八尋@遅くなってごめんなさい
ごめんなさい、完全にブログのことを忘れていました。1年の八尋大輝です。
九大の陸上部に入ってからここまでくじ引きで学連、七大戦ブログのトップバッターを引き当てるという驚異のくじ運を発揮していますが、履修登録の事前申請ではくじ運は発揮されず、現在単位を稼ぐため集中講義の計画を組む日々を過ごしています
ブログは読んだことも書いたこともないので探り探り書いています。
特段書くことがないので陸上を始めてからこれまでを振り返ることにします。
僕は中学校から陸上を始めました。小学校まではずっと野球をしていましたが、部活を決める際に休みがほとんどない野球部は選択肢に入らず、姉から休みが多くゆるいと聞いていた陸上部を選びました。
部活が始まって数か月がたち、種目選びをする場面がありました。最初は野球をやっていたし何かしら投げようと思っていたのですが、やってみると驚くほどセンスがなく早々の予定変更を余儀なくされました。
現在の専門である走幅跳を始めたのは中1の秋頃でした。種目選びが終わってしばらくは走る練習をしていて、入部当初からうすうす思っていた「走るのそんな好きじゃないかも」という疑惑が確信に変わり、「助走だけなら走れるか」と思って走幅跳を始めました。
ここまで部活も種目も全く考えずに選んできていますが、やってみるとそれなりに面白かったので、走幅跳を1年生、2年生と順調に続けられて、3年生の中総体で県大会に行けそうだなというくらいには記録も伸び始めました。
しかし。冬季が終わって中学最後のシーズンが始まり、試合数を重ねるとなぜか記録が下がりはじめました。これはおかしいと思って病院に行くと腰椎分離症というよくわからないものになったということが分かり、中学陸上で結果を出すことはなく高校に進学しました。
高校でも陸上部に入って、枠が空いていたので5月の地区予選に出ることができたんですが、試合が終わると腰に違和感を感じました。まさかと思い、中3の時と同じ病院で検査をしたところ、二年連続二回目の腰椎分離症と診断されました。高1シーズンはこのけがでほとんど何もできず終わりました。
高1の冬は陸上へのやる気は皆無だったものの何とか練習は続けられて、高2でベストをかなり伸ばして、県大会で戦えるかなくらいの競技力がついた結果、5年目にして陸上が面白いことに気づき始めました。
その後は特に大きな成果を残すこともなく高3のシーズンを終え高校陸上が終わりました。
その後数か月の受験期を終えて今に至ります。
大学でも陸上を続けているのは運動をやめない方がいいかなというのと、部活に入らなかったらだらけちゃうだろうなって思ったのといろいろですが、一番は7m跳んでみたいという願望です。
陸上部に入って思ったのは、フィールドに同級生が多くてよかったなということです。
特に幅が多くて、一緒に補強したり動画を頼みやすかったりして楽しく練習できてるなと思います。シャトルラン勝負を持ち掛けてくるし、あまりにもでかすぎる同級生もいたりするけど「現段階では」同級生の関係は良好だと思ってます。
トライアルが来週なのでこれを書いている段階ではまだ試合の予定は決まってないんですが、トライアルである程度記録が出ればいいなと思うのと、秋以降の試合に向けて練習を積んでいこうかなと思っています。
最近の練習は、相変わらず走るのはしんどいけど、専門に関しては跳躍の内容はさておき、距離は高校の時より出るようになっているので怪我に注意して7mに近づけるように頑張りたいと思います!
次は九大が大好きで骨盤矯正を頑張っている水田あつひさ君です!
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