和知@終わりよければすべてよし!!!
いよいよ今年も七大戦です。今年は一層早い一年でした。
今年も毎度のことでブログ更新がギリギリなりそうということで早くブログ書かないとな~と思ってはいたのですが、なかなか書き出せずにいました。その理由がこのブログを書き終えたら、本当にいよいよ4年生は引退かと思うと、ブログを書いたら別れが急に来てしまうような、書かずにずるずる引き延ばしていたら別れも引き延ばされるような、そんな感じがして、ずーっと書かずにいました。がしかし、いよいよ自分に指名が来てしまい重い腰を挙げなければならなくなりました。森君から指名された後も、今からでも変えてくれるよう頼もうかなとか、1年生と3年生の順番変えたりできないかなとか、ずるずる考えていましたが、流石にもう書きます。
4年生との思い出を振り返りながらだらだら書いていこうと思うので、まとまりのない内容になるかもしれませんが大目に見てください。
まずは自分の競技について。
幅OPに出場します。残念ながら圧倒的技術不足により、対抗の枠を取ることは叶わずOPでの出場となりました。が、対抗戦に良い流れを持っていけるように全力で挑んで行きたいと思います!
目標は最低6m、目指せ6m30、あわよくばもっと!!!
次に自分と4年生の思い出を振り返っていきます。4年生の方々はそんなこともあったな~と涙を流しながら読んでください。
2022年4月13日(水)、Twitterで陸上部の公開練習のことを知り、センターゾーンのチャリ置き場に行ってみました。ちょうどその日の1年生を自転車で連れていく係が健一くんでした。そのあとのペロリとベンチに座って見学している間、健一くんがずっと座って話してくれていました。その後も健一くんはよく学食に連れて行ってくれて、健一君の第一印象は面倒見の良い先輩という感じでした。さとぼぉの第一印象はちょっと怖かったです。僕が入部したての頃のさとぼぉは坊主でサングラスかけてデカくて、4年生に絡んでて、4年生の怖い人だと思っていました。準備体操の時に自分の番が来るたびに「和知君!ファイト!」とよく絡んできたこともあり、怖いという印象はすぐになくなりました。4年生だという勘違いは6,7月くらいまで続きましたが。晶子さんの第一印象はうーん、、、なんかのほほんとした奴だなって感じですかね?梁ズくんは七大戦まで存在を認知しておらず(ごめんなさい🙇♀️)、初めて話したのは七大戦の帰りの電車の切符を買い間違えて、のがさんに一緒に怒られたときでした。1年の七大戦が終わり、新しい代となってからは4年生との距離はじわじわ縮まっていきました。特にさとぼぉとはいつのまにか自然と距離が縮まった気がします。次のメインイベントと言えば、やっぱり1年の時の冬季練!この時期は自分以外の1年生が免許合宿やら留学やらでおらず、当時の2,3年生は出席率が低いしといった感じで、3人しか練習にいないていう日もありました。先ほど距離が縮まったとは書いたけど、1対1だとまだ少し会話が途切れたり、まだ学食に自分から誘ったりはできない、そのくらいの関係値でした。そんな中で健一君は毎回出席していたので、健一君と誰かと自分というメンツになることが多く、何話そうかなとか考えたりしていました。その時に「早くもっと2年生(当時)と仲良くなりたい!」と強く思いました。そんな中で突如!健一くん第一病み期に突入しました。これまでは面倒見の良い、頼りになる先輩というイメージでしたが、意外と弱い部分もあるんだなと知って、親近感も感じつつ、「まだまだ全然先輩のこと知らないな」と感じ、より一層早く仲良くなりたいと思うようになりました。そんなことを思ていたら、冬季も明けて新入生も入ってきました。この時期は自分の競技が特に楽しく、そっちに夢中で3年生(当時)との関係はじわじわ縮まってはいましたが、目立った進展もなくといった感じ。そうして迎えた二回目の七大戦。この年も前の年と同じくらい大きい刺激をもらい一層陸上のモチベが上がっていきました。そうやって上がったモチベから、夏休みは練習後にウエイトをやるようになりました。健一くんも練習後にウエイトをいつもしていたので、健一君を学食に誘って、その後一緒にウエイトをするという感じで過ごしていました。学食や学食からトレ室に向かうまでの坂では、少し会話が途切れながら、より仲良くなるために何を話そうかなとあれこれ考えながら、積極的に話しかけていました。そうやって話していくうちに健一君の今まで知らなかったところを少しづづ知っていって、ぐんっと距離が縮まっていきました。この頃は健一君に対して、敬語からため口へと移行しつつあり、ぎこちない敬語で話しかけていたのが特に思い出です。またこの頃からクリーンを始めたこともあって、梁ズくんにウエイトを教えてもらうこともよくありました。これまでは怖いイメージがあった梁ズくんでしたが、ウエイトのことを聞けばなんだかんだで口は悪いですが優しく教えてくれ、全然怖いとかじゃないんだと知りました。その後は同期が少ないこともあり、同期以上の仲になったと自負しております!特に春休みのマイクラと春合宿は思い出!まだまだ書き尽くせないほどの思い出がありますが、長くなりすぎるのでこの辺にしておきます。
次に4年生の方々に感謝の意を!
晶子さん
入部した当初100mを14,15秒くらいで走っていた自分は晶子さんがライバルでした。男子にはついていけないので、晶子さんに負けないように走ろうとか考えていました笑
正直、晶子さんのことはいまいちまだわかっていないのですが、入部したときよりは少しは距離も縮まっていたのか?どうなのか?それがわかる前に休部してしまって寂しいなと思っていました。
実は晶子さんが休部している間にベストを大幅更新したりしていたんです。また練習に来た時に「頑張ってるな!」と褒めてあげてください。
梁ズくん
口は悪いけど、ウエイトのことだったりちゃんと教えてくれたり、意外とPBとかも覚えてくれていて嬉しかったです。梁ズくんの知識と競技に取り組む姿勢にはすごく刺激をもらいました。七大戦や今後の活躍を期待しています!!
さとぼぉ
さとぼぉにはいろいろお世話になりました。自分の精神年齢がお子様なせいでいろんな厄介ごとをさとぼぉに相談して助けてもらいました。さとぼぉはたくさんの人に関わっていって、自分の身を削ってもみんなを大切にしていて、すごいな~、こうなりたいな~と憧れることがよくありました。でも自分には残念ですが、そこまでのキャパがなく自分のことで精いっぱいなようです。だから自分のすぐ近くにいる大切にしたいと思う人だけでも大切にしていこうと思います!
健一君
健一君と一番いろんなことを話しました。互いの浅い部分から深い部分まで話せたように勝手に感じています。そうした中で健一君と自分で似ているなと思う部分が多くありました。健一君は陸上の知識であったり、競技に対する姿勢だったり憧れるような強い部分も弱い部分も知れたことで自分も一番心開けました。健一君はこれからも特に大切にしたいと思ううちの一人です。仕方のないことですが部活を引退すると、会うことや話題も少なくなっていって、じわじわ遠くなっていくかもしれません。健一君はそうなるとスパッと関係が切れてしまいそうで不安です。なので引退しても部活に来てください!マイクラもするよ!!!
最後に
七大戦が終わると8月からはパート長をやらせていただきます。正直、同期以上に仲の良い4年生がいない部活は楽しいのかな?続ける意味はあるのかな?と思うこともありました。でも自分が大切にしている言葉で恩送りという言葉があります。受け取った恩を直接その人に返すのではなく、別の誰かにその恩を送ることが恩返しになるという意味です。自分は4年生からたくさんの恩をいただきました。その恩を直接返すのではなく、後輩たちに送って引き継いでいくことが恩返しになると思っています。これからの一年間、嫌なこともあるかもしれないけど、4年生からもらった恩を忘れずに、自分も恩を残していけるように精一杯やっていこうと思います!けどたまに落ち込んだ時は部活に来て慰めてください。
4年生との思い出を振り返っていたら、七大戦ブログなのに全然そのことに触れていませんでした。
晶子さん、名古屋まででかい声で応援していてください!!!
梁ズくん、2冠?3冠?大量得点頼みます!!!
さとぼぉ、最後の最後にやってやろう!!!
健一君、なんでもいいからかましてこい!!!
次はちゅちちこと舐め条ペロリ君です。ペロリなりの熱い想いを期待しています!
↓すきな写真
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