られていません。最後に得たい称号は4つ。

1,「七大戦表彰台」

2,「九大十傑」

3,「毎シーズン自己ベスト更新」

4,「創部史上初の総合3位」

東京七大戦終わりに来年は乗れるだろうと思っていたハンマーの表彰台も未だに乗れていないし、すぐに名前を刻めると思っていた十傑にもまだ届いていないし、両種目とも今シーズンはまだベストを出せていない。これは自惚れているかもしれませんが、男子の総合順位には自分がキーマンになってくると思うので少しでも多くの点を持ち帰ってくるよ。そのためにハンマーは41m、円盤は35m投げる。3年前、すぐに達成できるだろうと思って立てたこの目標も4年になった今でも達成できていない。あの日、レセプション後に当時主将だった佐久間さんが、3年後は福岡開催ということを教えてくれました。そこからずっと待ちわびた舞台。大学でも陸上を続けようと思えた大会。陸上最後にこんなにもふさわしい場所はない。

正直、今年はあまり練習できていないし、テスト多くて試合どころじゃないし、上記4うち1つでも達成できれば万々歳だし、3ファーしたらそれはそれで俺らしい終わり方だとも思う。それでもみんなが言ってくれたように、俺には最後の最後にまくる力、土壇場で耐える力が誰よりもあるって思ってます。だから、起こるべき奇跡を信じて。

応援よろしくお願いします。最初にprize winnerになるのは俺だ。

七大戦まであと4日。

次は副将、高木淳匡。

今日は2026年7月12日の日曜日。

ようやく重い腰を上げ、ブログを書き始めました。

今年のフィールドパート4年生は主将に女子主将、副将、フィールドパート長(首相)に投擲パート長と役職持ちばかりで、唯一の平部員の私は早めにブログを提出しないといけないと思われる中、ここまで書く気がおきなかったのは、毎日わりとある授業と火木金のバイトとまんまる、ゼミの準備に試験勉強、レポート、それに加えて七大戦の準備。みんなの想像とは裏腹わりと忙しいせいといえばそれもあるのですが、それ以上にブログを書くということは七大戦がもう間近、そして私の陸上生活の終わりの近づきを思い知らされるからなのかもしれません。

中学から始めて随分とのめり込んでしまった陸上ですが、もう終わりなのかと思うととてもあっけないですね。よく引退したら何して過ごすか聞かれますがほんとうに自分でもわかりません。でもまあきっと暇なのが嫌いな私なので、トライで夜は埋め尽くし、みんなが部活をしている水土でスタートアップへ行き、ゼミに追われ、余計にとった授業に追われてあっというまに卒業。たぶんそんな感じなんだと思います。あ、もちろんみんなの試合結果追ったり、練習日誌見たりは欠かさずします。

さて、私の引退試合となる今年の七大戦は九大主管であり、博多の森陸上競技場で開催されます。

大学生の今はだいぶ慣れ親しんだ会場ですが、福岡の中でも北部の方出身の私のホーム競技場は博多の森ではなく本城陸上競技場、もしくは鞘ヶ谷陸上競技場でした。

博多の森で出場するためには地区予選を勝ち上がり、県大会まで進まないといけませんでした。

中学生のとき、応援で初めて博多の森を訪れたときのことは今でも覚えています。

まずは競技場の大きさに驚き、サブトラに感動し、室内練習場に憧れました。残念ながら中学では県大会にいける実力はなく、高校一年生に出場したリモート陸上で念願、憧れの初めての博多の森、しかしここでは140が跳べずノーマーク。初めて博多の森で記録を残したのは新人戦県大会、記録は1m40でした。

その後、高校時代の博多の森では145と150を繰り返し、迎えた3年インターハイ福岡県予選。自己ベスト更新155で北部九州に勝ち上がれるとかなり意気込んで迎えましたが、結果はまさかの高校ワースト1m35。自分でもまじめだと思う私ですが、次の日はなんとなく気が乗らず初めて学校をさぼり、文化祭に行きませんでした。今思うと記録もですが、まだ続くかもしれなかった高校での陸上があっけなく終わってしまったことに対するやるせなさだったのだと思います。

大学での博多の森初戦は朝日記録会。このあたりから1m50常連になりました。ですが県選では最初から1m50を跳ばなければならなく、なかなか記録を残すことができず。

大学3年生の県選でようやく初めて記録を残すことができ、その勢いのまま2週間後の4年ぶりの自己ベスト更新を果たすことができました。

そして最後の七大戦はもうすぐです。

中学最後では出場もかなわなかった博多の森

高校最後では高校ワースト記録で終わった博多の森

大学最後、そして人生最後の試合をその博多の森でむかえることができる、これは有終の美を飾る最高のチャンスです。なんとしてでも自己ベスト更新。そうすれば念願の九大記録更新、そしてずっと目標としていた七大戦優勝も見えてきます。

これまでたくさんの人に支えられてきました。そしてありがたいことにその人たちは現地へ応援にかけつけてくれます。ライブ配信で応援すると言ってくれた高校時代のチームメイトもいます。その人たちにかっこいい姿を見せて終わる、それが私の何よりの目標です。

ここからはメッセージパートに入ります。

直接伝えるのはあまり得意なのでこのブログをいい機会にしようと思います。

順番に迷ったので学年別のあいうえお順です。

よかったら自分のところだけでも読んでくれると嬉しいです。

まずは1年生+吉田くん。

今年は去年を超えてもっとたくさんの人数が入ってきてくれました。

2,3年生も書いているように今年の1年生は格段に全員仲が良く微笑ましい(?)限りです。

2個下は孫みたいな感情とどこかに書いたか誰かに話したかもしれませんが、3個下ともなると逆にこちらから話しかけていいのかと怖気付いてしまっていました。

もっともっと話せればよかったです。

今井りりなちゃん

一年生女子二人目として練習の見学に来てくれて、今年は二人女子部員が入ってくれるのかとうれしかったです。短距離と迷いながらも、フィールドの練習にも参加してくれてとてもうれしかったです。高校期間のブランクを感じさせないほどの走りっぷりには驚かされたし、りりなちゃんの走るフォームはすごくかっこよくてずっと見ていられます。棒高跳びもぜひ見てみたいな。それと中学生のときに習ったものなのか、自分なりのドリルや補強をコツコツしているのを見て、これからもっと強くなるとかなり期待しています。

気さくに話しかけてくれて、うれしかったです。一年生たちでいろんなものを食べに行く約束があるみたいでかなりうらやましいので、私たちともぜひ行ってくれるとうれしいな。

七大戦では対校選手として100m、400m、リレーに出場するね。一年生ながらエース級の出場ぶりです。一年目、久しぶりの試合をとにかく楽しんでくれると嬉しいです。

柏原りおくん

小倉高校出身ということで親しみを感じました。中学校も私の知っている学校で、顧問の先生も知っていたからその話もできたのは楽しかったよ。また打ち上げとかで北九州メンバー、福岡メンバーで思い出語りしようね。

幅は助走とバネを生かして、軽い踏切でポーンと跳ぶ印象でした。幅跳びは層が厚くて対校枠争いは大変だけど、逆に教え合える人がたくさんいるととらえて記録を伸ばしていってね!

上村かいりくん

高跳びパートがまた増えたのが嬉しかったです。

初めて坂元くんが連れてきた日は子分かのようだったのがおもしろかったです。

あとからわかったことですがまさかの数学科。坂元くんもっと早く教えてほしかったよ。数学科の先生の話とかできて楽しかったです。

練習では動画を何度も何度も見返して自分の跳躍を振り返っている姿が印象的でした。かいりくんの強みはパワーとアドバイスを実際に動きにうつせる力だと思います。タイミングを意識してとか、リード足を引き上げてとか言われたら次の跳躍ではちゃんと変わっていて、それはかなり大事な力だと思います。惜しい!!という跳躍が何度もあったので、七大戦では試合バフがかかってきっと跳べるはず。頼もしい先輩たちが一緒にいるので、たくさん頼ってね。

あまりうまくアドバイスできなくて申し訳なかったけどリード足をがつんと引き上げるのだけ意識して思いっきり跳んでね!自己ベスト期待してます!

川上ふうまくん

福岡県選のとき審判にきた川上くんとお話したと思うんだけど、そんな記憶はないと話していたようなことを聞きました(!?)フィールドの中では個性のうすい存在なのでしょうがないか。約3か月一緒に練習した今なら部活外で会っても気づいてくれるでしょうか。

あまり部活のとき話しかけられなかったのですが、立ち姿がきれいで走りも跳躍もきれいというのが私の印象です。怪我に悩まされてしまうことが多かったようだけど、今できることをひたむきに取り組むことができていると思うので、

NOPEチャーシューの話、詳しく聞きたいのでぜひ七大戦打ち上げとかの話のネタに待ってます。

川久保龍成くん

グラウンドガイダンスで130kg超がきたときいてどんなでかい子がくるのかわくわくしていました。

初めて会ったときは私の想像よりは小さく、態度(?)も控えめだった印象です。

でも、部活に慣れてきた今では1年生のお笑い担当。いいキャラですごくこちらも楽しませてもらっています。

たまに見せる全力五段跳びや全力ハードルにはひやひやさせられながらも、想像以上の身体能力には毎度驚かされていました。

1年生から対校選手。初日の投擲みんなをびびらせてやりましょう。

かなみちゃん

フィールドのインスタを入部前にフォローしてくれていて、大変申し訳ないのですがうちのフィールドパートのネトストたちが記録を調べていました。

151を跳ぶ子が入ってくるかもしれない。高跳び女子パートが増える嬉しさとちょっと、いやかなり枠争いに対するもやもやがありました。それでも入部したばかりのころから、明るくいつもにこにこ話してくれてかわいい後輩が増えて嬉しかったです。

聞けばロングスプリント派でやっぱり高跳び女子ってそうなのかなと思いました笑マイルとか一緒に出たかったなぁ。

専門練習のとき、積極的にアドバイスをもらう姿から向上心がすごく伝わってきてこれからどんどん伸びそうだなと思っていました。かなみちゃんは私がずっと苦労してきた遠くで踏み切るということがすでにできていてすごいなと思います。遠い踏切でも跳躍が崩れることなく、かなみちゃんの跳躍は誰が見てもきれいだというと思います。

ブログを読んでも高跳びが好きなことが伝わってきて、そんな子が九大陸上部の高跳びパートにいるとこれからも安心です。どんどん記録更新して新しいマットとか買ってもらおうね。

七大戦は最後をしめるリレーのアンカー。念願のリレーを楽しんで、フィールド四継記録を更新してね!!

佐藤くん

フィールドでは珍しい(知るところ初)の建築学科で忙しくなかなか部活で会う機会も少ない上に砂場とマットで遠くほとんど話してなかったせいで、千葉から来た子というのが1番の印象になってしまっています。

ある日の部活で佐藤くんの下の名前ってなんなんだと1年生たちが話していて、もしかしてさとうは下の名前なんじゃないか言っていたのがツボでした(本人とのエピソードではなくてごめん)鈴木さとうとかだったら面白いよねみたいなこと言ってたのも面白かったです

それとブログで知りましたが、健康志向が趣味とのこと。オカルト系はまったく気が合いませんが、私も食事を細かく記録するのが好きで、それもかなり厳密にしたい派なのでこっちは気が合うかもです。もし、話す機会があって話題に困ったらこれについて語りましょう。

田中りくとくん

先輩たちがかわいがっているという噂をききました

特に木下くんかな?同じ三段跳の先輩としてこれからもたくさん頼っていいと思います

私としては残念ながらあんまり話すことができなかったけど、ブログを読む限りさすがフィールドパート、ユーモアたっぷりな子なんだなと思いました

13m板がまずは壁になると思うけど、みんな命をかけて跳んで乗り越えてきたので、強い気持ちをもって思いっきり跳んでみよう。

素人ながら動きうまく見えるのでいけると思います!!

大学初戦楽しみにしてます

徳丸大地くん

初めて公開練習に来てから見かけなくなって、次に見かけたのはトレ室でした

一緒にいた友達に、「あの子1回に体験に来た子だと思うんだけど話しかけていいかな」としばらくひそひそしてからあのときは話しかけました。そのときにたぶん入りますみたいなことを言ってくれて嬉しかったです

そのあともちょくちょくトレ室で遭遇することもありましたが、始めのころは重い重量を見知らぬ人に囲まれて持ち上げているのを、こちらも知り合い程度でながめるくらいでした今では部活で福岡話などなど話せてちょっとは仲良くなれて嬉しかったです

高校では走る練習がなかったみたいだけど、冬期は楽しい楽しいロングも待っています

お楽しみにね

水田あつひさくん

みんながするハードルジャンプの間隔は狭すぎるとぼやいていたのが何より印象的です。(全然嫌味と思ってないよ)あのときは素直にそんな広さでできるのかとすごいなと思いました。きっと重心移動がうまいのかな。私は上にしか跳べないので、本当にすごいと思います(本当に)

かわりにクリーン褒めてくれたの嬉しかったよ。おすすめはヒップクリーンとか1回股関節まで引いて止めてクリーンするのを練習してみることです。研究熱心な水田くんなのでうまくなると思います。

幅跳びもその重心移動のうまさを生かして記録の伸びが期待できそうです。がんばれ!

矢木翔太朗くん

去年矢木くんの弟がもしかしたら入学してくるかもしれない、と聞いた時はどんな子が来るのだろうかとちょっとの恐れと好奇心でいっぱいでした

1年間それを引き伸ばしてようやく入部、どんな子かと思っていたら第一印象は兄よりフレンドリーでした。でもやっぱり仕草似ているところが多々あってその度に兄弟だなーと感じさせられました。

昨日はあの種目とこの種目、今日の午前はあれをして、いま砲丸の練習が終わったのでハードル行ってきますと聞いたときは、十種競技をする人ってこんなにすごいのかと驚かされました。また十種競技もでたりするかな?器用な翔太朗くんならどの種目も伸びそうで楽しみです。

七大戦、同じハードル選手としてがんばろうね。参考にします!笑

八尋だいきくん

まずは学連に入ってくれてありがとう。入ると決まってすぐに駅伝選考会で働いてくれて、そのときにいろいろお話できたのが嬉しかったです。同じフィールドの子が学連に入ってくれて、申し訳なさのようなものも感じながらもすごく嬉しかったです。部活はもう引退だけど学連のお仕事はもうちょっと残っているので一緒にがんばろうね😢

それとたくさんいる中から勝ち取った幅跳びの対校枠。八尋くんは助走スピードが速いうえに踏み切りでも崩れることなく丁寧な空中動作もできるという印象です。きっとこれまでたくさん練習してきたんだなぁと感じます。

七大戦では、フィールドの中で誰よりも慣れ親しんだ博多の森で跳ぶ姿を楽しみにしています!

湯尾こうたろうくん

1年生ながら毎日の練習日記が続いていてすごいなぁと感心しています。投稿の最後にどこかの先輩と同じようにADが書かれているのまで、いつもしっかり読ませてもらってます。今年は砂場、マット組でメニューがちがうことが多いので、砂場組の練習風景を見れるのも楽しみにしています。あ、もちろん1年生の練習後のご飯とかも見て癒されてます。

部活を引退してからも湯尾くんの練習垢からみんなの部活の様子、お出かけの様子が見れるのが楽しみです。

トライアルでは追い込まれた状況から記録を伸ばし、勝負強さも見えました。七大戦はもし出場することになったらその勝負強さを発揮できるように祈ってます!

吉田くん

三年次編入でフィールドに高幅三段のマルチプレイヤーが入ってくるときいて楽しみにしていました。背が高くて、それを生かした大きな動きから繰り出されるジャンプは最強そうです。

高跳びも一緒に練習する機会があればよかったなぁ。

ちょうど吉田くんのブログが上がった日、イーストですれ違い無事生存確認ができ安心しました。見たことある人とすれ違ったかもくらいに気づいたかな?

暑いなんて言ってないで部活においで!特に3年生たちが待っています。

次に2年生(+胡さん)

中高のころは2個下と一緒に過ごす時間は短く関わりもあんまりなかったですが、大学は4年間あるということでみんなと1年ちょっと一緒に部活をすることができました。

孫のように理由もなくかわいい後輩たちでした。

大畑くん

すごくやんちゃな少年がやってきたというのが第1印象。そしてそれは変わることなく今でもいい意味で子どもらしく純粋に陸上を楽しむ姿がすごくいいなと思います。

何事も出し惜しみせず全力でやる姿はすごいなといつも驚いていました。この前の練習では昼からずっと投げててもう80投くらいいってると思いますと聞いたときはたまげました笑円盤に憧れて鍋敷きを投げてたエピソードも好きです。それほどまでに誰よりも投げることが好きな大畑くんのこれからの成長もすごく楽しみです。

大畑くんの笑い声がすきで、聞くとこちらもつられて笑ってしまいました。これからもひやひやはらはらする全力ハードルとか五段跳び、そして大畑くんの笑い声で投擲パートといわず、フィールド全体を明るくし続けてくれると嬉しいです。

今年の七大戦では円盤とハンマー、山崎くんと同じ種目ということは、フィールドのムードメーカー山崎の後継者ということだ。どちらも一日目で観客を独占できるし、私はおそらく投擲の補助員をするので間近ですごく応援しています!

片山くん

最近はなかなか部活に来なくなってしまったせいで、久しぶりに部活に来ている片山くんを見かけると、お!とちょっと嬉しくなってしまっていました笑

部活来ないでなにをしているんだ、もう4年生は残り少ないんだから遊びにでもいいから来なさいといいたいところです

まおちゃんの家に押しかけてきてyogiboでくつろいで、ご飯をご馳走になったあの日。桃鉄はすごく楽しかったです。ウイレレか何か知らないけどまたあの選手たちがどうなってるか見せてね。

七大戦は怪我でどうなるか気になるところだけど、もし出場することになったら大暴れしてこようね。春イン3回目でエイトに入って、エイトラインのとこに指さしときましたなんて調子のいいことを言いながら、また宣言通りさらに記録を伸ばした片山くん、新人戦で食事をあんまりとらず体重を減らしていい記録を出した片山くん。今回はどんな技を見せてくれるのか楽しみです。

まおちゃん

最初のLINEのことは全然覚えてなかったので、そんなことまで覚えてくれていたのが嬉しかったです。

私にとってはむしろ逆で後輩のまおちゃんのほうからたくさん話しかけてくれて、すごく話しやすい関係になれたと思ってた!まおちゃんは誰よりもアクティブで、体験したことをたくさんお話してくれるのが楽しかったです

実は?1人では非アクティブな私にとってたくさんアクティブに誘ってくれてすごく嬉しかったです。チャリチャリ事件のときはほんとにご迷惑をおかけしました笑実はあれはまおちゃんを初ご飯に誘うための作戦の一部で、これは天然ではなく人工的な罠でした。あのときはありがとね。それから遊びの計画や飲み会の計画まで立ててくれて、まおちゃんのおかげでたくさん楽しい思い出が増えました。

山登りパートにも参加してくれたね。初回の謎メン、第2回も謎メンだったけどまおちゃんのおかげで会話も絶えず、楽しい時間でした。ぜひぜひまた登ろうね。

部活ではいうほど知識のない私に走りや練習メニュー、ウエイトに関して相談してきてくれて、少しでも頼りにしてもらっていることがとても嬉しかったです。まおちゃんがよんでくれればきつい坂ものぼってトレ室行きます。

今年も安定した実力で幅跳びの対校枠を勝ち取ってさすがだなと思います。去年のまおちゃんは期待の新人で、その中でも思いっきり試合を楽しんでいて輝いて見えました。手拍子を求める姿、エイトの紹介、かっこよかったです。去年より足も速くなって、動きも洗練されて今年は先輩として頼もしさも加わって、さらにかっこよく、力強く戦うまおちゃんの姿を見るのをたのしみにしています!

胡さん

いつフィールドにやってきたか思い出せないくらい気づいたらフィールドにいて、みんなになじんでいました。

ちょくちょくLINEでなにか聞いてきてくれて勝手に仲良く思っていました。胡さんの送ってくる独特な日本語のLINEやスタンプもすごく好きでした。わざわざDuolingoの新しいアカウントまで作ってフレンドになってくれたのも嬉しかったです。これからもDuolingoでつながっていましょう。

専門練習のときは中国語をいくつか習いました。ハオチー(おいしい)とクールー(コーラ)だけしっかり覚えています。引退したらDuolingoで中国語のお勉強にもっと精をだして取り組もうと思います。高跳びに関しては胡さんのバネはえげつないほどで、あの助走軌道から繰り出されるあのジャンプにはいつも惚れ惚れしていました。ノートにメモしているのも胡さんならではですね^^あのガッツポーズも好きです。これからもうそれを見ることができないのはさみしいですが、胡さんのインスタ楽しみにしてます!

坂元くん

同じ高跳びパートのはずなのに練習を一緒にすることはなかなか少なかった気が!?

去年の新人戦、引退を撤回したと聞いたと私は遅れてききましたが、とても嬉しかったです。バスでは歓声があがったそうですね笑

高跳びの練習中は、暑いとか花粉がやばいとかで寝転がったりすることも多々あったけど、よしやるぞと急に気合をいれて跳びだして助走中の真剣なまなざしは、やっぱり高跳び選手なのだなと思わされました。坂元くんの助走は内傾がうまくて、そこからリードアームで体をリードする跳躍はとてもきれいです。2m跳んだらすごいかっこいいね。坂元くんならいけると信じてます。そして2m跳んでもまだなんだかんだ陸上を続けてもっと上を目指してくれるとも信じてますよ。高跳びパートみんないい成績残して新しいマットにテントまでいろいろ買ってもらいましょう。

七大戦は朝早いけど気合い入れて根性で跳んでやりましょう。

旬くん

はじめの頃まおちゃんが話しやすい同期で旬くんの名前をあげていて、!?と思いました。あまり喋らない印象だった最初のころでしたが、そんなことはなく部活でもぼそっと話しかけてくれたのが嬉しかったです。ロボットいじりの筆頭は旬くんだった気がしますが、それはそれでおかげでたくさん2年生たちと話せたので感謝しています。

体育総務という四年間もの大変な仕事をすることになって、月曜日の練習は途中でぬけないといけないけどしれっと戻ってきて練習に加わっていていつのまに!?というのが多かったです。9月まではるかちゃんとも仲良くしてね。

さすが矢木パート、普段の練習に加えて自主練も欠かさずこつこつやっていて、そのおかげで助走の組み立てや踏切はかなり洗練されたものになっているように感じます。もちろんペタスはもう誰よりもうまいね。私のはぎりペタスをしているとわかるくらいのレベルなので旬くんにもっと見てもらえばよかったなと後悔です。

この先の試合もしっかり見据えていて、ここまでの積み重ねを発揮できる日がくるのが楽しみです。応援してます。

福添くん

2年前の3月、まだ一般の人は合格発表前の時期にフィールドのインスタアカウントにDMをくれたね。すごく丁寧な口調で、こんな早くに入部を決めた子はどんな子なんだろうかと話していました

初めてきたときはたしか奇抜な色の服に帽子を被っていて、こんなに早く体験にきてるし変な子なのかと思っていました。実際はうーん、やっぱりこんなに陸上に熱中できるのは変な子なんだと思います。

昔の動画をさかのぼっていたら、すごく三段の動きが未経験の私にもわかるくらいうまくなっていて、すごく何度も研究を繰り返したんだなと改めて感じました。今年は県選標準突破、それからPB更新と波にのってきていると思います。その調子で今シーズンは飛躍の年にしましょう。奄美大島の血をもつものとしても応援しています。

増田央介くん

2年生ブログ1番手、まさか突然の4年生へのメッセージにはやられました。すてきならぶれたーをありがとう。

最初の印象はでかいし、同期じゃなくて後輩でよかったと思っていました。でもすぐにお手本のような?後輩に変わり、次第に悪ガキ要素が加わりました。先輩である私のほうがいじられることが多かった気がするけど大きなかわいい後輩でした^^

一年生の七大戦からやり投げで表彰台、砲丸投でも入賞とたくさん活躍してくれました。私がようやく3年生で成し遂げたことを1年生から達成することができていて率直にすごいの一言です。これからもフィールドのエースとしての立場になると思うけど、その安定した実力とたまに見せる子供らしさでみんなの期待を超える投擲をしてくれるのを楽しみにしています。七大戦はやりと髙でかぶってしまい見に行くことはできないけど、最年長高木あつまさが引っ張って、央介くんがそれに乗っかってみんなを沸かせるような投擲をするのをメインのほうで聞き耳をたてておきます。

颯くん

なんかいろいろあったけど今では楽しそうに部活をしていて嬉しい限りです。投擲パートにいい先輩たちがいてよかったです。。

部活では投擲の人たち同士で、動きについて語り合っているのが印象的でした。色んな人の投擲を見て参考にしたり、練習に取り入れたりしていて順調に記録を伸ばすことができていてとてもいいなと思います。目標は高く、アツオビンさんだね。去年の七大戦では初出場の私に砲丸の投げ方を丁寧に教えてくれたね。颯くんのアドバイスは丁寧で伝わりやすかったです。ありがとう。

七大戦では大台の10mとても楽しみにしています。10m投げるという強い気持ちと、ちょっとだけ数学科らしく角度とか意識してみたりして出せる力を出し切りましょう。

3年生

やっぱり一番長い期間過ごしてきた後輩たちだから、一番の思い入れがあります。

合宿も何度も一緒に行ったし、一緒に戦う七大戦も今回で3回目。3年生のみんなに一番かっこいい姿を見せたいのであと少し一緒に頑張ろうね。

初めての大学での後輩ができたと思ったら、もうすでに来年のみんなの集大成もたのしみなくらい頼もしい3年生になってくれました。みんなとたくさんの時間を過ごすことができて本当によかったです。

淺野くん

あさのくんがグラウンドガイダンスのときのことを覚えてくれていたのは驚いたしとても嬉しかったです。私としても後輩第1号で見学にきてくれてとても嬉しかったのを覚えています。改めて陸上部に入ってくれてありがとう。そしてハードルもしながらもフィールドにいてくれてありがとう。

あさのくんとは一緒に山を登ったこともあったし、ホラー映画を見せられそうになったこともありました。わざわざ自転車を走らせて、誘ったらなんだかんだ来てくれて嬉しかったです。サイゼに遊びに来てくれたこともありました。最後のバイトにみんなが来てくれて、サイゼもちょっとはいいなと思えました。一応今は休業中扱いですが、あさのくんたちがまた来てくれるのであれば1回くらいシフトに入ってもいいなと思います。次はテーブルにお料理お持ちしますね。

部活ではひょろひょろの体でもさすがのあさのうきんぶりで、冬期練習も粘りの走りを見せてくれたし、よんぱーでも意地の走りを見せてくれました。そして岡山県選では2ファーで追い込まれたところから3回目の跳躍でPB。速報サイトを見て震えました。七大戦では2本で決めないといけないさらに厳しい戦いになりますが、勝ち取った対校枠、去年を超える跳躍を見せてくれるとうれしいです。その力はきっと備わったはず。高跳びピットから首を長くしてみています。

大月くん

七大戦が終わるともうパート長だね。毎年ちがう色のフィールドパート、大月くんの代はどんなパートになるか楽しみです。最近の部活では大月くんが声をかけるとみんながついてくるのを見かけることもあって、えらそうですが、パート長らしさが出かけているなと思っていました笑みんなが言うことをきかないときは、小学生だと思ってスタートアップのときと同じように大きな声で頑張ってね。森くんと同じで大月くんも優しいので、いい意味でにこやかわいわいなパートになったらいいな。たまにとぼけながらもみんなを導くことができる、そんなパート長になりそうです。春インの審判のときに深い(?)話もしましたが、みんながまずは部活が楽しいと思えるようなパートにしてくれると嬉しいです。大月くんも楽しんでね。スタートアップで会ったときは愚痴でも相談でも自慢話でもなんでも聞くね。

第3回?登山部活動にも参加してくれて、後輩と遊ぶことがあまりないこともあり(同期ともだけど)計画を立てるときからわくわくしていました。次はもっと綿密な計画をたててゆうちゃんも含めて登頂しようね。

七大戦はトライアルで最後意地を見せ、対校選手として今年も幅跳びに出場できることになって、長い間一緒に練習してきた身として嬉しかったです。2回しか跳べないことを逆に下克上のチャンスだと思って、熱い試合を期待しています。

桂くん

部活で桂くんを見かけることがなくなってしまって、正直寂しい気持ちでした。桂くんが元気にやってくれていたらそれでいいのでTwitterでたまには元気な様子見せてね。ちゃんと大月くんも私もツイートチェックしてます。

桂くんは、桂くんのサブ垢を発見してフォローするのが第1号だったり、試合の動画をいつのまにか撮ってくれていてLINEで送ってくれたり、そしてネットミームを教えてもらったり。恋愛相談を一瞬だけ受けたこともあったね(←!?)一番のネッ友後輩でした。おかげで21歳拳とザコbro知れました。ありがとう。

フィールド兼山登りパートの仲間なので、また行きたいと思ってくれれば第4回登山部活動来てくれると嬉しいです。

木下くん

いつかのパートミーティングで木下くんが1年生の冬期にいたことを忘れ去っていてごめんなさい。途中から入部するのは気まずいこともあったかもしれないけど、木下くんがフィールドに来てくれて、一個下の後輩も増えて嬉しかったです。

ブログでは私が毎回みんなのLINEにリアクションしているのに気づいてくれて嬉しかったし、少しでもフィールドの一員としてなにか残せたと思えたのも嬉しかったです。四年生の引退が寂しいと言ってくれたのも嬉しかったし、木下くんのブログにはたくさん嬉しい気持ちになりました。ありがとね。リアクションは央介くんが引き継いでくれるとのことですが、木下くんはというとフィールドSNS係を引き継いでくれるそうですね。いつまでも試合速報をしているとさすがに老害だと思われそうなのでたのみます。ブログ紹介も楽しみにしているね

今はモチベが低いかもしれないけど、跳ぶことでも、みんなとおしゃべりしながらドリルすることでも、走り込みで倒れてみんなで寝転がっているときでも何か一つでも楽しいと思えることがあればいいなと思います。私も競技に対するモチベというより楽しいと思って部活をすることのほうが多かったしそういうものなはず。あまり気負いせずにまずは純粋に部活を楽しんでくれると嬉しいです。もちろん三段も応援してます。

ゆうちゃん

ここまで一緒にゆうちゃんと練習ができて試合に出れて本当に良かったです。ゆうちゃんが陸上部に入ってくれて、ゆうちゃんと一緒に高跳びを頑張れてよかったです。

入部したてのころ、あまり後輩のゆうちゃんに自分からたくさん話しかけることができなくて、寂しい思いをさせてしまってごめんね。大事な後輩にそんな思いをさせてしまってとても後悔しています。そんな私に対しても一緒にいて心強い、何でも話せる先輩だと言ってくれて心から嬉しかったです。ゆうちゃんは私のどんなしょうもない話も楽しそうに聞いてくれて、あまり自分の話をしない私ですが、ゆうちゃんにはたくさんお話ししたくなりました。私にとっても何でも話せる後輩だったよ。

ゆうちゃんとは普段の練習もですが、七大戦や合宿で長い時間を共に過ごしました。特に思い出に残っているのが最後の七大合宿です。周りのレベルの高い人たちにもまれながら二人で隙を見て跳んだり、京大の人にアドバイスをもらおうと奮闘したりゆうちゃんのおかげで三日間心細い思いをせずに楽しく過ごせました。夜は一緒に電気風呂に入っていろいろ語ったり、二人には広すぎる畳のお部屋で仲良く真ん中で寝たりしたね。帰りは一緒に夜行バスで帰って、朝イチの博多駅疲れ切って電車で頑張って帰ったのを覚えています。

普段の練習では、試合前調子がなかなかあがらず、でも試合前ってこんなものだよねといつも言い合っていたような気がします。あのころ135も跳べなかった私たちに比べたら、今の私たちはかなりいいんじゃないか!?それくらいのマインドでいこうね。

マイルや四継も何度も一緒に出てくれてありがとう。四継では頼もしい背中が待っていて、マイルは最後までたれずに頼もしい走りでバトンを持ってきてくれて、ゆうちゃんと何度もバトンをつなげてよかったです。

最後に。ゆうちゃんが試合の度にゆう先輩がいないと跳べませんといってくれて私も泣きそうなくらいすごくすごく嬉しかったよ。私も試合のときに、「跳べます!」って言ってもらっていつも勇気づけられて、ゆうちゃんのおかげで何倍も気合が入りました。後輩にかっこ悪い姿は見せられないと思って、絶対跳んでやろうと思いながら跳んだことも何度もあります。ここまで試合で頑張ってこれたのはゆうちゃんのおかげだと言っても全然過言じゃありません。一緒にここまで高跳びを頑張ってこれたのがゆうちゃんでよかった。

今年の七大戦、私にとって最後の高跳びの試合をもう一度ゆうちゃんと出ることができて、一緒に戦うことができて本当に頼もしいし幸せです。Wゆうで表彰台を目指しますと言ってくれて嬉しかったよ。ゆうちゃんならきっと跳べる、私もゆうちゃんがいるから跳べるそう信じてがんばろうね!

最後に4年生。

同期何人か問題はあったけど、最後の七大戦6人全員が対校選手で出場することが叶い、まずはそれが何より嬉しかったです。無事スタート地点にたてたということで、目指すはかっこよく終わること。かっこよく旅立とうね。

小野くん

ブログ読んでくれてる?1年生のころ一緒に練習した記憶はもう薄くなってしまい悲しいですが、たまに医陸のインスタに小野くんが登場すると小野くんもまだ陸上やってるんだと嬉しくなります。

男子5人ではマラソンをしに沖縄に旅行に行っていたけど、私たち女子はあんまり小野くんのプライベートを知ることができなくて残念です。最後同期みんなで集まって、1年生のときの思い出話とかできたらいいなと思います。もし暇だったら来てね。

みひろちゃん

陸上部のことを気にかけてくれて、ブログを読んでくれたり、試合の結果を追ってくれたり嬉しかったです。誕生日も欠かさずお祝いしてくれてありがとう🎂

1年生のときは女子部員が少なかったけど、恵まれたことに私の代には女子が4人いて一緒に競う仲間がいてたくさん刺激をもらっていました。みひろちゃんはサッカーもやって忙しい中でも走ることが楽しいと言ってくれて、部活に来てくれたことが嬉しかったよ。今では女子は6人に増えてとても賑やかにやっています。みひろちゃんに全員紹介したいし、女子みんなで集まったとしても、みひろちゃんならすぐに仲良くなってわいわいできそうです笑たのしそう

みひろちゃんに良い報告ができるようにがんばるね!

高木くん

髙木くんのせいでフィールドのまとも枠だった私には、非常識、世間知らず人間(ロボットではないです)という印象が広まってしまいました。でも個性あふれるフィールドパートの中で、これといった特徴のない私にキャラ付けをしてくれたのには実は感謝しています。そんな埋もれた個性(?)を発見できるほど、髙木くんはみんなのことをよく見ていてよく理解してくれているんだなと改めて感じました。それに加えてみんなのどんな話題にもついていける守備範囲の広さ、非常識で無知な私からしたらうらやましいかぎりです。

部活中はみんなも言ってるとおり、馬鹿でかい声で応援してみたり、うんちくを話し始めたり。悔しいけど思わず笑ってしまい、思わず笑顔になってしまいました。もうそれも終わりと思うと寂しいので理学部棟にも響き渡るようにこれからもお願いしますね。

髙木くんとの思い出の一つは雷山登山かな。あの雪山登山では運転やらおうちを貸していただいたりでお世話になりました。競馬で4600円負けてぐちぐち言っていたのを覚えています。私の人生の目標のうちの二つ、フルマラソンと富士山登頂を果たした記録をつば九郎にかけて自慢げに飾っていたのが悔しかったのも覚えています。あれの参加者が今幽霊部員と化してしまっているのでまた招集して登りましょう。あ、研究で忙しいか。

最後に、これまでの髙木あつまさの大鬱は有名で、陸上部から消えてしまうんじゃないかと思ったことも何度か。それでも腐ったままでいることなくここまでたどり着きました。春インでみんなの応援の目の前でPBを投げてどこか得意げでにっこにこだったのはすごく印象的だったよ。やっぱり『同期』のPBは嬉しいね。

七大戦では同じ時間にちがう場所で戦うことになるけど、高の途中で「とっちんエイト残ったらしいよ」を聞きたいです。そしてお互い試合が終わった後、得意げでご機嫌な髙木くんから「うねきやるやん」と言ってもらえるように私も頑張ります。最近の練習では、あっちゃん足速くなったんじゃないって言われて得意げになってるんじゃない?あつまささんむきむきになりましたよねと言ってる人もいたし、まあ自分でも一番わかってると思うけど、髙木くんは確実に強くなっています。あとは思いっきり投げるだけ。そしてお得意の大声で叫べばあともう一伸び、二伸びするはず。がんばろうね。

ももえちゃん

ももえちゃんは私にとって本当にかけがえのない存在でした。女子部員が二人しかいなかったときも、ももえちゃんは毎回部活に来てくれるので一緒に競える相手がいました。それは改めて考えると当たり前のことじゃないんだなと思います。

ももえちゃんからすると、日々の走るメニューでは競うほどの相手ではなかったかもしれないけど、私にとってももえちゃんはいつか追いつきたい、そしてたまにでもいいから勝ちたい相手だったので、実はけっこう悔しい思いをしていました笑

100m直接対決さすがに負けてしまうけど、奇跡がおきて一回でも勝ちたかったです笑

そんなももえちゃんが七大戦で四継を走ることは、ちょっとくやしさもあるけど、私がずっと一緒に走ってきた相手が試合の最後を飾るリレーを走るのはちょっと誇らしくもあります。全力で走ってバトンをつないでね。

それから専門の走り幅跳び。最後の走り幅跳びを誰もいない県選で終えるのではなく、やっぱりみんなの見ている七大戦で締めくくれることになって本当によかったです。ももえちゃんが7年間ずっと研究と練習を重ねてきた走り幅跳びを最後絶対に目の前で見たかったからです。みんなから5m跳べますと言われ続けてきて、そろそろ本当に跳べるきがしてきたんじゃない?私からも最後の一押し。ももえちゃんは5mを跳ぶ!高校の最後の試合でも自己ベストを更新したんだから、ももえちゃんはきっと勝負強いし、神様はここまでの頑張りを絶対に見てくれています。ここまで頑張ってきた自分を信じて、そしてみんなの言葉を信じて思いっきり、思いっきり跳んでね!!!

最後に、大学四年間、一緒に陸上ができてほんとうによかったです。ももえちゃんの頑張る姿は私だけでなくみんながやる気にさせられたし、一緒に自主練したりウエイトをしたりももえちゃんがいなければ頑張れなかったことだらけです。そして自信を失ったときは、いつも前向きな言葉をくれて元気づけてくれて。試合のときはももえちゃんの応援がかなり力になりました。

プライベートでも写真フォルダを見返すとももえちゃんばかり。思い出はたくさんありすぎて選べなかったので、最後の七大戦ということでこれまでの七大戦だけピックアップして終わります。

一年目、一緒に空港のフードコートでももえちゃんはビビンバみたいなやつ、私は中華丼を食べたね。帰りは東京で何もできなかったからせめてものご褒美ということで食べた「こぼれイクラととろサーモンハラス焼き弁当」はすごくおいしく感じました。

名古屋では、一緒に高級なひつまぶしを食べていい景気づけになりました。少し入りづらい雰囲気のお店だったけどその分高級な味がしました。帰りにはご褒美&誕生日のプリンを駅で食べたね。疲れすぎて思わずばくばくと食べて、その様子を激写されてしまったのは恥ずかしいですが、それもいい思い出です。誕生日プレゼントにかっこいいサングラスをくれて、うれしすぎてすぐにつけたのも覚えています。

3年目の北海道では、早入りができてスープカレーを食べました。このときももえちゃんは一人だけ納豆入りを食べていてチャレンジャーだなと思いました。帰りも海鮮丼にソフトクリームなど三年目にしてようやく満喫できたね。日付が変わってすぐに誕生日を祝ってくれたのもありがとう。

そして今年は地元開催の七大戦。前日は残念ながらバイトがあるし、初日も準備で忙しそう。終わってからでもいいからご褒美、それも4年間の陸上のご褒美思いっきりしよう。やりきるよ!!!

しおりちゃん

しおりちゃんはとにかく足が速くて、そのスピードを生かした助走ときれいな空中での動きで、しおりちゃんの跳躍にはとても憧れていました。大学4年間やってきてまだとうていしおりちゃんには追い付けないくらい上の存在でした。いつかのトライアルで本当の試合ではないけどしおりちゃんの本気の跳躍が見れたのはよかったです。

いつか、最後の九大主管の七大戦、女子高オープンを作ってしおりちゃんにも出てほしいっていうのはかなわなくて残念だけど、遠いどこかの地でしおりちゃんが覚えてくれていることを期待しながら最後頑張ろうと思います。

森くん

高校から7年間ありがとう。

ここで改めて森くんのことをあまり知らないみんなのために森くんを紹介します。

私と初めて会ったのは高校1年生で、同じクラスでした。すごく大人しいイメージでした。同じクラスに陸部が4人いて、それプラス今九大のスキー部でたまに見かける元投擲をしていた男の子などを入れた6人でクラス対抗リレーを走ったのが思い出です。あとはたしか高校デビュー戦の学年別の試合で一緒に3位でぎりぎり県大会を逃したのもよく覚えています。

2年生のころはコロナの中の新人戦県大会、練習制限が下されてしまったので森くんと2人で顧問の先生に車で近くの外れた競技場に連れて行ってもらって練習をしました。たしか雨が降っていたような気もします。

そして先輩たちが引退して、森くんが男子キャプテン、私が女子キャプテンとなり、私は特に大きなことはできなかったけど、一緒に最後までやりきりました。引退試合となったインターハイの福岡県予選では、三日目にあった森くんの三段跳びをみんなで応援しました。そのあとに3年生で焼肉に行ったのはとてもとても楽しかったです。夏休み久しぶりに大部分がそろうの楽しみです。

そして大学入学。同じ九大に合格したと知って、森くんなら一緒に陸上部に入ってくれるのではないかととても心強かったです。ところどころで私が森くんを陸上部に引き込んだように思わせる話があがっていますが、私は森くんなら入ると思ってたから安心して見学に行けたと思ってます。大学で陸上を続けられているのは、少なからず森くんのおかげです。ありがとう。

大学に入ってからは、たまに東筑の人の話題が手に入るといつの部活で森くんに話そうとわくわくしてました。森くんはどんなしょうもない話でもちゃんと聞いて相槌を返してくれるのですごく話しがいがありました。

大学での思い出は春インで二人とも自己ベストを更新したことかな。私の親が高跳びを見ているときに、気づいたら隣に森くんのご両親がいたそうです。私の高跳びまで見てくれて、いつもありがとうございます。

そして七大戦も何かの縁なのか、女子高跳びと男子三段跳びは同じ時間帯にあります。私の両親、そして妹も森くんを応援しているので、ぜひ森くんご家族もちらちら高跳びのほうも見てくれると嬉しいです。また一緒にベスト更新しようね。

最後になりましたが、7年間一緒にいても森くんは優しくてすごくいいひとのままです。(みんな変なところばっかに目を向けすぎなだけで、決して私が気づいてないからじゃないよ。)東筑キャプテンとして、九大陸上部パート長としてここまで引っ張ってきてくれてありがとう。大月くんも言っていたように、森くんがいないとどこか心細く感じて、森くんはいなくてはならない存在だったと思います。これからも仲良くしてね。

矢木くん

私にとっての矢木くんは、みんなが思っているように誰よりも陸上に打ち込んでいて、陸上に取りつかれていて、陸上が好きな人というのはもちろんだけど、ひそかに勝手にライバル意識をしていました。春インで2mを跳んで、久しぶりの自己ベスト更新、そして西カレ切りはもちろんかなりうれしかったけど、同時に私の自己ベスト更新がかすんだこと、西カレを先にきられたこと(結局私はここまできれなかったし)で実はちょっと悔しい気持ちでした。(あとは普段の練習で矢木くんみたいにちゃんとしたアドバイスが下の子たちにできなかったことは私の力量不足だからしょうがないけど、私も頼れる先輩でありたかった。)そのあとの試合でも同じ高跳び同期として、矢木くんよりいい成績を残したいと思っていましたが、いつかの練習で、七大戦でどっちが上の順位をとれるかみたいな話をされたときにちょっとは同じことを考えていたのかと思うと(ちがうかもだけど)うれしかったです。七大戦負けるつもりはありませんが、優勝で同じ順位ならこれは本望です。私からのアドバイスもがんばれなんて言葉も必要ないと思うけど、先に跳んで優勝じゃなきゃ私に負けてしまう状況をつくることだけ頑張ります。

そしてあとになりましたが、ここまで練習を見てきてくれてありがとう。今まで高跳びの同期なんていたことなかったので、4年間も一緒に練習してきた人なんて唯一です。だからこそ、私の入部当初のひどい動きも知っているし、それと比べておかげさまでだいぶ高跳び選手らしくなってきたと言ってもらえてとてもうれしいです。私のお母さんも勝手に矢木コーチなんて呼んで、試合のたびによく矢木コーチありがとうと言っています。どれだけ感謝をいってもいいきれません。本当にありがとう。教えてもらったことをすべてだしきるなんて器用なことは私には到底できないと思うけど、時間を割いてまあよかったなと思ってもらえるように全力で頑張ります!!

山崎くん

もう残り5回しか練習がないというのに、フェスかライブかに行っちゃって、おかげでフィールドに絶対いなくてはならない投擲パート長山崎なしのフィールド集合写真になってしまいました。何をしているんだ。そんな集合写真では私のスマホのホーム画面には使えないのでまた改めてフィールド集合写真撮るよ。

部活のときはいつ見ても誰かとお喋りをしていて、私も何度も吸い寄せられてしまいました。声もでかいし、内容も面白いしで話に加わりたくさせる山﨑くんは人を惹きつける才能があると思います。先輩にも、後輩にも、他パートの人からも好かれる人柄のおかげで、フィールドパートのいつもの和気あいあいとした雰囲気がうまれていたと思います。ありがとう。

私と山崎くんの思い出は正直これといってはないので、ゆうちゃんにならって私は山崎くんの好きな写真トップ3を発表します。第3位、山崎くんがインフル?コロナにより途中離脱した春合宿の序盤、ソフトクリームをサービスエリアで買ってきてバスに乗ってきた写真です。おそらくこのときからウイルス持ちでみんなに見事ばらまいてくれました。第2位、香川合宿のごますりの写真。これはかつてももえちゃんも間違えて癒されてしまったと噂の写真です。そして壁紙へのおすすめとしても出てくる、iPhoneも認める一枚です。香川合宿では遅くまで練習した高跳びパートと遅くまでお昼寝していた山﨑くんとで一緒にご飯に行く場面もありましたね。第1位、夏インの山﨑くんが撮ったあの集合写真です。すごくみんな楽しそうで、得に大月くんのなんともいえない表情が好きです。最年長としてみんなの引率(?)をしている写真はどれも楽しそうでうらやましかったです。改めて後輩から好かれているなと感じる一枚でした。(これらの写真が欲しい人がいらっしゃればご連絡ください)

最後に七大戦の応援メッセージ。円盤ハンマーは初日、一番初めの競技です。山﨑くん以上にそれを飾るにふさわしい人がいるでしょうか。テストの解放感もあるだろうし、大暴れしてください。エイトパフォーマンスすごく楽しみにしてるし、表彰台のって初日の一番の注目をかっさらってやりましょう。2,3日目、やりきって超絶元気な山崎くんにみんな応援してほしいはずです。やってやろう。

思うままに書いてたらすごく長くなってしまいました。もしかしたらみんなにとってはしょうもない出来事でも、引退間近になると懐かしくて大事な思い出に感じるのか、だらだらと書いてしまいました。読みにくい文章でごめんなさい。

メッセージパートが長くなってしまったので、最後にもう一度まとめを言っておこうと思います。

最後の七大戦、わたしの目標は自己ベスト更新、そして七大戦を優勝でしめくくること。大学の集大成としてずっと持ち続けてきた目標にようやくたどり着けるかもしれないところにきました。何度も何度もこの目標をみんなに宣言してきたからには、私はこれに向かってただただ跳ぶのみです。私は一人では跳ぶことができません。一緒に戦うゆうちゃん、きっとスタンドで応援してくれるだろう同期や先輩に後輩たち、同じ時間に競技をしている仲間たち、スターターをしながらこちらが気になってしょうがないだろうさとぼぉ先輩、ライブ配信で見てくれている高校時代のチームメイト、そして中学時代から何度も試合に応援にかけつけてくれている家族。最後の最後、これまでたくさん支えてきてくれた周りの人たちからの力が必要です。ぜひ応援してくれると嬉しいです。

これまで応援してきてよかったと思ってもらえるように、最後かっこいい姿で終わりたいです。頑張るぞ!!!!!

次は初代(?)投擲パート長の山崎(4?)です!無事ブログ終わりますように。

皆さんこんにちは!九大、いや、福岡で右に出るものはいない柳川が生んだパスタ狂の木村くんからバトンを受け取りました、高身長高学歴でカリスマ性が高く、唯一無二の存在感を持つ容姿端麗で才色兼備、温厚篤実な美の権化でーちゃんこと土井です。前回のブログから、唯一無二の存在感と温厚篤実が追加され、爆美女から美の権化へと格上げしてもらいました。これは来年のブログを書くころには眩しすぎて見えなくなってしまうのではないでしょうか。皆さん、今のうちにサングラスを買っておくことをお勧めします。

さあ、七大戦まであと2週間を切りました。試合への期待や不安、先輩方の引退への寂しさ、暑さへの苛立ちなどなど様々な感情が混じっていますが、去年の七大からもう一年たったんだと思うとジャネーの法則を感じざるを得ません。そしてもう少しで私たちがパート・チームを引っ張っていく立場になるということにも実感がわきはじめ、不安でいっぱいです。今後のフィールドパートやチームのことについては淺野君が沢山語ってくれていたのでここではあまり書かないでおこうと思いますが、偉大な先輩方のようにいかなくても、同期・後輩とともに一生懸命頑張っていけたらと思います。

でも七大が終わるまでは森世代・矢木政権なわけで、まだまだ勉強する(甘える)チャンスがある、!ピアノを辞めてしまってから同時にいくつものことを考えたり、こなせなくなってしまっています。まずは目の前の事に集中せねばということで、七大戦への意気込みを語っていこうと思います。

今年も女子走高跳の対抗選手として出場させていただくことになりました。今年はかなみちゃんが高跳びパートに入ってくれて、女子三人わいわい練習できて楽しく、うれしい(勿論かいり君も!)ばかりでなく、日々たくさん刺激をもらっています。女子幅と同様、女子高でもトライアルが行われる時代が来ました。責任と覚悟をもって練習から本番まで全力を尽くしたいと思います。

そして目標はPB更新と九大に得点を持って帰ることです。

ただ、先日あったOBさんとの七大決起会で、みんなが七大に対する意気込みを語っている中で、ついつい私も熱くなっちゃって言ってしまったんです。「Wゆうで表彰台取る」って、、。現実的に厳しいのは重々承知です。しかし言ったからにはへなちょこジャンプをするわけにいきません。自分に圧かけていきたいと思います。そしてこの目標は私がここまで練習を頑張れている理由の一つでもあります。今大会は私が1年生の時から一緒に女子走高跳に出場し続け、いろんなことを教えてくれたゆう先輩との最後の試合です。感謝をこめた跳躍をお届けし、精一杯サポートができればと思います。

そして今大会は、自分を変えたい、そんな思いが強くあります。私は大きい大会で結果が残しきれず、悔しい思いをすることが多いです。調整がーとか天気がーとかではなくて、大体はメンタルの弱さからくるものです。こうみえてめっちゃ緊張しいなんですよ。常に「跳べなかったらどうしよう」とか「応援してくれてる人がいるのに」とかネガティブに考えちゃう、考えすぎちゃう私の悪い癖です。話は春インに遡りますが、この時もいい結果が出せず、いろんな先輩の前で涙と弱音を吐いちゃっていました。そしたらももえ先輩が直接的か間接的か忘れちゃったんですけど、私が試合で悔し泣きをしないような日がくるといいね、みたいな話をしてくれました。そうか、私そんなんばっかりだ、と割と私の中での転換点になりました。そして春イン終わって少し後にインスタを見ていたら、女子三段跳の世界記録保持者ユリマル・ロハス選手の跳躍が流れてきました。彼女は世界陸上ブダペスト大会の決勝、8位で迎えた最終跳躍、見事1位の記録を超え優勝を果たしました。コメント欄を見ていると、「自力でゾーン状態に持っていけるのがすごい」みたいなのがあって、確かにロハス選手は助走前に一点を見つめて何かを唱えていました。それを見て私も跳べなかったら、ではなく跳べないはずがない!と思える段階まで自分を鼓舞して、声を出して助走に挑もうと思えました。それを実践したのが熊本市記録会。ゾエ君しかスタンドにいませんでしたが、初めておなかから声出して「行きまーす」を言いました。はーい言ってくれてありがとう。七大戦でも競技場に響き渡るような声を出して自分に気合を入れようと思っているので、バカでか「はーい」をお願いします!!フィールドは基本的に声が大きい人が多いので心配ないと思います^^

と、ここまで自分のことを書いてきました。年末ブログって楽しく書けるので好きですが、七大ブログ書くのは毎年辛いです。大好きな先輩たちと一緒に練習できる時間が減っていくことを実感させられるし、今年の4年生は特に長い時間をフィールドパートとして共有してきた先輩たちです。このまま、私が期限を引き延ばして引き延ばしていつまでたっても七大戦が来ないのであればとっても嬉しいですが、時間は残酷にも過ぎていきますし、七大戦もやってきます。と、こんなこと言ってたら先輩も安心して試合に臨めないと思うので、最後は明るく先輩方にメッセージを書いて終わろうと思います。

高木先輩

たくさん小競り合いしましたね。どんな内容で小競り合いをしてたかというと、先輩の髪の毛が音楽家だとかシイタケだとか、四葉のクローバーがただの雑草だとか、数個しか思い出せないので、本当にどうでもいいことでお互い噛み付いて言い合っていたのかなと思います。でもそんな時間が結構楽しかったりしました。言うことは言う先輩ですが、試合や諸々で落ち込んでいるとき、そっと声をかけてくれたのがとても嬉しかったです。特に去年の七大戦は高木先輩の言葉のせいで涙腺が決壊してしまいました。なんか先輩の前では自分を飾らず、弱音が出せるような気がしています。私だけではなく、フィールド以外にも多くの部員が先輩の気配りや声掛けに救われていると思います。

高木先輩の欄を書き終えて添削してたら、なんかあまりにも真面目な話をしてしまったので、ばかでか「ふぁいとー↑」と変なネットの知識を叫び、通ぶってるでお馴染みの「とっちん」の記述を挟んでおきます。本当に真横にいたら声でかくてびっくりします。でもやっぱり先輩が部活にいない日は何となく物足りなさを感じるので、これから寂しくなるなあと思っちゃいます。

いつかの病み期で副将業務だけしときたいみたいなこと言ってましたが、先輩は部にとっても、フィールドにとっても絶対に必要な存在です。業務、研究、陸上と大変なのに、シゴデキで視野の広い先輩はそつなくこなしているように見えてしまいます。きっと苦しいことも多かったと思いますが、それでも今年の春インは去年の春インを払拭するようなスローを見せてくれました。あの時の笑顔が七大の舞台でもう一度見たいです。おそらく競技時間が丸被り&会場が違うので、残念ながら直接見ることはできませんが、終わってからの良い報告をお待ちしてます。最後の七大戦、50m越えのビッグスロー期待しています!!

森先輩

部活も研究室も一緒ということで、いろんな面でお世話になっております。授業中にマリオカートの動画を見たり、英書講読では最前列で寝たりなど割とやりたい放題なのに、なぜか教授にバレないor怒られないということで、この前研究室の同期の中では「ひろかずポジ」が話題になりました。個人的には先輩の研究テーマがもろ戦闘行為なのに、私だけ教授から戦闘狂扱いされているのが解せません。やはり森先輩といえば今までのブログでみんなが言っていたように、第一印象と現在の印象の乖離です。私の中での違和感の始まりは某短距離選手とのお話、決定的だったのは香川合宿でちびっこに挨拶された時でした。詳しくは書きません書けません。きっと私が知っている森先輩はほんの一部なのでしょう、、。こんなことばかりかいていますが、やはり頼れるパート長です。競技力は言わずもがな、いろんな人にやさしく、親身になって話してくださっていた印象があります。穏やかな口調と頭の良さを感じさせる話には不思議と惹かれるものがあります。5限で冬季は時間通りに部活に行くことができず、練習時間も限られ、みんながメニューを終えた後に走り込みや補強をしないといけないことも多かったですが、森先輩がいたから頑張れました。木村くんとゾエ君もか。1月26日の最終セットを走っているときに垂れて、高木先輩に「帰れよまじで」と野次飛ばされている動画が好きです。来年の七大OPでのマイルに大期待ですね。そんなこんなで冬季を乗り越え、この前の夏インでは自己ベストタイ!就活や研究で忙しいとは思えないほどの仕上がりっぷりです。三段跳は女子高と同時刻なので近くで見ることはできませんが、今までパート長として私たちを引っ張ってくださった感謝の気持ちを込めて精一杯声援を送ります!14m越えの大ジャンプでエイト残っちゃってください!!

矢木先輩

練習の鬼で努力の塊でケイモウさんで、こんなに競技に対する熱意や知識量がある人に色んなことを教えてもらって、一緒に練習できて本当によかったなと思うし、走高跳に正面から向き合うきっかけを作ってくださってありがとうございます。これに尽きます。第一印象は鼻筋がきれいな人でした。不適切な発言(新人戦は許してませんよ^^)や失敗跳躍の後にマットの上で暴れまわりながら繰り出される〇ね!や人間の立場に関するお考え、など危険な発言も多々ありますが、アドバイスは超適切でいつもほぉーと思ってます。試合でもリアルタイムで何人ものコーチングをしてくださり、みんなの動きを熟知しているところには恐怖すら覚えます。自分より自分の動きを理解していて、常々矢木先輩に跳ばさせてもらってるなあと感じます。フィールドのほぼ全員が先輩のコーチングに助けられたのはないでしょうか。先輩の高い言語化能力と上手い体の動かし方についていくことはあまりできませんでしたが、「まあマシ」といわれるだけでとっても嬉しかったし、褒めてもらえたりなんてしたらもう感無量って感じでした。最近は私が足首をけがしてしまったことで試合前には割と厳しぃさんな走る跳ぶの禁止令を出され、私はむっとした顔をしたかもしれませんが、残りの数週間、4年生と一緒に練習できなかった自分が悔しかっただけで、拗ねているわけではありません。むしろ言ってくださらなければ無理してでも走って跳んで悪化させていたと思います。冬の伊都集中練習の最終日のウェイトで話した「矢木聖一朗、日本一のコーチ説」を覚えているでしょうか。今シーズン多くのPB達成者が出ていますが、私もPBを出すことでこの証明に加担したいです。

なんかここまでコーチングの話ばかりしてしまいましたが、先輩は一日中グラウンドにいるほど競技に対して真っすぐで、誰よりも陸上の勉強をし、九大の主将を背負いながらPB(練習含め)を更新し続けてきて、そんな先輩を尊敬しています。七大では誰よりも高く跳ぶ姿を目に焼き付けられたらと思います。スタンドから中手骨が砕けるぐらい手拍子します。2mを超えるあり得ない跳躍を期待しています!マットの上で大暴れしてください!!

山崎先輩

多分同期になるはずなので書かなくてもいいかなと思いましたがいちおう書いておこうと思います。というのは嘘で。就活、卒業単位取得、パイロットの学校(?)の試験など非常に大変できっと悩みなども多い中でも、部活では明るく、面白い先輩にいつもみんな元気をもらっていたと思います。最近学校でちょこちょこ見るようになったのでうれしいです。この前、パイロット学校の参考書を持っていましたが、コミュ障だからって、図書館で借りた本を時間外返却ポストに入れるのはやめてください。まだ開館してます。しかも返却はもはや会話ではないです。今度からは対面での返却を頑張ってみてください^^ここで個人的に好きな山崎先輩(フィールドコレクション引用)トップ3を挙げてみたいと思います。まずは犬のズボンをはいている先輩です。特にデッドしている動画が大好きです。犬の顔面の変形具合がありえなさすぎて。2つ目は香川合宿でご飯を食べた後、室内タータンで寝る先輩です。ゆう先輩と「すごい幸せな人だね」と話をしたのを覚えています。なすびみたいな色のパーカーが面白さを倍増させていました。最後は去年の七大戦後、ベンチで寝て犬に絡まれる先輩です。どちらもかわいらしいですね。あれ、寝てばっかり。気のせいか。高木先輩同様、声が大きく存在感がすごいので、部活に来ていないと一発でわかりますし、いないときにはパート全体が心なしか静かです。みんなが言う居心地の良いフィールドパート、陸上へのモチベがあまりない時にも来たくなるようなフィールドパートを創り出しているのは主に山崎先輩なのではないかと思います。先輩が作り出したこの七大ブログの先輩へのメッセージコーナーも、日ごろ伝えることのできない思いを言葉にできるのでとても感謝しています。七大戦が金曜なんて関係ありません!先輩がパートを盛り上げてくれたように、今度は私たちが先輩の投擲を応援で盛り上げます!エイトのパフォーマンスも楽しみなので、得点取りまくってきてください!!

ももえ先輩

私には上の兄姉がいないので、勝手にお姉さんのように思っていました。1年生はまだ知らないかもしれないですが、実は私たち血がつながっているんですね🤫矢木家程濃くはないのですが、タラちゃんとイクラちゃん、マイメロディとリトルフォレストフェロォの関係性に当たります。といっても記憶がないぐらい小さい時に会ったっきりだったので出会いは突然にでしたね。初めて私が部活見学に行った日の衝撃は忘れません。運命ですね♡最初は近しい関係性だからこそどう接したらいいか迷ったし、先輩も悩まれたのではないかと思いますが、今はたくさん甘えさせてもらっています。エレベーターで壁ドンしたくなるのはももえ先輩だからです。誰にでもしているわけではありませんよ。最近先輩に対するキュートアグレッションが止まりません。どうにかしてほしいです。あ、あの約束忘れてませんよね?笑

日々の練習ではたくさんアドバイスをもらったり、雑談をしたり、また大分旅行、女子温泉旅行、お誕生日会、遠征先でのお泊り、練習・試合の行き帰り、スイパラなどなどたくさんの楽しいことを通して、優しく、面白く、乙女なももえ先輩を、また試合申し込みという役を通してシゴデキで、責任感の強いももえ先輩を知っていくことができ、とても嬉しかったです。ご迷惑もご心配もたくさんおかけしましたが、先輩と過ごす時間は私の中でかけがえのないものです。しかし1番先輩を知れたのはやはり陸上においてかもしれません。幅跳に真剣に向き合い、動画を細かく分析し、いくら遅い時間でも、疲れていてもウェイトを淡々とこなし、70m以上走れないと言いつつも300はケツ割れするほど本気で走り、怪我をしてしまった時もひたすら体幹ウェイトをやり、多忙な中でも練習を欠かさず、努力し続けてきた先輩を2年と少し見てきました。去年の七大ではかなり悔しい思いをしていたと思いますが、七大戦が終わった日の夜、ホテルの部屋で先輩は黙々と柔軟をしていました。本当にすごいなと思いました。先輩の中では習慣化したものなのかもしれませんが、私はそこに先輩のすべての努力が見えたような気がしました。先輩がこれまで取り組んできたことはきっと報われるはずです。七大では大きな花を咲かせましょう。幅も4継も全力で応援します!そして大大大大大ジャンプを期待しています!!!!!

ゆう先輩

九大に入学する前からフィールドのホームページを見ていた私は、同じ種目の同じ名前の先輩がいることに驚きました。こちらも運命ですね♡入部してから、どっちをどう呼べばいいんだろうと、ももえ先輩と三人で話したこともありましたね。パート内に同性の同期がいない私にたくさん話しかけてくれて、同じ高跳、教職志望であることから次第に何でも話せるようになりました。ゆう先輩の包み込むような優しさや細やかな気遣いに何度救われたかわかりません。いつも試技前には先輩が言ってくれたアドバイスと「跳べるよ」という言葉に背中を押されていました。きっと素敵な先生になるんだろうなあ。そして楽しい思い出をたくさん作っていく中で、先輩の色んな魅力を知って、練習中とのギャップにめろめろでした。特に好きなのは部活以外でたまたま出会った時、または待ち合わせで出会った時に先輩がぱぁーって笑顔になるところです。本っ当にぐぅ、、。ときめきを抑えるためにこぶしを握っています。だれかが言っていたピュアすぎる、大切にしたいという気持ちがよくわかります。

そして先輩の代名詞ともいえるのがストイックさ。学連に所属しながらも誰よりも部活の参加率は高く、練習前後にウェイトをし、バイトや勉強も抜かりなく(なぜか集中講義中に部活にいましたが笑)。努力の天才過ぎて本当に尊敬します。そしてそんなゆう先輩のことを試合中だれよりも近くで応援できたことが幸せです。今までの陸上人生で同じチームの人と試合に出るという経験があまりなかったので、試合のたびに先輩がそばにいてくれるという心強さにいつも助けられていました。七大戦がゆう先輩とでられる最後の試合だなんて考えられないし、考えたくもない、ゆう先輩にしてもらったことを私は後輩にできるのだろうか、というのが今の本音です。しかし私は変わると決めました。ちょっと前に先輩が「いい記録が出そうな気がする」といってくれました。その期待に応え、結果で恩返しができるように頑張ります!

今大会、女子走高跳は2日目対抗戦最初の決勝種目の一つです。良い波を九大に呼び寄せましょう!今からすでにドキドキしていますが、不思議とあまり不安がないのはゆう先輩がいるからだと思います。私たちの名前には羽が付いています。きっと高く高く跳べるはずです。常に正面から走高跳に向き合ってきたゆう先輩なら160、いやそれ以上も越えられます!表彰台の一番上に立つゆう先輩の姿を期待しています!!

今年の七大戦は最後にみんなで笑えますように。

長々と書いてしまいましたが、ここから続く長文ラッシュの良い準備運動になったのではないでしょうか。次はついに4年生です。感動のフィナーレに近づいてきました。4年生トップバッターは、そろそろAIを超えると噂のゆう先輩です!どんな姿でも私は大好きだし尊敬しています。七大戦の九大注目選手にも選ばれたゆう先輩のアツいブログを乞うご期待!!

最近はほとんど家から出ていないという浅野顔負けのインドアの性質を持つまや吉田からバトンを受け取りました木下です。

 最近は夏休みという希望を胸に学校、松屋、マックのトライアングをひたすら行き来しながらシコシコ勉強している生活をしています。このブログももちろん松屋の注文待ちの時間を使って書いています。この生活を送っているせいか松屋では、先月ダイヤモンド会員となり今月も無事ダイヤモンド会員になりそうです。ここでみんな大好き松屋の凄テクでも共有しようと思います。松屋は冷房が故障していて夏でもありえないくらい寒いので行く時は長袖が必須です。また、松屋の公式アプリはもちろんみんな入れていると思いますが、アプリのクーポンよりもXの松のや公式アカウントにあるクーポンのほうがさらに安いです。松屋のタレ最強といえば甘口!白ごはんにかければあっという間に天丼に変化します。松屋でよく流れているあの曲は「特別じゃない特別」/心愛。他にも色々あるけど松屋の話はここまでで次は陸上の話。最近は七大戦も近くみんな緊張感を持ちつつもいきいきと練習をしていますが、今自分は正直入部してから1番陸上に対するモチベーションが低いです。日々の疲れからでしょうか。足の怪我のせいでしょうか。それとも大好きな先輩たちがもうすぐ引退で寂しいからでしょうか。そうはいっても止まっている暇はそんなにありません。この前の部活で4年生の部活があと数回みたいな話をしていたけど、自分達3年生もゆうてあと1年。とんでとばしてとびまわれ!フィールドパートのグループの1番最初のノートの森先輩の言葉「疲れたときは羽を休めてもいい、また羽ばたけばいい」この言葉を信じてもう少し羽を休めながらもぼちぼち羽ばたく準備を始めようかなと思います。最後に4年生へのメッセージを書こうと思います。

森先輩

 まずは首相としてあみだくじを作ってくれてありがとうございます。というのは冗談でパート長としてフィールドパートをここまで引っ張ってきてくれてありがとうございます。先輩は優しくてしっかりしていた分、今まで自分はそこに甘えてきてしまったと思っています。本当に頼りない後輩ですみません。森先輩といえば、WBCがNetflix(有料)でしか放送されていないからパソコン同士を繋げて画面共有しながら一緒に観戦したり、僕がRetroであげていた松屋の会員割引カードを使おうとしたり、友達の家のSwitchで一緒にマリカーをしたり、こすい思い出でいっぱいです。また、家を掃除しにいったら後日掃除を手伝った3人が全員体調不良になったことや彼女のネイルチップがジップロックに保存されていたことは今でも忘れません。アキネーターやAQUOSなど1人違う世界で日々を楽しんでいるところは最高に変で面白いです。七大戦森先輩なら必ず14跳べます!

矢木先輩

 主将として部を引っ張っている姿とてもかっこよかったです。また、パートのメニューも細かく考えてくれてフィールドパートを支えていたと思います。矢木先輩といえば自分が好きなことに対してとことん追求する姿勢が好きです。最初は少し怖かったけどよくよく考えたらフィールド4年男子の中で1番まともなのは矢木先輩だったのかもしれません。論理的に考えて動きながらも、感情的で熱い心も持っている、そんな矢木先輩なら必ず七大戦で誰よりも高く跳べると思います!

あつまさ先輩

 とっちんは後輩やマネさんなどへの気遣いがうまく、この人の後ろをついていきたいと思わせるような先輩でした。メンタルには波があるけど、調子がいいときはまさに最強!また、陸上部では数少ない野球好きで野球の話ができて、一緒に交流戦も観戦できて嬉しかったです。原付でのツーリングやドライブなどにも誘ってくれてありがとうございました。とっちんは引退したらバイクをとるとかなんとか小耳にしたんですけど、自分も夏休みになったらバイクをとろうと思うので、納車したらぜひツーリング行きましょう!何か悲しいことやつらいことがあったらうちに来てください。美味しいパスタか餃子ご馳走します。

みつまさ先輩

 ブーブには部活でもプライベートでもお世話になりました。朝活や朝勉、大食い対決などいろいろやりましたね。特に1番の思い出は2年の春休みに台湾旅行に行ったことです。まぜそば食べようと誘われたから待ち合わせ場所に行ったら、さっき次郎食べたからお腹いっぱいとか言われて結局サイゼに行ったときに話したのが発端でしたね。結局旅行2日前に本当に行くかを決めて、そこから飛行機やらホテルやら行きたいとこやらの計画を立てて、ドタバタしたけどそれが面白かったです。またどこか海外行きたいね(韓国以外)。他にも大食いリベンジやバドミントン対決、松屋朝乾杯定食などやりたいことはいっぱいあるので夏休みにでもしましょう。けど、いつも深夜にパスタを食べたいとか言うから眠いなか作るのに、直前に松屋で腹パンパンにしてきて一口目でフォークがとまるのはだるいのでやめてください。あと留年の良さを熱弁してくるのもやめてください。ブーブの良さは、他人に影響されない自分軸で生きているところだと思います。自分もそこは見習いたいです。ブーブは話していて1番気をつかわない、同期みたいな感覚で話すことができる先輩だったので来年も近くにいるとはいえ、部活に来なくなるのは正直寂しいです。あっ来年は本当に同期か。これからもよろしくな!みつまさ!

鵜木さん

 いつもストイックに練習していてとても尊敬しています。また、バイトを5個くらい掛け持ちしていて貯金は200万円を優に超えているらしくてびっくりです。僕もうすぐ誕生日なので誕生日プレゼント期待してます。うねきさんは部活で優しく声をかけてくれてとても感謝しています。また、グループラインでのみんなの欠席連絡などに毎回リアクションで反応していて、フィールドパートが好きな気持ちが伝わってきたし、グループをなごませていたと思います。今後は増田央介あたりが引き継ぎます。七大戦では優勝期待してます!

三井さん

 バイトや研究室で多忙なのに部活でもストイックに練習していて本当にすごいです。僕には到底三井さんみたいにいろいろこなすことができません。部活ではあまり話すことができなかったですが、まちぃさんとの思い出といえばミッチングアプリの件でしょうか。その件は本当にすいませんでした。これからは秘密の共有相手は慎重に選びます。七大戦では笑顔でのビックジャンプお願いします!

 

川崎さん

 木村です。僕がわちさんにつかまっていたとき助けてくれてありがとうございます。

 4年生は一人一人が個性が強く、いい意味でチームを引っ張る、悪い意味で朱としてのお手本になっていたと思います。4年生が作りあげた朱を矯正することが僕ら3年生の使命だと思います。できる限り頑張ります。

 次はフィールド3年の紅一点、高身長高学歴でカリスマ性が高く、唯一無二のの存在感を持つ容姿端麗で才色兼備、温厚篤実な美の権化でーちゃんです。

学部3年だけど九大1年の吉田光太郎です。

最近は暑いので外に出れません。日にも当たりたくないので外に出れません。学校に自転車で行くのは億劫です。部活にも行けてません。暑い夏は苦手なので、高専時代もほとんど夜中に練習してました。今は涼しいジムには行っているので運動不足は回避できてます。涼しくなったら、部活にも行きたいです。そんなインドアな私でも、先日海に行きました。久々の外は気持ちよかったです。ですが日光で背中を大やけどしました。寝る時に背中が痛いです。家にこもっているせいで電気代は上昇中です。節約は難しいですね。それよりも大学の授業は難しいですね。編入してきた私にはついていくのも大変です。そして何より就活は難しいですね。ガクチカって何なんですかね。家でダラダラ過ごしてきたつけが回ってきました。

以上が最近の私です。

見ての通り文章力がありません。書くことが尽きました。

最後に私の特技だけ紹介します。

高専5年生は卒業研究というものがあります。そこでなぜか私はハエを扱っている先生の研究室を選びました。餌を作り、繁殖させ、浄化前後の水を飲ませ、健康への影響を調査しました。その過程で、雄雌を見分ける必要がありました。顕微鏡を使って、雄雌それぞれの身体的特徴を見分けました。最初はよく間違えていましたが、最終的には目視でもわかるようになりました。ということで「私はキイロショウジョウバエの雄雌を見分けられます!!」。台所とかでハエが湧いたときには、「あ、オスだ」みたいなことをやってます。どうでもいい特技紹介でした。

基本的に面白みのない人間ですが、よろしくお願いします。

七大戦頑張ってください!!!

次回は三段跳びの木下です。私の文量が少ないので補ってください!楽しみにしてます!

皆さんでゅーもでゅーも。不覚にも人数合わせキャラになりつつある次期パート長の大月です。今年の福岡は例年より11日も早く梅雨明けをしたようで、毎日異常な暑さが続いていますね。今、私は熱中症に気をつけて、エアコンの効いた涼しい部屋でこのブログを書いています。ブログが3年生まで回ってきて、この七大ブログもいよいよ後半戦に入ってきました。感動のフィナーレに向けて私もブログのバトンを繋いでいく所存です。

ありがたいことに、私は今年の七大戦も対校で走幅跳に出場します。実は今年で3年連続の幅での対校枠での出場となります。今までの自分を振り返ってみると、入部当初の自分は七大戦に出場して対校得点を獲ることを目標として掲げ、私の心は常に塩貝健人の如くギラついていました。その結果、豊橋で行われた2024年七大戦では6位入賞を果たしました。九大陸上部の代表として闘い、九大陸上部に貢献できたことにすごく達成感と誇りを感じました。しかし入部していきなり目標を達成してしまいった自分はその安堵からか、それ以降の陸上生活は大きな盛り上がりを欠いています。もちろん自己ベストタイ記録を2年の春インで出せましたし、七大戦の対校にも選ばれました。ただ、3年になった今私が強く感じていることは、自分は対校で出場することだけで満足してはいけないということです。特に七大戦は自分の目標達成のためだけにあるのではなく、七大戦出場の為に共に競い合ってきたチームメイトのために、この大会を節目に引退する先輩方を安心して送り出すために自分を奮い立たせる必要があると思っています。淺野も言ってくれてたように私はやる時にはやる男ですし、常に過去最高の自分を追い求めていますから皆さん熱い応援をお願いしときますね。

最後にお世話になった先輩方へのメッセージでブログを締めくくります。

森先輩

僕はパート長としての森先輩の寛大な包容力にいつも助けられていました。月曜の練習はモリ先輩が5限で遅れてくるので、それまでの間自分がある程度パートをまとめる時間がありましたが、いつもちょっぴり心細い気持ちでした。モリ先輩が練習に合流するとフィールドパート全体が安定する気がして、とりあえず僕は安心していました。変なエナドリを飲んでるとことか、謎に森首相(prime minister)と呼ばれているところとかツッコミどころが多すぎます。また、時々なんでもない時に、モ❗️モリ❗️モリア❗️盛り上がりが足りないモ❗️モリ❗️❗️と叫びたくなるのは僕だけでしょうか。七大戦では14m台を出してフィールドパートをモリ上げてください!

矢木先輩

主将としてだけでなく、フィールドの練習メニュー作りなども中心となって僕たちを支えてくれました。冬季の跳躍技術練では自分が今まで取り組んでこなかった動き作りやペタスを教えてくれました。今までの自分の幅跳びに対する考え方とは大きく異なるもので、最初はそれを理解して受け入れることがとても難しかったです。しかし、根気強く何度も丁寧に教えていただいたおかげで自分の跳躍がただスピード頼りのものだったのから徐々に技術的な跳躍になってきました。本当にありがとうございます!矢木先輩ほど論理的に、具体的に技術指導ができる選手に出会ったことが僕はまだありません。プライベートの面は去年の春合宿以降色恋沙汰はあまり聞いていませんが何か進展などはありますでしょうか。もしあれば、差し支えなければ打ち上げの際にでも我々にぶちまけて下さいませ。七大戦では2m over跳んで他大をやっつけてください!私たちが見守っております。

高木先輩

僕たち後輩への気配りがきめ細やかで、先輩力の高さをいろいろなところから感じています。淳匡先輩の先輩オ○ニー(?)に1.2回クラっときたことはありますが、淳匡先輩はみんなに対していつも平等なので苦い注意も僕は受け入れることができました。気取ることなく、泥くさい一面があって、大声で人のアップや練習を応援したり、歌ったり、うんちくを披露したりするなどフィールドパートにいつも活気をもたらしてくれました。淳匡先輩がしてくれた話の中で僕の心に一番残っているのは、陰毛ジャンクションの話です。ふくの湯でボディソープの泡立たせ方を考察したことは一生忘れません。年に2.3回鬱になって部活に来れなくなることもありましたが、そんな人間らしい淳匡先輩のこと、俺は好きっすよ。七大ではいろんな思いをぜえんぶ出し切ってください。そして嘘くさいぐらいかっけえ姿を見せてください!

山崎先輩

僕は充眞先輩を見ると底知れぬ安心感を感じます。(いつかの部活の時に三井さんも同じことを言っていた気がする。)それは見た目から来るものだけではなく、日々の行動にも現れていて、部屋が片付いていたり、字が綺麗だったり、運転が丁寧だったりとギャップ萌えポイントが非常に高いです。去年の夏インではガキ(1.2年)の引率をしてくれて、ホントにお父さん味を感じました。部活ではモチベが低い時は猫のようにベンチで寝っ転がってゴロニャーンと鳴いていますが、(猫の鳴きマネが上手いで有名なDoiさんに勝るとも劣らない。)一度気合が入るとすごい集中力で練習に取り組んでいるように見えます。七大の試合当日には「へぇぁ、今日調子わりぃわぁ」とか聞きたくないっすからね。調子の悪いカスジョージはいらんすよ。ビックスローを見せてください!

三井先輩

農学部食堂で偶然会って挨拶した時やMEGAスポーツで会ったときにちょっと気分が上がるのは僕だけでしょうか。三井先輩には1年の冬頃から今まで様々なダル絡みをして甘えさせてもらってました。七大が終わって4年生が引退してしまったらそんな生活もできなくなると考えるとまだまだ三井さんにはフィールドにいて欲しいです。今までの競技生活の中で幅跳びが楽しくて仕方のない時、幅跳びに向き合うことが辛くて苦しい時もあったと思います。だからこそ、同じ幅跳び選手として、一緒に2年間練習してきたチームメイトとして、七大を終えてどこか誇らしげで笑顔な三井先輩を僕は見たいです。共に闘いましょう!そして打ち上げや追いコンではまたダル絡みさせて下さいよ〜^_^

鵜木先輩

1年の頃はほとんど関わりがなかった気がしますが、2年になってからはスタートアップであったり、山登りであったりと鵜木先輩の部活以外での様子を知ることができました。スタートアップでは初回からすぐにスクール生に懐いてもらえていて、5.6回目なのに名前をあまり覚えてもらえてなかった自分は少し悔しい思いをしました。それと同時に鵜木先輩の優しい雰囲気が羨ましいと思いました。山登りの時は天麩羅ひらおをご馳走になりました。男子の先輩方とは違い、普段一緒にご飯に行ったりすることはなかったのですごく新鮮でした。鵜木先輩、桂、マオちゃん、僕のメンツでまた山登りましょうよ。練習熱心で学連の業務をこなし、・・・すごい! という言葉にはもう飽きたかも知れませんが事実なかなか成し遂げられることではないで僕にも言わせてください。鵜木さんはすごいです。そして七大で活躍することでさらに超人ぶりを僕たちに見せつけてください。2025年東京世界陸上でTBSは最注目選手を超人BIG7と題して押し出していましたが、鵜木さんもそろそろ8人目の超人に選ばれる頃ですよ。何やってるんですか?優勝してください!

4年生全員の大活躍を心から願っています。

さて次は高専から三年次編入によって九大にやって来た吉田光太郎です。湯尾君の下の名前もこうたろうなので僕は吉田のことはひかり太郎と呼んでいます。また一緒に練習しようや。7mの飛び方講座とか開いてくれー。

今日から三年生編スタートです!

前回ブログで旬坊が言っていたように今回の七大戦ではなんとかして2本以内にまともな記録を残さなければなりません。県戦、夏インともに3本目で首の皮を繋いできたので、今回ばかりは1本目でしっかりと決め切りたいと思います。あと先に謝っておきますがなんかだらだら書いてたら8000字になってしまいました。ほんまごめん。長いのでかいつまんで読んでね。

さて、もう三年生、21歳🤜🤛になってしまった淺野です。大学入学当初は余裕で完食できていた学食のとり天親子丼が結構きつくなってきました。普通にもうおぢさんなのかもしれません。

3年生というと、自分が入学した時の和知世代。信じられません。

最近時間の流れがどんどん早くなってきている気がして焦りしか感じないのですが、これが歳をとるということなのでしょうか。まあドパおぢにはこれくらいの時間消費くらいがちょうどいいのかもしれません。

またまたこの季節がやってきました。毎年七大戦ブログを書いていると非常に夏を感じます。一年生の頃の夏休みは怪我とYouTube視聴と睡眠、二年生の頃もYouTube視聴で夏休みの時間が溶け、行動範囲が実家の2階のベッドの上に限られていた気がするので、今年の夏休みは充実した夏を過ごしたいです。今年は今の所、YouTube視聴時間がアマプラ視聴時間へ、行動範囲が九州大学伊都キャンパスウエスト2号館周辺へと進化しつつあります。この調子でいけば夏休みが始まる頃には、一人で弾丸北海道旅行へ行けるくらいのレベルに到達しているはずです。

まずは七大戦での自分の競技について。今年は早くも三度目となる七大戦で三段跳に出場させていただきます。

冬季中、ウエスト2号館の過剰なまでの節電による視覚的な光不足でのド鬱に始まり、シーズンインで前代未聞の6ファール、船舶設計専用のゴミカスCADソフトを右も左も分からない状態でいきなり設計させられるというカス製図地獄など紆余曲折ありましたが、そんな中でもフィールドパートの同期や後輩、そして先輩方がいてくださったから今まで以上に本気で陸上に取り組むことができました。今回ばかりは情けない記録では終われません。

感謝を伝えられるような、記憶に残るような跳躍をしてこようと思います。

記録目標も設定するつもりだったのですが、どうやら俺は記録を意識したり、あれやこれやと考えたりすると、ファールしたり、全てが噛み合わなくなったりするというなんとも情けない身体のようですので記録の目標は書きません。色々意識したり考えたりするのは練習中に留めておいて、当日はあれやこれや考えず、肩の力を抜いて前だけ見て跳んできます。

2024年4月某日

公開練習初参加日。

いつものベンチにふんぞりかえっている当時4年生らしき人物を発見。

恐る恐る近づいてみる。

俺はまるで蛇に睨まれたカエルのように棒立ちしてしまった矢先。

😎(???)「ベストなんぼなん? 種目何??」

アサノ「さ、三段跳12m95と走幅跳6m02で、ですぅ。」

そんなこんなで会話をしていると、数分後、続々と部活に先輩方がやってきました。

実家がイギリスで豆腐屋をやっていて、医学部医学科2浪2留の先輩?、すごく声が大きい先輩、すごく爽やかそうな先輩、グラウンドガイダンスで優しくしてくださった先輩、一個上の異性の先輩に◯害予告できる度胸を持った先輩。

すごく個性的な先輩が沢山いて、大学入学時には陸上競技をするモチベなんてものは微塵もありませんでしたが、ただ楽しそうだから。という理由だけで入部を決めました。この日連れて行ってもらったシャンシャンのかみソース定食の味は忘れません。

また、部活だけでなく、部活外でも本当にお世話になりました。二年前、三井さんが海に想いを叫んだでお馴染み大分旅行、去年夏、とっちんの将来の研究室の下見兼イルカウォッチングをした天草旅行。また旅行中ほぼほぼ俺と木下が運転したでお馴染み、激エモ、百姓うどん、テラス席、自販機クレープ、温泉サーフィン、順張り大学生モアイ像旅行(高千穂抜き)。本当にいい思い出ばかりです。まだまだ遊び足りないのでまたどこか旅行行けたら嬉しいです。

自分は今まで本当に先輩方に頼りっぱなしでした。さとぼぉ世代の大きな背中を見て育ち、和知世代の優しさに甘え、森世代の兄貴姉貴たちにお世話になってばかりでした。今回の七大戦が終わってしまうとついに自分達の代が最高学年となり、年々大きく強くなっているフィールドパートを支え、自分ができることは何があるのかと、正直不安なことしかありませんし、ネガティブな気持ちばかりが浮かんできます。鵜木さんのように超マルチタスクなシゴデキには到底なれませんし、三井さんのような多忙な生活の中でも腐らず練習を続けることも自分のキャパ、能力では厳しいものはあるでしょう。これから必要になってくるであろうとっちんのような広い視野を持って細かいところにも気を配ることを身につけることはまだまだ難しそうです。ゔ―ゔのような圧倒的な地頭力から繰り出される“なんとかする“能力も非常に羨ましいですし、何よりどんなに悩んでることがあってもそれを顔には見せない、疲れてそうな顔はしてても部活で辛い顔をしないのは本当に強いと思っています。森先輩の物静かな中に秘めた底知れぬ優しさと満腹を知らない胃袋には何度も頼っていました。矢木先輩は競技面ではもちろん、それ以上に言葉に支えられました。本当にたくさんの大切な言葉をいただき、弱気な自分を鼓舞していただきました。

今まで自分が見てきたフィールドパートの先輩方のようになれる自信なんてものはありませんが、自分が今まで先輩方にもらったものを大切にして、それをフィールドパートに対して、そして部に対して少しでも還元していこうと思います。自分ができることは限られていますが、後輩、そして同期みんなで一緒に協力して、考え、模索し、時には寄り道をしながらでも一歩ずつ進んで、積み上げていけたらなと思っています。心配だとは思いますが、まあ暖かく見守っといてください。

いっぱい迷惑かけましたし、いっぱい頼らせてもらいました。最初から最後まで生意気な後輩ですいませんでした。あと少しの間は我慢してください

七大前最後の部活後に同期”6人”でご飯とかどうでしょうか。6人でドライブとかも面白そうですね!

最後同期“6人”で仲良く思い出を作ることを期待してます

鵜木先輩へ

うねきさんは四年生の中で1番初めに会った先輩でした。グラウンドガイダンスでおどおどしてた自分と話してくださって本当にありがとうござました。あのときのおかげで公開練習に行く気になったので今の生活があるのはうねきさんのおかげと言っても過言ではないです。第一印象はすごくカッコよくて、個性豊かな四年生のまとも枠だと思っていた時期もありました。ところがどっこい蓋を開けてみれば、ほぼロボット。今の進化したAIロボットの方がまだ人間味を感じるかもしれません。一般常識の欠如により人間味を感じさせるというプログラムが書かれているのではないかと思うばかりです。サイゼに行くとうねきさんの1/1000倍くらいの仕事量しかしていないロボットが大量に蠢いているので、そのロボを取っ払って各サイゼに1うねきを配置したほうが何倍も効率的なのではと毎回思います。

冬季練習中の脳筋っぷりには本当に見習うべきものばかりでした。鵜木さんからもらった脳筋魂を大事にして人生ラストの冬季練習中に発揮していこうと思います。

あと学連業務、本当にお疲れ様でした。学連を感じさせない競技力、私生活は本当に意味がわかりません。どっかの先輩みたいに全然教員になった後でもスターターとかしてくれても大丈夫ですよ。楽しみにしてます。四年生で地元開催の七大戦での大活躍見せてください!

ほんまに応援しています!

三井先輩へ

みちぃさんにはうちの大月が本当に迷惑かけました。大変申し訳ありません。代わりに謝罪しておきます。みちぃさんには俺からも非常にたくさんのダル絡みを仕掛けた記憶があります。いつかの和知リクトさんのように◯害予告まではされなかったのは三井さんの聡明さからでしょうか。やはり三井さんといえばその知能。TOEIC880点はもはやズル。俺が先日受けたTOEICの点数はまだ公開されていませんが、おそらく三井さんが30分くらい解いて取れるくらいの点数でしょう。農学部といえば実習で遊んでいたり、あまり忙しいイメージは正直のところなかったのですが、三井さんはもはや別学部にいるのではないかと思わせるほど、俺からは想像できない多忙な生活を送っていることが予想されます。三井さん所属の研究室のインスタをたまに拝見するのですが、みんな仲が良さそうでブラック研究室の特徴が滲み出ています。そんなtabouna_nichijoを送っていながらでも、一歩ずつでも進んで、たくさんの細かい動作まで突き詰める姿はまさに研究者そのものでした。この世の成果は偶然の産物が多いと思います。最後の跳躍くらい何も考えずに”偶然”に頼ってみるのもいいんじゃないでしょうか。伸び代を伸ばしきり、伸び伸びとした跳躍を期待してます!

高木先輩へ

はじかみが大好物で“たかきあつまさ“の”と“でお馴染みとっちんとは最初は専門種目も違うし、俺がウエイトを全くもってしていないこともあってかあまり話していなかった気がします。新人戦の時に同じレンタカーで島原まで行くことになった時に初めてまともに話した気がします。あの時とっちんはとんでもない量のトラブル対応に追われていた記憶があります。もちろん一番印象に残っているのは折井さんの車がトゥクトゥク🛺になっていたことです。去年は天草に飛ばされそうになったり、今も進路の如何を教授に握られていたりと非常に波瀾万丈トラブルだらけの生活を送っていると思われますが、そんな次々と降りかかるトラブルをあれやこれやと言いながら対処していく姿はほんまに尊敬しています。

記憶に新しい思い出はやはりヴーヴ達の台湾旅行に対抗して行ったドライブと、春合宿付近のドカ鬱時代でしょうか。前者は色々あった春休みを締めくくり、新学年の良いスタートを切る活力にもなりました。部活引退後にまたどっかまたドライブ行きましょうね。次はもっと遠くでも可。後者はあまり深くは語れませんが俺にとっての大きな精神的支柱となってくれました。多分とっちんがいなかったら途中で全てを投げ出して岡山へ逃げ帰っていたことでしょう。

部活内外ともに俺らが道を踏み外しそうになれば修正してくれたり、正しい方へと導いてくれたりしました。行動範囲が俺の1000倍くらいありそうで、豊富な人生経験からなる危機察知能力の高さは常に驚かされてばかりでした。

部活動運営も、進路も色々悩むことが多かったと思いますが、もう後少し頑張ればどちらもかなり肩の荷が降りるんではないでしょうか。前哨戦として難化したTOEICを乗り越え、無計画ドライブでリフレッシュできたと思うので、あとはひたすらポジティブに進んでいきましょうや。前髪を重くする以外にもう鬱になる要素はないはず。忙しいアピール芸は無しで。

今年の春先くらいには「もう早く引退したい!!」とかなんとか言ってましたが、春インではしつかり自己ベストをマークし、日々の忙しさ(?)に飲まれず着実に力をつけていっていることは本当に学ぶべきことがあります。声の大きさ部門であれば七大戦MVPを取れると思うので、声で他のやり投げ選手をビビらせながら攻めの投擲を見せてください。俺はちょうど金曜日はテストが1、2限のみなので応援行けます。

当日は応援に来れない人たちにも、ウエスト2号館7階製図室で頑張っているであろう桂にも声が届くくらいの「いきまーーーす」を期待してます!

山崎先輩へ

2024/5/1(水)LINEにて

山崎充眞「教科書送ってクレメンス」

めちゃくちゃ教科書準拠で進める授業で初回授業から数週間経ったはずの韓国語授業の教科書の写真を送るよう頼まれたのが最初のLINEでした。

なぜか当時一年生である俺と一緒に韓国語Ⅰの授業を受けており、一度だけ隣に座って一緒に受けましたね。期末テストの際にはわかりやすいはずのパーマ頭を見かけることはありませんでした。この頃のヴーヴ、いや、山崎先輩はまさに怖いもの無し、向かう所敵なし、完全に無敵の人でした。GW付近は記憶だと30連休?もっともっと長かったかもしれませんがびっくりするほどの量の授業を切っていた記憶があります。しかしなぜか大学にはいかないが部活には来るという体育大学生顔負けの生活を送っていたと記憶しています。この時の山崎先輩のおかげで大学は授業に行かなくてもいいといった常識を植え付けられました。

ヴーヴとまともに話すようになったのも意外と新人戦あたりだった気がします。そこからはなんやかんやお互いインキャなこともあってか部活に行くとすぐにヴーヴのところへと駆け寄るようになっていったような気がします。

俺が左右盲なのは周知の事実だと思いますが、ヴーヴもめちゃくちゃ左右盲なので、ヴーヴが助手席で俺が運転しているとお互いの左右盲が重なり合い、上手くいくという奇跡のコンビネーションを発揮することができましたね。最近はヴーヴが助手席に座ることはなく、宮崎旅行では常に爆睡、先日の拉致ドライブでは終始酔っ払いだったので次回のドライブは久々に助手頼みますね。いややっぱ俺が事故りかけたので、俺が助手します。道間違えるけど。

ヴーヴが「今日は〇〇なんよなぁー」というと、不思議とその気分になってしまいます。毎度毎度ワクワクさせてくれる提案をしてくるのでこれからの部活はそれがなくなると思うとかなり寂しくなります。たまには顔出して、その度に焼肉やら寿司やらいきましょう。2000円くらいあれば寿司食べるには十分ですからね。これからの進路がどうなるかはわかりませんが、俺はなんやかんや耐えてなんとかなって「なんか大丈夫やったわ!」と報告してくれると思ってます。そんなこんなで最近は色々大変やったと思いますが、部活はもう残すとこ七大戦のみ。さとぼぉと一緒になってヴーヴコールを届けます。ふくの湯で飲んだビールより美味い酒を飲むためにやってやりましょう。七大戦の2日目からは九大横揺れ界隈副団長として頑張ってください!

森先輩へ

同じ競技をしていて、家が近く、お互いチャリなことも相まって、部活中はもちろん、部活後のご飯へ行く道中と帰り道、至る所に森先輩の姿がありました。もちろん入部当初は落ち着いていて、紳士的な先輩だなぁとばかり思っていた時期が俺にもありました。部活後のご飯の帰り道は暗くて道のりも長いことですごくいろんな話がしやすかったです。もちろん競技面での相談だったり、人間関係だったり、どういう子が好みかとか、最近はこういう奇行をしたとかだったりと深くも浅くもある話をたくさんできました。とてつもなく競技モチベがない時でも部活に行くには十分すぎる楽しみでした。七大戦が終わってしまうと、帰り道のぼっちが非常に不安かなとか思ってたんですが、そういえば学校生活の大半はぼっちだったのでそこまで影響ないはずと言い聞かせておこうと思ってます。ですが本当はめちゃくちゃ寂しいです。やっぱ今までの当たり前が崩れるっていうのが一番心にくるものがあります。部活後のご飯の後の帰りはぼっちであるという当たり前を身につけるまでは我慢しようと思います。

てかそろそろマイクラ買ってね。

パート長はパート内の部員が残した食べ物は全て責任を持って食べるという仕事があったはずですが、その仕事をサボった結果、2025年2月に行われた七大合宿の夜、ある部員たちは京都の条例違反をしてしまったので、しっかりとパート長の仕事はしてくださいね。

パート長の仕事といえば、毎年恒例のグループの最初のノート作成ですね。俺はグループ名に込められた思い通り、大学で上手くいかない時はフィールドパートで伸び伸びと英気を養わせてもらい、十分休み切ったらまた頑張るという生活サイクルをしていた気がします。自分が腐らず、なんとかここまでやってこれたのはやはり森先輩が歴代パート長から受け継ぎ、作ってきたパートの雰囲気、フィールドパートそのものがあってこそだと思います。だからその恩もあり、七大戦当日は俺が森先輩をとばさせますし、森先輩はとことん、とびまわってください。七大戦当日は一番近くで応援します。そのうちに秘める奇人っぷり、そこ知れぬフィジカルを他大学に思い知らせてやりましょう。追い風参考記録にならないよう学連の方に言っておきます。とんでもない跳躍期待してます!

矢木先輩へ

俺が一年生の頃の新歓コンパで尊敬する先輩は矢木先輩だと言いました。覚えてますかね?

あの時、ただただ飲ませたいからとか、どの先輩を言うか困っていたからとかそう言う理由ではなく本当に尊敬していましたよ。もちろん今もです。やはり一番印象に残ってるのは2024年のCSでの走高跳、1900。漢の涙。正直2m跳んだ時より感動したかも知れません。

俺が一年生のその頃、別に競技を続けたいから、陸上が好きだからとかそういう立派な理由で陸上競技部に入部していたわけではないので陸上に本気で向き合ってはいませんでした。当時、非常に色々うまくいっていなかったので、次の新人戦で辞めてもいいかなとかずっと考えていましたが、あんな姿を見せられてしまっては続ける、いや本気でやるほかありません。あの頃からずっとモチベが高い!といえばそれはもちろん嘘。まあでもやる時はちゃんと向き合うということは変わっていません。矢木先輩のあの姿で本気でやってみようと思えました。

そういえばなんか香川合宿の時、同部屋だったのに部屋から追い出された気がするんですがそれは夢だったのでしょうか。甘酸っぱい夢だった気もします。

宮崎旅行での暴走ドライブのような暴走をするときもありますが、俺が入部した当初よりかは随分と丸くなってしまったような気がします。やはりそれは主将の重圧からなのかは到底知り得ません。主将業務、重圧等々は本当に俺はもちろん他の部員でも計り知れないものがあると思います。ですがそれらを全くと言っていいほど感じさせないのは普通に結構あり得ない。

生意気で扱いづらい後輩ですいませんでした。

競技力はもちろんですが、やはり先述の通り矢木先輩からは多くの言葉をもらい、励ましてもらった記憶の方が大きいです。俺は自分が調子が悪いとか、ネガティブなことを考えてしまうとどんどん悪い方へと突き進んでしまう人間なので、矢木先輩が根拠を持って言ってくれてるのかどうかは別として、矢木先輩の言葉が、どれだけ調子の悪い日の練習でも、どれだけモチベの低い日でも自分を鼓舞して奮い立たせてくれ、支えてくれました。本当に感謝しかありません。自分が後輩たちにそういう言葉を送れるかどうかはわかりませんが、やはり自分が先輩方にもらったものは少しでも多く還元していこうと思っています。最近はよくわからない大量の数値とよくわからない数式とよくわからない線ばかり見ているので、語彙力の低下が著しく、矢木先輩に対して響く言葉を綴ったり、言ったりするここは難しいですが、七大戦当日は脳筋馬鹿デカボイスで応援し、バカでかい拍手を送ります。矢木先輩を応援する理由は主将だからとかじゃないんで、当日は競技中くらい、主将の肩書きを剥がしてもいいんじゃないかと俺は思います。重いものは少しでも外したほうがより高く跳べるはずです。俺工学勉強してるんでわかります。バーは越えるためにある。ただただ高く跳んで来てください。応援しています!

ん、8000字。

もう一回謝ります。ほんまごめんやん。

さあ次回の執筆者は人数合わせでお馴染み、次期パート長の大月です。彼のやる時はやる能力、決め切る時に決める決定力は目を見張るものがあります。

次期パート長はお前しかおらんのや!!お前が必要なんや!!

決して人数合わせなどではない次期パート長からの暑熱対策が必要なくらいのアツい思いを期待しましょう!